第29話 それはまるでテレビのように〜side ミト〜

「みんな、よく見なさい。あの椅子に相応しいお方が降臨されたわ!雷神ライラ様よ!」


その声に子ども達はざわざわとし始める。

それもそうだ。この間卒業したばかりの子どもが神として戻ってきたのだ。どう受け入れていいかも分からないし、全てがとっぴよしもない事に聞こえるだろう。


ライラの手は微かに震えていた。


分かっている。

あの山の向こうで使ったあの力。

そう完璧にコントロールできていないのよね?


こんなにターゲットと守りたい対象が密着してると危険よね?

それにたくさんの大人達が一斉に殺されるところなんて、まだ小さい子ども達にはとてもじゃないけど見せられない。いや、見せたくないはずよね。


「…分かった。ミト婆。…俺がここに座っている経緯を話せ。子ども達にも分かりやすく。」


深いため息の後にそう言ったライラ。

よし。きちんと回り始めた。事が動き始めたのだ。


「勿論よ。」


それから私はコウキチさんの話から話始め、教団ができたあらましや、その存在意義、神を生み出そうとしていた事、そして試練を乗り越えて、ライラが神になった事を話した。


涙を流し、完璧に、雄弁にそのあらましを熱弁する。

麒麟の残酷さや、私達大人の抱える苦悩。試練を乗り越えられなかった子ども達を失った事の悲しみなど、私達大人が正しく正義であり、ライラこそが希望であると刷り込むのだ。


向こうの大人達がみんな死んだ事に関しては、ライラが神の力に覚醒した時に、その大きすぎる力の奔流に巻き込まれて死んだ事にした。それすら彼らにとって喜びだったのだと付け加えて。神の覚醒はみんなが人生を賭けて望んでいたもの。あながち嘘ではない。


勿論試練の具体的な内容や残酷さは子ども達には話さない。いや、こればっかりは話せない。


ただここで重要なのはライラよりも子ども達を私達の味方につける事の方が重要だと考えた。ライラにとっての一番の枷は守るべき子ども達だ。その子ども達がライラを信奉する敬虔な信徒になったらどうだろう。


ライラは我々に手を出せなくなる。


だって子ども達は私達の事が大好きですもの。

大好きな大人達の事の信頼を改めて強化して、過去の悲しみを共有する存在として子どもと大人の関係性をもう一段階上げる事で、ライラが仮に大人を手にかけた時に、その守るべき対象からの憎しみを大きく買うように仕向けるのだ。


だからこそ丁寧に子ども達は育てた。

私達大人の事が大好きになるように。素直に、従順に、話を受け入れられる器として磨き上げたのだ。



私が雄弁に経緯を語る中、背中には常に強いプレッシャーがあった。

皆が話にきちんと耳を傾けて、時に怒り、時に涙する度にそのプレッシャーは強まる。


怒っているのね?ライラ。


分かるわよ。



「ライラがこうして私達の神様になって戻ってくれたわ。だからもう私達の苦しみは終わったの…。過酷な試練を自ら引き受けてくれて、勇敢に命を捧げた子ども達もこれでやっと浮かばれるでしょう…。」


涙ながらにこうして締めくくる。


講堂内は啜り泣く声と共に、喝采に沸いた。

思い通りだ。何年も思い描いてきたこの光景がやっと現実になったのだ。


「違うぞ。ミト婆。ちゃんと話そう。」


ライラのその一声で会場はまた静まり返る。


何を今更?


「さっきからさも悲劇的な物語のようにお話してくれちゃってるけど、全然違うよミト婆。」


「俺達も、それまでもの子ども達もあの椅子に縛り付けられて、ハンマーで骨が折れるまで殴られたり、チェーンソーで手足を切り落とされて死んだんだ。勇敢にも試練に挑んでくれた…?馬鹿馬鹿しい…。大人達に無理やりに試練という名の拷問を受けさせられたにすぎないじゃないか。」


「俺だって信じていた大人達に毎日拷問を受けて、たまたまこうなっただけで、望んで神になったわけじゃない。」


「あと俺の力の目覚めに巻き込まれる形で、向こうの大人は死んだわけじゃない。俺が全員殺して回ったんだ。ちゃんと話してよ。」


そう言い切った後にライラはまたもう一度小さくため息を挟んだ。

そしてキッと私を睨んだ。


その瞬間、パンッと短い銃声のような音が一発響いた。

何?この小さい音は?ライラの雷だとしたら、もっと大きな…。


「神様舐めすぎ。」


私が振り返ると、背後にいた大人達全員の喉から血がダクダクと流れ落ちていた。

悲鳴すら上がらない。子ども達も何が起こったのか理解ができていない。

「俺はあの瞬間から雷の全てを掌握しているんだ。この程度、なんの抑止力にもならないよ。」


「あとね、子ども達の目の前だから殺せないと思ったんでしょ?甘いんだよ。俺はね…。約束の為なら何でもするって決めてるんだ。」


「だから子ども達を人質にしようと無駄なんだよ。俺は止まらない…。約束は必ず守るから。」



そう言って立ち上がったライラ。


甘かった。覚悟を見誤った。彼は結果的に子ども達を守りきれればそれで良かったのだ。例えその後、子ども達にどう思われようとも。





ああコウキチさん。

後少しだったんだけど…。

仇、獲りたかったなぁ…。




ライラの右手からスッと雷の刀出現する。


「これでラストだ。」


視界がずるっと斜めに落ちる。

ああ、なるほど。

痛くはないのね。


ただ視界が落ちて。

テレビの電源を切るみたいに…。

そう、プツンって感じね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る