第37話 いつもの部屋と二人
気が付くと俺はベッドの中にいた。
随分と久々に感じるベッドの感触。
柔らかな枕と清潔なシーツ。
見慣れた景色がそこにはあった。
ダンダ、リュート、ツキコ、そしてハナと俺。五人で過ごしたあの部屋だった。
柔らかな日差しが差し込むそこの場所とは対照的に、外はどうやら騒がしいらしい。
空にはバラバラと音を立てる何かが飛んでるし、とにかく人や車がたくさん来ていて、住み慣れた場所のはずなのに、まるで知らない場所のようだった。
俺が窓の外をぼーっと眺めていると、ドアが開いた。
「…ライラ!」
そう言ってシオンは窓辺に立つ俺に駆け寄ってきた。
「やっと起きたんだね。良かった…。」
その言葉とは対照的に彼女の表情は暗い。
「俺、どれぐらい寝てたの?」
「丸二日だね。ライラ…疲れてたもん。」
「シオンの方が疲れて見えるけどね。」
俺がそう言うと、シオンは言葉に困ったように固まってしまった。
まぁそうなるだろうなとは思った。
ハナの死んでいる姿を見せた。だけど俺はその場で泣き崩れて意識を手放してしまったらしいから、なんの説明もないままこの二日を過ごしていた事になる。
人間”分からない“という状況ほど辛い時間はない。
シオンにとって、この二日間は言葉にできないほど辛い時間となったはずだ。
「俺…。ごめんね。あんなところで倒れちゃって。」
「仕方ないよ…。」
そう言ってまた暫く黙り込んだあと、重々しくシオンは口を開いた。
「そこ座っていい?」
「いいよ。」
了承を得たシオンは俺のベッドに腰を下ろす。
「やっぱりちゃんと、お姉ちゃんの事聞きたいんだ。」
「そうだよね。」
言葉が難しい。
気まずいとかそういうのじゃなくて、どれが適切な言葉なのか選択して、発するのがとても難しく感じた。
でもシオンにはきちんと話さないといけない。
責務だと思う。
俺もそっとシオンの隣に腰を下ろす。
「何から聞きたい?」
「あの部屋で四人を見たけど、焼けちゃってたから、誰が誰だか正直分かんなかったんだ。だからお姉ちゃんがどう死んだのか、ちゃんと…教えて…欲しい…。」
後半になるにつれてシオンの語気がだんだんと弱くなる。
「分かった。」
俺はそう言って深く深呼吸をした。
思い出したくもない記憶だけど、丁寧に記憶のフィルムを再生する。
「ドアから入って正面。あそこ不自然に空いてたろ?そこに俺の椅子があったんだ。わかりやすいように説明すると、ドア側から見て俺のすぐ右の椅子がハナだったよ。」
「そして逆の左側がリュート。そしてリュートの隣がツキコで、その隣がダンダだったな。」
「ハナは最後は灯油をかけられて焼かれて死んだ…。それまでハンマーで殴られたり、チェーンソーで斬られたりしたけど、そこまでは…生きてたんだ。」
そう言うと俺はまた言葉に詰まってしまった。
シオンはあの部屋を見ている。
つまりハナの両足が切り落とされていたのを見ている事になる。
「そっか…。あれがお姉ちゃんだったんだ…。」
真っ直ぐと正面だけを見つめるその目に、じんわりと涙が浮かぶのが見えた。
「私、みんなの事見たけど、真っ黒になっちゃってて正直ピンとこなかったんだよね。みんなが…お姉ちゃんが死んだとか。」
ポロポロと涙が流れる。
「じゃあお姉ちゃん、脚斬られちゃったんだ。」
「…そうだね。」
「ライラはその隣にいたんだね。」
「……そうだね。」
「……。」
「ライラ辛かったよね…。頑張ったね。」
そう言って肩を震わせて泣きながら、シオンは俺に抱きついてきた。
「お姉ちゃぁあん…!お姉ちゃぁああん…!!!」
わんわんと泣くシオンの頭を俺は黙って撫でる事しかできなかった。
嗚咽すらあげないものも、俺も涙が止めどなく流れた。
シオンはまだ10歳。今年やっと11歳になるような、まだまだ子どもだ。
ハナよりわんぱくで男勝りな部分もあるが、やっぱり姉妹なんだろう。
髪の色こそ正反対の銀髪なものの、根の優しい部分はハナとそっくりだった。
「でもさ。シオン。すごいんだよ。ハナは火を付けられる前に、俺に好きだって言ってくれたんだ。」
「俺嬉しくってさ、でも何もできないのが悔しくって、いっぱいいっぱいで…。」
そう言ってまた泣いた。
あの時の感情が鮮明に蘇ってきたのだ。
そんな俺とは対照的にシオンは鼻声で笑った。
「お姉ちゃん、ちゃんと告白できたんだ。良かった。」
少し安心したようにシオンはほっとした表情を浮かべる。
「返事はしたの?」
「当たり前さ。俺も好きだよって叫んでやったわ。」
今度は俺もはははと笑った。
「ライラもやるじゃん。」
えいえいとこづいてくるシオン。
「だろ?それに約束二つ。きちんと達成した。俺できる子なんだよ。」
「自分で言わないの。」
笑いながらそうツッコミを入れられる。
今度は落ち着いたため息をひとつした俺は言葉を続けた。
「これから俺達どうなるんだろう。」
「だね…。」
そう言った時だった。
背後で咳払いの音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます