第31話 復讐の結末
虚しいものだ。
最後の最後までミト婆はクソだった。
狂信者ってやつはみんなこうなのかな?
シュウジおじちゃんもあれだけ話が通じなかったんだから、その親玉であるミト婆は、そういう連中を集めて煮込んで濃集した出汁みたいな存在だったのかもしれない。
やっぱりイカれてた。
加えて親玉なだけあって狡猾だった。
俺をちゃんと手中に収めて自身の支配下に置く為にきちんと布石を打っていた。
だが俺は第一の約束を守る事に関しては抜かりがなかったのだ。
この礼拝堂に入る時、両サイドに座り拍手を送る大人達をきちんと1人1人目視していた。
それは向こうの施設で行ったマーキングに近いようなもので、いつでも起爆できるよな小さな小さな電子を大人達の付近に配置していく作業のようなものだった。
俺は雷神。
ひいては電子すら操る神。
コントロール下にある電子を元に、そこから雷を発生させる事など容易に可能なのだ。直接俺の力を送り込んで使う散雷(サンライ)や雷刀(ライトウ)のような技よりは威力は遥かに劣るが、人一人殺すには十分な威力の雷を発生させられる。
つまるところ、ミト婆はナイフで子ども達を人質にとっていたが、俺は入場時点で、この講堂内にいる人間全ての命の起爆スイッチを握っていたようなものなのだ。
そうして押した起爆スイッチ。喉元に綺麗に穴が空くような形で小さな雷を起爆させた。こうすれば悲鳴もあげる事なく、確実に命を奪えると考えたからだ。
そして俺は右手に握った雷刀であの優しかったみんなのミト婆の命を奪った。
ミト婆は死んだ。
とりあえず復讐はこれで完了したのだが、消化不良は否めない。
本当はシュウジおじちゃんのように貼り付けにして、俺達が味わった苦しみや痛みをジワジワと味合わせて、じっくり殺したかった。
じゃないと俺の中にある、この煮えたぎるような怒りや憎しみは、どう足掻いても処理しきれない。
だが、それも叶わなかった。
第二の約束。
子ども達を守り抜く事。
これに背く事になってしまうからだ。
そんな拷問の有り様を、俺より小さな子ども達にはとてもじゃないけど見せられなかった。
その点ではミト婆の『子どもを連れてくる』という策は、遅効性の毒のように俺にその効力をきちんと発揮していると言えるだろう。
静まり返った講堂内。
今ここにいるのは俺と、両脇の死体に挟まれるような形で椅子に座った子ども達。
俺も子ども達も、みんな言葉が出なかった。
俺はたまらず雷刀をしまって、頭をぽりぽりと掻きながら、みんなの方を振り返って、
「えー…っと…。…どうしよっか?」
と苦笑いを浮かべて言った。
すると塞を切ったかのように講堂内が溢れんばかりの悲鳴が響き渡った。
ミスった!「どうしよっか?」だと今のこの光景から想像するのは”次は自分達が殺されるんだ!“という想像に違いない。
「違う!違う!違うって!みんなに酷い事したりしないって!!」
俺はあわあわと取り繕うようにそう叫んだ。
それでも泣き止まない子ども達。
どうしたらいいんだ…。
その混沌とした流れに変化をもたらしたのは、この一言だった。
「ねぇ…。お姉ちゃんはどうなったの?」
パニックを起こした礼拝堂内で、悲鳴に混じって聞こえたその声は不思議と俺の耳にスッと入ってきた。
「…シオン。」
「ライラ。お願い。教えてよ。ちゃんと教えてよ…。」
両目を真っ赤にして、涙を流す彼女は必死にそう懇願した。
パニックを起こしていたのは俺も同じだった。だけどその涙を見て、ふっと肩の力が抜けたような気がする。
ちゃんと説明しないといけないよね。
みんな怖かっただろうし、何が起こっていたのか、何が起きたのか知りたいはずだ。その責務を全うしなければならない。
「みんな。ごめんね。怖かったよね。ちゃんと話すから、お願い…。話を聞いてくれないかな?」
重たいため息をついてから、俺もそう言って祭壇の一段目に腰を下ろす。
なんだろう。不思議な感覚だ。今座っているのは、ただの階段の一段にしか過ぎないのに、神の椅子なんかよりよっぽど安心できた。やっと地面にちゃんと触れたような気がする。
俺のその姿を見てか、子ども達も徐々に落ち着きを取り戻してきて、俺の方に視線を集めた。
「このままでごめんね。何でも答えるから聞いて。」
俺は上を向いて、右手で両目を覆った状態でそう言った。
目がチカチカするような感覚。
神の身体になって丈夫な身体になったはずなのにな。
変だよね。
「お、お姉ちゃんは…。みんなはどうなったの?」
緊張と不安と恐怖。感情の濁流の中でも必死に声を振り絞ったシオン。
その声は震えていた。
「………俺の隣にいたんだけど…、死んじゃった。」
長い沈黙の中から絞り出したそのセリフ。
覆った手の隙間から涙がスッと流れる。
言葉にすると、やはり鮮明に焼きついたあの光景が嫌でも蘇ってくる。
潰れた目。ちぎれた脚。灯油と肉の焼ける匂い。
思い出したくもないのに…。
リピート再生した曲のように、あの瞬間が頭の中で何度も何度も繰り返される。
その言葉を聞いたシオンはその場で泣き崩れた。
「他のみんなもダメだった。俺達みんなめちゃくちゃ丈夫な椅子に、めちゃくちゃ太い鎖で縛りつけられてさ…。ハンマーでボコボコに殴られたり、チェーンソーでめちゃくちゃに斬られたり、火を点けられたり…。」
「めちゃくちゃ痛かったし、めちゃくちゃ…め、めちゃくちゃ怖かったんだ…!」
言葉を続ければ続けるほど、斬られた所や殴られた所が、思い出したかのように痛んできた。これが俗にいう幻肢痛だろうか。
あの時感じた恐怖や痛み。縛り付けられていたあの瞬間、俺達は誰もが無力で、何の抵抗もできなかった。
「ダンダが死んで…。リュートが死んで…。最後はハナとツキコが残ってた…。二人は最後に火を点けられて、焼かれて死んだ。俺も一緒に焼かれたけど…この通りさ…。生き残って神様なんかになっちゃった。」
瞼の裏側にはあの時のオレンジ色の炎が映っていた。
パチパチと服や髪や肉が焼ける音をたてながら、俺達みんなを焼いた炎が揺れていた。
「でも、その時ハナとツキコに言われたんだよね…。ライラならきっと神様になれるって…。それで約束…したんだ。ちゃんと神様になって、こんな事をした大人全員を必ず皆殺しにしてねって。私達やこれまで同じ目に遭ってきた子ども達の無念を晴らしてねって…。それと、村に残った子ども達全員を守ってねって。」
いつの間にか子ども達の悲鳴は止んで、代わりに啜り泣くような声に変わっていた。
「だから俺…、その後もずっと、ずっと、ずーっと…!痛いのも苦しいのも一人で耐えて約束を果たす事だけを考えて耐えてきたんだ。そして今日、今やっとその復讐が終わったんだ…。」
施設で部屋を移されてからの光景を思い出す。
あの時は心が死んでいたんだと思う。
かろうじて復讐心という心臓だけで、血液を回していたんだろう。
「あー…。キッツかったなぁ…。」
俺はそう言い切ってから、両手で顔を覆って声を上げて泣いた。
あんな状況下にいて、俺は泣く事を忘れていたような気がする。
やっと泣けた。
俺がそうやって泣いていると、同じく声を上げて泣いているはずの子ども達みんなが集まってきて、いつの間にか俺を中心にぎゅっと抱きよる形になってみんなで泣いていた。
怖い思いをさせてしまったのに、子ども達みんなが俺を受け入れてくれた瞬間だったと思う。
俺の復讐は終わった。
終わったんだ。
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