第13話 魔術院
侯爵家の屋敷から魔術院はまた遠かった。
魔術院はジルベール様の屋敷の近くだったから、
行って戻ってきた感じになる。
ジルベール様に抱きしめられて、
あたたかくて少しだけうとうとしていたようだ。
着いたぞ、と声をかけられて慌てて起きる。
「寝たままでも良かったんだが、
初めて来るんだし、魔術院を見たいんじゃないかと思ったんだ」
「見たいです!」
「そうか、じゃあ、行こう」
私の返事にジルベール様がふふっと笑う。
私たちの会話を聞いていたマリーナさんが変な顔をしているのが見えた。
なんだろう。なにかおかしなこと言ったかな。
馬車から降りて、ジルベール様に抱き上げられたまま移動する。
魔術院は想像していたよりもずっと広かった。
広大な敷地の中、あちこちに塔がたくさん建っている。
屋根の色も大きさもまちまち。古いのから新しいのまで、本当にたくさん。
「魔術院の魔術師になると、自分の塔が与えられる」
「え?あの塔は一人のものなんですか?」
「そうだ。あの一番大きな塔が院長の塔。
その近くにある緑色の塔が俺のだ」
「あれが」
敷地の真ん中あたりにひときわ大きな塔が立っている。
あれが魔術院の院長様の塔。
ジルベール様の塔も他の塔よりも大きい。
屋根が緑色なのが可愛い。ジルベール様の目が緑色だからかな。
同じような深い緑色。木枠の窓がいくつかあるのが見える。
「まずは院長のところに行く」
「院長様にご挨拶?」
「それもあるが、魔力検査はあの塔でしかできないんだ」
「そうなんですね」
検査と聞いたからか、身構えてしまう。
怖いことはないと言われたけれど、不安にはなる。
「大丈夫だよ、すぐに終わる」
「はい」
ジルベール様がそういうなら、大丈夫なんだろう。
院長様の大きな塔にのぼると階段の窓から外が見える。
だんだん高くなっていくと、敷地内がよく見える。
いくつ塔があるんだろう。
疑問に思っていたらマリーナさんが教えてくれた。
「魔術院の塔は三百以上あると言われています。
実際に数えた人がいないので、正確ではありませんが」
「数えた人いないの?」
「見えないように認識阻害をかけている人もいるので、
数えても意味がないそうです」
「そうなんだ。それだけの数、魔術師がいるんだね」
「いいえ、使っていない塔のほうが多いです。
昔はもっと魔術師がいて、一人で一つの塔ではなかったそうです。
今は魔術師の数がかなり減ってしまいました」
昔は三百人以上魔術師がいたってことだよね。
「今は、どのくらい?」
「特級が二人、上級が五人、
中級は入れ替わりが激しいですが、五十人ほどでしょうか」
「そうなんだ。どこかにマリーナさんの塔もあるの?」
「いえ、ジルベール様の侍女になった時に、塔はお返ししました。
使いませんから、もったいないでしょう?」
「そっか。ずっとジルベール様の屋敷にいるもんね」
侍女としての仕事を優先するなら、魔術の研究をするのは無理か。
あれ、でも魔術師としてはそれでいいのかな。
「マリーナさんは魔術院に所属しているんだよね?」
「はい。研究テーマは、特級魔術師の生活、です」
「あぁ、それなら大丈夫そう」
「はい!」
すごく納得した。侍女になるのと、研究するのは一致するんだ。
魔術院に所属したままだというのも納得。
そんな研究するなら所属していたほうがいいよね。あやしいもの。
「もう着くぞ」
「え?もう?」
話しているうちに院長室の前に来ていた。
どうしよう、心の準備をするのを忘れていた。
あわあわしていたら、ジルベール様に頭をなでられる。
フードの上からだけど気持ちいい。
のどをゴロゴロ鳴らしそうになっていたら、ドアが開けられる。
あぁ、心の準備してないのに。
ドアの向こうのソファには、ゆったりとくつろいているおじいさんがいた。
この方が院長様。髪とおひげが白金色で目は紫。
ジルベール様を見たら、驚いたような顔になる。
「なんだ、ジルベールか。戻ってくるのが早かったな」
「ええ、まぁ、いろいろとありまして」
「ん?その娘は?」
「あとで説明します。
とりあえず、魔力検査を先にしてもいいですか?
そのほうが話が早いと思うので」
「ああ、わかった。ジュリア、用意してくれるか?」
「はい」
助手の人かな。上品そうな年配の女性がいた。
院長様に言われて、奥の部屋の引き戸を開けた。
「ふぁぁぁ」
「シャル、あれが検査する魔術具だ」
「あれが?」
「各教会にあるのは簡易なもので、これが正式なものだ。
大きいだろう」
「はい。大きくて綺麗です」
大きな水晶のかたまりが中央でキラキラしている。
そのまわりにぐるりと木枠のような場所。あそこに立つのかな。
「あの足場の上に立つんだ。危険はないし、
痛いことも怖いこともない。
すぐ近くにいるから、一人で頑張れるな?」
「う……はい。頑張ります」
検査はもう怖くなかったけれど、
ジルベール様から離れるのは嫌だと思った。
でも、検査は一人で行わなければいけない。
ジルベール様と一緒に検査したら、
ジルベール様の魔力まで測定してしまうだろうから。
「じゃあ、立たせるぞ」
「はい」
外側からひょいと持ち上げられるように木枠の場所に立たされる。
目の前に大きな水晶のような石。
水晶だと思ったけど、よく見るといろんな色で光っている。
透き通ったオパール?どっちだろう。
「その石の上に両手をのせてくれ。
しばらく光ると思うが、手を離さないで」
「わかりました」
おそるおそる両手で石にふれる。ぺたりと吸い付くような感じがして、
離さないでと言われていなかったら、驚いて離してしまっていたと思う。
うっすらと光が見えたと思ったら、すぐにまぶしくなる。
何色も光が混ざり、ところどころ透明になる。
どのくらい待てばいいんだろう。まぶしくて目を閉じそう。
「もう終わったぞ。手を離してもいい」
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