第30話 何?誰?ねぇ?〜side シオン〜
お姉ちゃんが卒業しちゃって数日。
私はつまらない毎日を過ごしていた。
良くも悪くもお姉ちゃん達の代は孤児院の中でも目立っていた。
ライラが突然始める競争ゲームでツキコとかリュートがよくドタバタとその辺りを走り回っていたのが日常だったから、それが急になくなると突然ぽっかり穴が空いちゃったみたいに毎日がつまらなくなった。
でもやっぱりお姉ちゃんの存在が大きいんだろうな。
別に特別にお姉ちゃんっ子ってわけじゃないけど、やっぱり本当に血が繋がったたった一人の家族だから、そういう意味では特別だった。
孤児院という環境上、いつも周りに友達や大人がいるから、誰かが混じって会話する事が多かったけど、たまに二人で話す時間はなんだか特別な時間で嬉しかった。
そういえば卒業式の日までには、お姉ちゃんはライラに告白するって言ってたけど、ちゃんとしたのかな?
卒業式からしばらくして、突然帰ってきたライラ。
いつものポニーテール姿ではなくて、なぜだか髪を解いていた。
それにあんなに騒がしいライラが妙に落ち着いて見えた。
普段の雰囲気で話しているんだけど、どこか寂しそうな気配を纏っていた。
お姉ちゃんの事を話した時、少し表情が曇った気がする。
私はその時に言葉にしにくい違和感を感じていた。
「みんな、礼拝堂へ行こうか。」
教室のドアが開いて、大人がそう言って私達を礼拝堂へ行くように促す。
「特別なお話があるんだ。だからみんな大人達と手を繋いで行こうか。」
そう言われて、私も大人と手を繋がされる。
なんで急に?
みんなで礼拝する日曜日でもないのに?
色んな疑問が浮かぶけど、それを考える時間もないままに、ズンズンと礼拝堂へと向かう列は歩みを進めていた。
そうして入った礼拝堂で私は衝撃の光景を目の当たりにする。
ライラがあの神の椅子に座っているのだ。
私と同い年の子がふざけてあの椅子に触った事がある。それもミト婆の前で。
ミト婆は血相を変えて激怒した。あんなミト婆の顔は初めて見た。あんなに普段優しいのに、ミト婆はその友達の顔を何度も強くぶった。
信じられなかった。
ミト婆が人を叩く姿なんて想像もできなかったから。
普段怒らない人が突然怒ると怖いっていうけど、それを初めて経験したのはあの瞬間だったと思う。怖いとかそういうのじゃなくて、何か異様なもの…。そう、お化けを見ちゃったとか、そういう感覚に近かった。だから、とにかく怖かった。
それ以来、私達の中で、あの椅子に座ることは勿論、触ることですら禁忌となった。これは大人達から言われた約束事みたいな扱いじゃなくて、”呪われるぞ“とかそういった感じに近かった。
なのにその椅子にライラが座っている。
その椅子の下にはミト婆。私の視界には”あり得ない“が充満していたような気がする。
それぞれ大人達に挟まれる形で席に座らされると、ミト婆が話始める。
麒麟という神様の事や、大人達が苦しい思いをしてきた事、そして卒業したみんなは実は学校ではなく、神様になる為の『試練』っていうやつに進んで挑んで散っていったという事。そしてライラが初めて、その『試練』を潜り抜け神様になったのだという事。
10歳の私にはパンクしちゃいそうな情報量だった。
何?何?…何?
私達の毎日とはあまりにもかけ離れた話で、全然内容が入ってこなかった。
でも続けてミト婆が言ったこの一言で私はハッと我に返った。
「ライラがこうして私達の神様になって戻ってくれたわ。だからもう私達の苦しみは終わったの…。過酷な試練を自ら引き受けてくれて、勇敢に命を捧げた子ども達もこれでやっと浮かばれるでしょう…。」
命を捧げた子ども達…?
じゃあ、お姉ちゃんは…?
そんな事を考えていると、やはり周りも困惑の色を隠せず、講堂内は一気に混乱の声に包まれる。
それを打ち破ったのは、神の椅子に腰掛けたライラだった。
「違うぞ。ミト婆。ちゃんと話そう。」
シンと静まりかえる講堂内。
何が?何がどう違うの?ライラ。
子ども達が散っていったとか、命を捧げたってところだよね?
そうだよね…?
心の中のざわざわが一層大きくなる。
「さっきからさも悲劇的な物語のようにお話してくれちゃってるけど、全然違うよミト婆。」
「俺達も、それまでもの子ども達もあの椅子に縛り付けられて、ハンマーで骨が折れるまで殴られたり、チェーンソーで手足を切り落とされて死んだんだ。勇敢にも試練に挑んでくれた…?馬鹿馬鹿しい…。大人達に無理やりに試練という名の拷問を受けさせられたにすぎないじゃないか。」
「俺だって信じていた大人達に毎日拷問を受けて、たまたまこうなっただけで、望んで神になったわけじゃない。」
「あと俺の力の目覚めに巻き込まれる形で、向こうの大人は死んだわけじゃない。俺が全員殺して回ったんだ。ちゃんと話してよ。」
嘘でしょ…?
ライラは何を言ってるの…?
みんなはじゃあそんな酷い事をされて殺されちゃったの?
どういう事?
分からないよ。ライラ。
私の気持ちがぐちゃぐちゃに混ぜた絵の具みたいになっていたその時、
突然パン!と音がして、両脇にいた大人の首がガクンと倒れた。
「神様舐めすぎ。」
ライラは冷たく言い放つ。
少しの間を空けてライラは言葉を続けた。
「俺はあの瞬間から雷の全てを掌握しているんだ。この程度、なんの抑止力にもならないよ。」
「あとね、子ども達の目の前だから殺せないと思ったんでしょ?甘いんだよ。俺はね…。約束の為なら何でもするって決めてるんだ。」
「だから子ども達を人質にしようと無駄なんだよ。俺は止まらない…。約束は必ず守るから。」
そう言い切ってからスッと立ち上がったライラ。
その右手からは緑色の光を放つ雷の刀がスッと伸びていた。
一段、一段とゆっくりと階段を降りて、状況を飲み込みきれないでいるミト婆の目の前までくると、
「これでラストだ。」
と言って、なんの躊躇もなく、その刃をミト婆に振り払った。
ゴトンと鈍い音がして、ミト婆の頭が床に落ちる。
それをライラは冷たい目で見つめていた。
何…?
誰…?
ねぇ、誰なの?
そんな酷い事をしている、あの雷を握った人は誰なの…?
お姉ちゃんはどうなったの…?
ねぇ?
ねぇ?
ダメだ…。言葉が出ないよ。
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