第1話 お誘い
「行ってきまーす」
朝食を終えたら歯磨きに洗顔――とこれまた「いつもと同じ」準備を終え、家を出る。そして電車に乗って学校に向かうのだが……。
「はぁ」
ホームに向かう足取りは重い。
高校を卒業した当初は卒業後の進路に思いを馳せていたのだが、早くも半年が過ぎた現在。学校では『友達』が出来ていない。
結月が進学したのは大学ではなく専門学校だった。
しかし、大学とは違い専門学校はその選択したコース。いや、職業に特化したモノを学ぶ。つまりその職業に就きたい。学びたいという人たちがそのコースに集まる。
だから結月は「自分と同じ様な『夢』を持った人たちが集まるのだからきっと仲良くなれるはず」という淡い期待を持っていた。
でも、実際はそう上手くはいかず……。
しかし周りの人たちはみんな仲良くなっているのを見ると……自分だけ取り残されている気持ちになると同時に「どうして?」と原因を考える。
そして思い当たるのはやはり『過去の出来事』で……。
でも、その『過去の出来事』には当然何かしらの「原因」があるはずなのだが、残念ながら結月にはその原因が今でも分かっていない。
ちなみにその『過去の出来事』と言うのは結月が高校一年の時に小学生の頃から仲が良かった男子と一緒に行った夏祭りの次の日。突然「もう連絡しないで欲しい」と言われてしまった……というモノである。
当然結月は「え、昨日私何か気に障る様な事したかな?」と考えた。しかし、その心当たりがなく、しかもその連絡を受け取ったのが電話ではなくスマホの文章。
今まで「連絡」と言えば電話だった事もあり、余計に結月は混乱した。
しかもその後何も音沙汰が無くなってしまい、結月はかなり傷ついてしまった。
何せ夏祭りの次の日に突然だったから。
それ以降結月は今まで以上に周囲の視線などに気を遣うようになった。
ただ、周囲を気にするがあまり結月の言動はいささか挙動不審に気味になっていてそれが余計に周囲を遠ざけているという事を本人は気づいていない。
しかし、それは高校の時にあったこの『出来事』のせいのは言うまでもない。
でも、それと学校に行きたくないという話は全く別問題。
そもそも基本的に気持ちが沈むのも朝の電車に乗っている間だけの話。ふと頭にそんな事が過ってしまうのはきっと一緒に通っていた「彼」を思い出してしまうから。
『次は――駅。』
電車が到着を告げるアナウンスを聞き、結月は「とりあえず今日も頑張りますか」と肩にかけているカバンを持ち直し学校へと急いだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そんなある日――。
「竹本結月さんってあなた?」
突然学校で「美人」と評判の
「は、はい。そうですけど」
いくら友達がいないとは言え、人一倍周囲に気を遣っている事もあり、二人の噂はよく知っている。水崎さんは長い黒髪の「正統派美人」で、寺本さんは短めの赤い髪をしているけど、その髪色がよく似合う「美人」だと言う事を。
それはこの学校にとどまらず学校近くにある大学の生徒に告白される程だとか。
「……」
正直、こうして彼女たちから声をかけなければ接点のない相手。そもそも二人と結月は選択しているコースが違うというところだ。
結月が通っている学校は「美容系」の専門学校だったのだが、その中で結月は「ネイルアート」中心にコースに通っていた。
しかし、彼女たち「美容師」を目指すコースに通っている。だから彼女たちの事は噂で聞いてはいたものの直接会って話した事もなかった。
「突然でごめんなさい。実はちょっとお願いがあって来たの」
申し訳なさそうに両手を合わせて言う水崎さんの姿に周囲の視線がやたらと痛い。
「お願い……ですか」
正直。友達は欲しいと思いつつ、実はあまり「目立つ相手とは友達になりたくないなぁ」と結月は思っていた。
なぜなら以前の相手。つまり高校の時に一方的に連絡を切られたのがそういった「目立つ人」だったからである。
「無理にとは言わない。けど、もし良かったらくらいの話だから」
結月の様子を見ていた寺本さんはすかさず付け加える。きっと結月が答えに困っているのに気が付いたのだろう。
「――分かりました」
そもそも内容も聞かずに断るのも申し訳ないし、こういった「人」はどこにいても目立つ。つまり、結月の知らないところで本人たちに全く関係のない人たちが「せっかく水崎さんたちがはなしかけてくれたのに断った」とかそういった話を広める可能性だってある。
それで赤の他人に下手に逆恨みされてもそれはそれで困る。
「良かった! えとじゃあ……」
パァッと明るい笑顔を見せたかと思うと、今度はキョロキョロと周囲を伺う様な素振りを見せた。
「?」
「ここじゃ周りの目が気になるから」
なるほど。どうやら周りにはあまり聞かれたくない話だと察して結月はゆっくりと席を立ち、二人について行くと。
「ここなら……いいか」
「うん」
二人は人通りが少ない廊下の適当な場所で立ち止まった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それで、何ですか。お願い事って」
「えーっと。その実は――」
「このお祭りに参加して欲しいというお願いです」
恥ずかしそうに視線を泳がせる水崎さんに代わり寺本さんが答え、結月にあるチラシを差し出し、ある部分を見せた。
「戦隊ヒーローショー」
そこには最近新しく始まったばかりの戦隊ヒーローショーの日時が書かれていた。
「これが一体」
「その。これを一緒に見に来てほしくて……」
どうやら見に来て欲しいのは水崎さんの方らしく、視線は下を向いて垂れた髪の間から見えた耳は真っ赤になっている。
「……」
お願い事の内容は分かった。ただ、どうして結月を誘って来たのかが分からない。
「――最近世間ではこういったオタクに寛大になってはきているものの、どうしてもイメージが先行してしまう。出来れば友人たちにオタクバレは避けたい。でも、このお祭りでは記念品としてランダムでグッズを配っている。それでどうしても推しが欲しいので……」
「私に声をかけた……と」
これなら話は分かった。私も「オタク」とまではいかないが一度でランダムの欲しいモノが当たる確率の低さは分かっている。だから少しでも確立を上げたいという彼女の気持ちも理解出来た。
「分かりました。そういう事なら」
「本当! ありがとう!」
「ありがとう」
おおよそ結月を誘ったのは「基本的に学校で一人な上に口が堅そうだと思われたからだろう」と納得した。
ただそれ以上に久しぶりに誰かと一緒に出かけられるという事が素直に嬉しかった。
それにしても、先ほどから口下手な水崎さんを寺本さんは随分とナチュラルにサポートしている様に感じた。
正直、髪型など好みを見ていると、なかなかタイプの違う二人だと思っていたけど、どうやら馬が合う様だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます