第4話 水崎の気合い
「あ、カステラ」
そんなちょっと昔の事を思い返していたが、二人の声で結月は我に返った。
「――本当にカステラが好きだよね。まだ食べるの?」
寺本さんの言葉に「まだ?」という疑問が浮かびチラッと水崎さんの方を見ると、水崎さんの手元には焼き鳥などが入っていると思われる三つ程のスーパーの袋だけでなく、アメリカンドッグが握られており、寺本さんも飲み物が入っていると思われるスーパーの袋を持っていた。
「……」
結月が昔の事を思い返しているほんのちょっとの間に増えた荷物に唖然としていると……。
「あ、ごめん。竹本さんも欲しい物あった?」
「ごめんなさい。勝手にはしゃいでしまって」
どうやら結月の様子に気が付いたらしい二人がおもむろに謝って来た。
「い、いえ。全然。楽しんでいただけているのならそれで」
「あ、カステラ買ったらどこか適当な場所探して食べようよ」
「そろそろそうしないとダメでしょうね。さすがにずっと持っている訳にもいかないし。竹本さんも一緒に食べましょう」
「え、でも私は……」
知らない内に二人が買っていたという事は、結月は一銭もお金を出していないという事を意味する。
「さすがにこれだけの量を二人では食べきれないって」
「並び始める時間までに食べきらないと残すのももったいないし、荷物になっちゃうから」
「じゃ、じゃあ……」
そこまで言われてしまっては結月も断る理由はない。むしろ誘っていただいてありがたいくらいだ。
「お言葉に甘えて」
控え気味に言うと、二人は嬉しそうに「うん」と頷いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……よし」
あっという間にステージショーの会場列に並ぶ時間になり、結月は水崎さんの気合い入り様に少し驚きつつ二人の後ろに並んだ。
ちなみに寺本さんは「そんなに気合いを入れる程の事?」と呆れた様子で言っている。
この様子を見る限り、どうやら水崎さんのこの様子はいつもの事の様だ。
「ごめんなさい。いつもの事だから気にしないで」
「い、いえ。それだけ好きな事があるのはむしろ羨ましいです」
それは本当にそう思ったから素直にそう伝えた。
「え!?」
そうすると、どうやらその会話が聞こえて来たのか、前を向いていたはずの水崎さんがグルンと結月と寺本さんの方を向き、嬉しそうに「本当!?」とキラッキラッの笑顔を向ける。
「は、はい」
あまりにも突然な上に「聞こえていたんだ」と思ったので結月は思わず驚いてしまった。ついさっきまで前を向いて集中していると思っていたのに……。
「はいはい、良かったわね。ほら、前見て。そろそろ順番だから」
結月が驚いて固まっているのに気付き、ちょうど結月と水崎さんの間にいた寺本さんはそう言って列が進むに伴って開いてしまった間を詰める様に促した。
「……よし」
そしてちょうど水崎さんが間を詰めたタイミングで水崎さんの順番になった。
「……」
寺本さんの間から様子を窺うと、たくさんの銀色の包装がされた特典が入っている箱に手を入れて「一つ」取り出して係の人に見せるらしい。
係の人に見せて確認してもらうのはコソッと複数個持って行かれるのを防ぐためだろう。
「次の方こちらへどうぞ」
そして、どうやら特典の配布は二か所で行われている様で「どれにしよう」と迷っている水崎さんの隣が空き、そこに寺本さんが案内された。
「うーん……」
正直、銀色の包装の中身は全然分からず形も全て同じなため水崎さんの「推し」がどれなのかは全然分からない。
しかも、一度箱から取り出してしまうとその取り出した物に決まってしまうからなのか水崎さんはかなり慎重だった。
「コレ!」
ようやく決まった頃には結月も引き終わって寺本さんと共に水崎さんを待っている状態だった。
「よし、それじゃあ……」
水崎さんが決めたのを確認し、適当な席に座ろうとすると……。
「見るの?」
「え、見ないんですか?」
実は小さい頃。両親にヒーローショーに連れて来てもらった事はあったのかも知れないが、あまり記憶に残っていなかったので結月は密かに楽しみにしていたのだ。
「……特典だけもらってそれでおしまいはダメでしょ」
「えーっと」
キョトンとした様子で言う結月に対し、寺本さんはその事を悟ったのか水崎さんを軽く肘で押した。
「あー、うん。分かったよ」
多分「誘ったのはこっちだし」という気持ちもあったのだろう。水崎さんはあまり気乗りしない様子ではあったが、寺本さんの言葉に促されるように子供たちを気遣ってステージから少し離れた場所に座った。
でも、結局のところ。ステージが始まってしまえば結月以上に水崎さんの方が楽しんでいて、寺本さんはそんな様子を見て苦笑いをしていたけど……ちょっと嬉しそうな顔だったのはここだけの話。
ちなみに特典の方はと言うと……。
「どうでした?」
「ち、違う……」
「私も違うみたい」
水崎さんは自分で推しを引く事が出来ず、寺本さんも違った為余計にショックを受けていた……のだが。
「ううん。まだ竹本さんが開けていないから!」
こういう「前向きなところは見習いたい」と思いつつ視線を気にしながら包装紙を開けると……。
「えーっと?」
多分。水崎さんの「推しの色」だとは思われるのだが……変身後の姿なのか今一つピンとこず、とりあえず水崎さんに見せると……。
「――!!」
水崎さんは嬉しそうに結月の両手を握って何度もブンブンと振って喜びを表現したので、どうやら「推し」で合っていたらしい。
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