第25話 令嬢の呼び出し

次の日、教室に向かうと、その手前で知らない令嬢に声をかけられた。

茶色の髪に茶色の目。この色だと下級貴族の令嬢だろうか。

おびえた様子の令嬢が、小声で私に頼みごとがあるという。


「お願いします。このまま私についてきてください」


「ついてくるって、どこに?」


「二年の教室です」


二年の教室って、ドリアーヌとシルヴィ様がいるところ。

もしかして、この令嬢はどちらかに頼まれた?


「申し訳ないけど、他の学年の教室には行けないわ」


「お願いします。シャル様を連れて行かないと、

 私はどんな目にあわされるか……」


必死な様子の令嬢に迷い始める。

この令嬢は脅されているのかもしれない。

それがドリアーヌのせいだとしたら、申し訳なく感じる。


「少しの時間でいいなら」


「ありがとうございます」


危なそうだと感じたら、腕輪でマリーナさんに連絡しよう。

二年の教室なら、連絡をすればすぐに来てくれるはず。


ひょろりとした体形の令嬢の後ろについて歩きながら、

すぐにでも腕輪にさわれるように袖をまくる。

銀色の腕輪をちらりと見て、落ち着かせるように呼吸を整える。


「こちらです」


連れていかれた教室の中では数人の令嬢が待っていた。

その中心にいたのは金髪青目の令嬢。

ドリアーヌでなかったことに安心する。この令嬢がシルヴィ様かな。


美しいけれど、冷たい表情。

あぁ、ジルベール様と従兄弟なんだった。

美しさが似てもおかしくない。


「ようこそ、シャル様」


「私に何か用かしら」


「ええ。シャル様にお願いがあるの。

 最近、ジルベールお兄様にお会いしていなくて、

 私をお兄様の屋敷に連れて行ってほしいの」


「え?」


ジルベール様の屋敷に連れて行ってほしい?

どうしてそんなお願いをと思ったけれど、そういえば。

シルヴィ様はジルベール様の屋敷がどこにあるのか知らないんだ。


「私に言わなくても、ジルベール様に言えば済むのでは?」


「だから、最近お会いしていないって」


「連絡を取る方法ありますよね?」


「えっ」


「魔術院に連絡すればいいではないですか」


ジルベール様が魔術院の魔術師なのは有名な話。

それを従兄弟のシルヴィ様が知らないわけはない。

周りの令嬢たちもそれに気がついたのか、

なぜシルヴィ様が私にお願いしているのかと首を傾げ始めた。


「あ、あの!ちょっとお母様がお兄様を怒らせてしまって。

 私が代わりにおわびに行こうと思って」


「訪ねていけばいいのでは?」


ルイさんとルナさんに追い返されるかもしれないけど。


「だからぁ、お母様が怒らせたって言ったじゃない!

 お兄様に知られないように屋敷に行きたいの!」


私が承諾しないからか、シルヴィ様は怒り出した。

せっかくの美しい顔が台無しだ。

ジルベール様なら怒っていても美しいと思うのに、

似ていたと思ったのは表面的なところだけのようだ。


「お断りします」


「はぁ?」


「なぜ、知らない方のお願いを聞く必要が?」


「私はジルベールお兄様の従妹なのよ!」


「私には関係ありませんよね。

 私にとっては初対面の年下の令嬢です」


「私の言うことが聞けないっていうの?」


「聞く理由が何一つありません。

 ええ、何一つ、です」


シルヴィ様より年齢も身分も私の方が上だ。

それに気がついたのか、隣の令嬢がシルヴィ様を止めた。


「シルヴィ様、もうやめておきましょう。

 シャル様は高位貴族なのかも……」


「こんな変なベールの令嬢に会ったことないわよ!」


「会わないからといって、身分が下とは限りません。

 家名を名乗ることはありませんが、シルヴィ様よりは上です。

 今後はうかつに令嬢を呼びつけるような真似はしないほうがいいでしょう。

 このことはジルベール様にお伝えしておきますね」


「お兄様に言いつける気!?」


慌てはじめたシルヴィ様に、にっこり笑って答える。


「あら。ジルベール様の屋敷に行きたいのでは?

 従兄弟のシルヴィ様が会いたがっていると知って、

 ジルベール様が招いてくださるといいですわね」


「……そ、それは」


周りには婚約者になる予定だと言っているはずなのに、

屋敷に招いてもらえないと知られていいのだろうか。


令嬢たちに囲まれるのはどれだけ怖いのかと思っていたけれど、

お義母様やドリアーヌに比べたらなんてことはなかった。

命の危険があるわけでもなく、危害を加えられるわけでもない。

普通に話すだけで終わって、少しも怖いと思わなかった。


引き留められそうな雰囲気だったけれど、

それにはかまわず、三学年の教室に戻る。

私が来るのが遅いと、エレーナ様が探しに出るところだった。


「何かあったのかと思って」


「心配させてごめんなさい。ちょっと令嬢に捕まっていて」


「何よ!それ!どこの誰だったの!?」


「え、あの?エレーナ様、だいじょ」


「シャル様に声をかけた時点で大丈夫じゃないわよ!」


「えぇぇ?」


ちゃんと一人で対処できたと思っていたのに、

一人でついていったことを叱られてしまった。


それから怒りが収まらないエレーナ様に詳しく聞き出され、

そんなつもりではなかったけれど、

ジルベール様よりも先にエレーナ様からの報復が行ったようだ。


これでシルヴィ様が私のところに来ることは二度となさそう。

心配だったのはドリアーヌだけど、

そちらからは何も来ることはなく、逆に不気味に思えた。


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