第3話 月との出会い


「どうしたの?」


 突然立ち止まった結月に対し、寺本さんは不思議そうな顔で尋ねる。


「!」


 あまりにも突然の事に思考が停止してしまっていた結月はすぐに寺本さんたちの方を見た。


「い、いえ。何でも……」


 一瞬。ほんの一瞬顔を寺本さんたちの方に向け元に戻した時には信号は青になり、彼の姿は人混みの中へと消えてしまっていた。


「ないです」


 あの夏祭り以降月とは会っていない。しかし、数年経っても尚、彼の姿に気が付いたのは……やはり結月の中で彼の事をまだ忘れ切れていないという事なのだろう。


「――あ、焼きそばとかかき氷もあるみたい」

「出来ればお腹にたまる物が良いかもね。お昼時は食べ物系の出店はどれも並ぶだろうし」


 それこそ、二人の会話が聞こえない程に――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 月との出会いは小さい頃……というと保育園や幼稚園を連想する人が多いと思うが、実際出会ったのは結月が小学二年生の時。


 このくらいの年頃の子はだんだんと自分の意見を言う様になる。つまり、自己主張が強くなる傾向があった。


 それに伴い周囲と自分を比べる様な言動も増えるのだが、どうやら月はそんな周囲の変化について行けていなかった様だ。


 何せある日突然今まで仲の良かった子たちが自分の元を離れ仲間外れにする様になったからである。


 当然あまりにも突然だったので月の頭には「どうして?」という疑問が浮かんだだろう。


 しかし、月が分からないのも無理はない。


 なぜなら、彼らが突然月を仲間外れにする様になったのは月の容姿だけでなく、言動も含めて女子に人気があったからである。


 要するに「気に入らなかった」という、分かりやすく言えば『嫉妬』だ。


 大人からしてみれば「可愛らしい嫉妬」かも知れない。しかし、そんな『嫉妬』なんて事を知らない月本人からしてみれば「どうしてか分からない」ままでしかなかった。


 ただ、たとえ男子たちが離れて行ったとしても幸いにも月の周りにはクラスの女子がいてくれたおかげで「クラスの中で孤立する」という事はなかった。


 でも、その状況が面白くないと感じた男子たちが今度は無視だけでなく物を隠す様になり、だんだんとそれがエスカレートしていってしまった。


 最初こそ月は「あれ、どこにいったのかな?」と思っていたらしいが、一週間に何度もしかも同じ物が無くなればさすがにおかしいと思うのが普通だろう。


 それだけでなく無くなる物がどんどんと増えていった。


 最初は消しゴムなどで済んでいたが、一カ月ぐらい過ぎた頃。授業で作った物を隠された月はさすがに困った。


 なぜなら、それは図工の時間に一人一人が作った物で「隣のクラスに借りる」という事が出来なかったのである。


 しかも、それは教室で展示され、その週の土曜日には家族が学校に来る事になっていた。つまり、その時に見せる形になっていたのだ。


「どうしよう」


 当然月も親に見せるつもりだったので困っている月に対し、教室ではクスクスと月を見ながら笑っている男子たちの姿。


 さすがにこんな姿を見てしまえば基本的に怒らず「いいよいいよ」と許してしまいがちな月でも苛立ちを隠せなかった。


「――おい」


 そして月は教室で自分を見ながら笑っていたクラスの中心的存在だった一人の男子生徒の胸倉を掴みかかった……らしい。


 ただ、実はその場に結月はいなかったので全て後で聞いた話。実際月と結月が出会ったのは月が男子生徒に掴みかかったタイミングだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 時間は放課後だったこともあり、ほとんどの生徒は帰ってしまいあまり生徒は残っていなかった。


「うわ、もうこんな時間」


 そんな中、偶然その日。結月は図書室で本の返却の為に学校に残っていた少数派の一人だった。


「早く帰って――ん?」


 ちなみに当時の結月は月とはクラスが違っていたが「めちゃめちゃカッコいい人がいる」という事は噂で知っていた程度。


 クラスの女子の中には「なんで一緒なクラスじゃないんだろう」とか言っている子たちがいた事も知っていた。

 ただ、当の結月はそんな事は全然気にしておらず「そんな人が同じ学年にいるんだ」という程度。


 ただこの時偶然月が男子に掴みかかっているのを見て初めて月を知った。


「ちょっ、止めなって」


 当時の結月は男子よりも力が強く、すぐに二人を引き離した。


「……」


 しかし、我に返った様子の月が拳に力を入れ、唇をかんで悔しそうな顔で下を向いているのを見てさすがに様子がおかしい事に気が付いた。


「どうしたの」


 ただならぬ状況だという事は分かったが、今一つ状況が掴めなかった結月は月の様子を窺いつつ尋ねると。


「知らない。こいつが突然俺に掴みかかって来た」

「突然? 理由もないのに? どう見ても理由がなかったとは思えないけど」


 結月はまだ月の事をよく知らなかったが、何も理由がないのに今にも泣きそうな顔をして突然掴みかかる人間には思えず男子に問い返した。


「そ、そうだよ。こいつが突然――」


 周りにいた男子たちも援護射撃をしようとしたが、結月は教室の後ろに並べられている粘土作品を見てふと月の物だけない事に気が付いた。


「……そうじゃないよね」

「え?」


「あんたたちがその男子の作品をどこかにやったんからだよね」

「か、勝手な事言うな!」


「物がないのによくそんな事が言えるよね! 見ればすぐに分かる事よ。なんでバレないと思ったのかむしろ謎」

「そ、それは……」


 子供らしいと言えばそれまでかも知れないが、あまりにも杜撰すぎる計画に結月は思わず「はぁ」とため息をこぼし呆れた。


「その物自体を壊したのかどこかに隠したのか分からないけど、とりあえず先生に言うしかないよ。行こう」

「え、うん」


 こうして月に対する「イジメ」が発覚した訳なのだが……。


 その話を職員室でした時の先生のリアクションが結月としては謎だった。なぜなら、明らかに先生の表情が「動揺」していたから。


「?」


 真剣な表情で聞いてくれたし、先生は「後は任せて」と言ってくれたので後は先生にお任せし、最終的には親を交えた話合いが行われたらしい。


 そしてこれは風の噂で聞いたのだが、どうやら最初こそ「自分の子供がそんな事をするはずがない」とか言って非を認めなかった男子たちの親だったが、遅れて来た月の父親を見た瞬間。突然「あ、謝りなさい!」と態度を改めてすぐに男子たちを謝らせようとしたらしい。


 それはもう自分の息子の頭を掴んで無理矢理頭を下げさせるほどに。


 しかし、結月がそれを聞いた時。当然「え、なんで?」と不思議に思っていた。でもその答えは案外すぐに分かった。


 なぜなら、月の父親はその町では一番大きな会社の社長だったのである。


 つまり、今回月をイジメていた男子たちのほとんどは何らかの形で月の父親の会社と関りのある従業員だったのだ。

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