第38話 ライラという存在
「ごめんね。邪魔して。」
そう言ったのはシンジと名乗った麒麟の使徒だった。
「ちゃんとした自己紹介ってしたかな?僕はシンジ。麒麟様の第一席使徒をさせて頂いている。」
そう言って彼はよろしくと俺の方に片手を差し出してきた。
シオンから離れて俺はその手をとって軽く握手する。
銀河とかいうあのおっさんよりよっぽどしっかりした人に見える。
黒髪センターパートにメガネときたものだ。爽やかなその出立ちは、さっき名乗った第一席という部分に説得力を持たせる。
「君も。よろしくね。名前は?」
シオンの方にも手を差し出した彼。
「シオン。よろしくお願いします。」
そう言ってシオンもその手を取った。
「挨拶もちゃんとしてる。しっかりした子達だ。」
「僕もそこに座っていいかな?」
そう言ってニコッと笑う彼、俺はコクリと頷いて、座っていいよと合図する。
ありがとうね。と言って彼は腰を下ろした。
「さて、何から話そうかな…。」
シンジは気まずそうに苦笑いを浮かべた。
それもそうだろう。俺は超絶拷問の末に友達全員を目の前で皆殺しにされて、神になって地獄の復讐劇を演じた者。
かたや姉を拷問の末に失って、今まで一緒に暮らしていた大人達が目の前で殺さて、それのバックグラウンドを知ったばかりの10歳の女の子。
言葉も選ぶというものだ。
「まぁライラくんも起きたばっかりだろうから。この二日間のことをまず話そうかな。」
「まずここの現状だね。いっぱい知らない人とか車が来てるでしょ?これはこの村の調査に来てる人がほとんどだね。上で飛んでるヘリは報道用のヘリだろうね。」
「ヘリ…?」
シオンが疑問の声を上げる。
「そうか。知らないよね。あの飛んでるやつ。ヘリコプターっていう乗り物なんだ。」
俺達は村でしか学んできてない。
外の世界の常識なんかは全く分からないから、ヘリコプターという乗り物を知らないのも当然だ。かくいう俺もあれが何なのか分からなかったんだから。
「ライラ。君が殺したミトは超有名人でね。大人達がずっと追ってた悪いやつなんだ。昔から子どもを攫って、人体実験をして成神を人工的に生み出そうとしていた。ここ20年ぐらいかな?彼女の消息が突然途絶えてね、やっと見つかったらこれ。って感じかな。」
「国中というか、ここの村の事は今、世界的なニュースになってる。ライラ…君の名前も出てるし、君が何をされてきたのか、何をしたのかも世界が知ってる。」
俺はただ黙ってその話を聞いていた。
「本来大量殺人とかする成神や神は、危険分子として処分されるんだ。だから銀河が最初に君に襲いかかってきたのはそれが理由だね。」
「ただ僕も礼拝堂を見て、ここがあの神の椅子教団の本拠地だって分かってから、状況が変わったんだ。だって君は歴とした被害者だからね。」
「他の子ども達もそうだね。同じ被害者だ。みんな本当に小さい頃に誘拐されてここに連れて来られてる。世界の見方もおおよそその方向なんだ。」
「だから大量殺人ってところではあんまり世界的に見ても、君の行動を責める声は少ない。だけど違うところで問題が起きてる。」
問題?一体なんだろうか。
「君、とんでもない大穴空けたでしょ。山の中に。」
「あー…。うん。」
「そこが今回争点になってるんだ。」
「なんで?成神とか神なら誰でもあれぐらいできるんじゃないの?」
成神や神の力の基準が分からない俺にとっては、これは当然の疑問だった。
「とんでもない。あんな事できるのは麒麟様を含める五大神の方々ぐらいなもんさ。君はあまりにも規格外すぎるんだよ。」
「そうなんだ…。」
神ってこんな感じかなと思っていた俺にとっては肩透かしのような返答だった。
万能であり、人智を超越した存在が神だと思っていた俺にとっては、天変地異レベルの事が誰でも起こせると思っていたのだ。
「あの大穴を見て銀河はガクガク震えてたよ。『俺、絶対死ぬやん。』って言ってた。」
そう言って彼は笑った。
「いやー…。あれを見た時は僕も震えたよ。とんでもないのが現れたなって。」
「それで僕らは考えた。」
シンジは人差し指をピンと立てて続けた。
「君は被害者だ。それに虐殺の動機は復讐。これに関しては終わってるから、君がむやみやたらに暴れるとは思えない。というかしないでね?」
後半は少し苦笑い気味に言った。
「そして君はここの子ども達を守り抜くという使命があるって聞いてる。これは本当かな?」
「当たり前だよ。みんな俺の大切な家族だ。」
俺は首を縦に振って言った。
「じゃあ結論は出たね。国は子ども達みんなを最高の待遇で支援する。だから君は僕ら使徒と一緒に麒麟様の下で、逆神の使徒狩りや成神の対処を手伝ってもらいたいと思う。」
みんなのこれからの生活には正直困っていた。
俺は強いとはいえ一人しかいない。
どうやって食糧を持って来たらいいのか、村を維持できるのか、そう言った知恵や知識は勉強していなかったから、これから試行錯誤しながら対処していく予定だったから、まさに渡りに船のような話だった。
「最高の待遇って?」
「そうだね。同じくちゃんとした施設を建てるつもりかな。もちろんいつでも君がみんなに会えるようにしてね。そこでちゃんとした勉強もご飯もお風呂も保証する。ただ、君が神としてきちんと働くことが条件だけどね。」
会えるんだ…。
みんなに。
それを聞いて安心した。
その時不意にシオンが口を開く。
「ねぇねぇ。成神とか神様ってのは何となく分かるんだけど、逆神の使徒って何?」
そうシオンが言うと、指をパチンと鳴らして
「シオンちゃん。鋭いね君。」
と指を指して褒めた。
「逆神というはそもそも神であるにも関わらず、神でない存在。つまり神としての力を私利私欲であったり、悪い事をする為に使う者の事を指すんだ。でも大抵の逆神は僕ら使徒であったり、五大神の傘下の神によって処刑されるんだけど、一人例外がいる。これはよく覚えておいて欲しい。」
彼は一呼吸置いてから
「”ヘルルスタ“。大逆神ヘルルスタだ。何千年も前に封印された神らしいんだけど、彼の力は強大過ぎて、溢れた力が漏れ出して、まるで彼に取り憑かれたように突然悪行を働き出す人間が一定数いるんだ。これを僕達は逆神の使徒と呼んでる。」
「彼らは狡猾でね。神々みたいに大きな力を振るって暴れるって感じじゃなくて、日常生活に溶け込んで、隠れて人を殺したりしてる。まぁ…いざ討伐となると使徒らしく神の力を使って戦ってくるんだけどね。」
「この村を出て、外の世界に出ると実感すると思うけど、ほとんどはこの逆神の使徒が世界の大きな歪みになっている。」
逆神の使徒。いまいち想像がつかない。
私利私欲の為に力を使う神と何が違うんだろう。
「と、まあ難しい説明はこの辺にしよう。」
「だからねライラくん。まずは君には麒麟様に会ってもらおうと思う。どうかな?」
彼は至って優しく問いかけた。
俺に選択の余地はない。みんなを守ると誓ったんだ。
それに俺にこれから先の目標もない。
答えは決まっている。
「行くよ。俺…働くよ。」
「よく言ってくれた。」
彼はそう言って俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
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