第27話 神のお言葉

一瞬のどよめきはどこへやら。

静まり返った講堂内は、俺に対して期待と羨望の入り混じった視線が注がれていた。


「ライラ様。お言葉を。」


ミト婆が隣で促す。


あー…。うるせえ。


「あーあー…。ゴホン!」


それらしく俺はかしこまった演技をする。

さてと、始めるか。


「やぁみんな。ちゃんと顔を見るのは卒業式以来かな?数日ぶりでいいのかな?」


「みんなが待ち望んだであろう、この神の椅子の主人に、僕はどうやらなれたらしい。」


そう言って、俺は椅子の肘掛けに視線を落とし、その彫刻をそっと指で撫でた。


「まずは改めて挨拶をしようかな。」


「俺はライラ…。雷神ライラである!」


俺が胸を張ってそう宣言すると、歓喜の拍手が鳴った。

皆涙を流しながら、バンザイバンザイと声を挙げている。


その大衆の興奮が高まれば高まるほど、俺の心は冷たくなっていく。


何がおめでとうだ。クソが…。


思いっきり舌打ちをしたくなる気持ちを抑えて言葉を続ける。

「ありがとう。…いやーまさか自分がこの椅子に座るとはね。」


そう言って笑った後、俺はそのままの声色で続けた。


「ちょっと前まで血だらけの椅子に縛り付けられてたのにね!」


はははと笑う俺。

悲しいがな、俺のその笑い声だけがこだまする。


さっきまでの歓声はどこへやら。あっという間に講堂内は静まり返った。


「みんなどうしたの?笑っていいんじゃない?それが当たり前なんでしょ?」



そう、彼らにとってはただの習慣だったはずだ。

3月になれば12歳になった子ども達を、あの施設に送り込み、試練という名の拷問を受けさせる。


そして殺す。


「なんで俺だけここにいて…、この椅子に座ってるんだろうね。」


「俺だけ生き残ってさ…。」



豪華な椅子。


あの部屋の椅子とは雲泥の差だ。


鋼鉄製の椅子。

クッションなんてそんなおもてなし精神に溢れたものはなく、ただの鉄板の上に座らされ、血と肉を削がれる椅子。


友達や初恋の人の悲鳴や涙が染み込んだ椅子。


それが今、俺はあの神聖とされていた神の椅子に堂々と腰掛けている。

皮肉なものだ。



「俺は全部失ったよ。大好きな友達も、初めて好きだって気付いた人も。お前らが俺から…俺達から全部奪ったんだ…!!!!!」


ガンッ!と肘掛けを叩く。


すると横にいたミト婆が、孤児院で過ごしたあの時のように、優しく俺のその手に触れて言った。


「違うのよ。ライラ。違うの…。みんなは今のライラになってもらう為に、神への供物となっただけなの。それはとても素敵な事なの。」


そっと優しく撫でるその手を俺は怒りに任せて振り払った。


「ふざけんな!!!!俺はそんなもの望んでないよ!!!友達に進んで死んでほしいやつなんかいないよ!!!!」



当たり前だ。俺はみんなに生きていてほしかった。

神になんて別になりたいと思ったことはない。

望んでないんだ。



「でも私達は望んだわ。」


「何年も…、何十年も。」


「そしてようやく降臨したの。」


ミト婆はそう言って祭壇の階段を降りて、俺を見上げる形で両手を広げた。


「分かる?ライラ。これはみんなの願い。…最強の神の降臨。」


「みんなね。この国を治める逆神、麒麟の被害者なのよ。」

「家族や恋人、大切な友人を、麒麟やその使徒に殺された。つまりあなたと同じように苦しい思いをしてきたの。」


「大切な人を目の前で失い、非力な人間でしかない私達にはそれを指を咥えて眺めるしかできなかった。あなたの大切な友達が死ななければならない原因となったのは、麒麟なの。麒麟がいなければ、私達は新たな神なんか求めなかったわ…。」


「だからあなたは、そのみんなの願いや恨みをその身に背負って、あの逆神麒麟を討たなければならないの。それがあなたの神として生まれた使命なの…!!」



俺はそう言って熱弁するミト婆の姿を非常に冷めた目で見つめていた。


端的に感想を述べよう。



「くだらん。」



俺がそうぼそっと言うと、ミト婆は「え?」と呟いた。


「くだらないって言ったんだよ…。ミト婆…。」


「誰が死んだ、殺された、何を失った。…知らないよ、そんなの。」


「俺はね、神である前にライラなんだ。ここで育って、友達と楽しく暮らしてた子どものライラだ。」


「そんなただの人間に神を討て!だ?……ズレてるんだよ!!!!」


「俺はただ普通に生きて、ただ普通に幸せな時間を過ごしたかっただけなんだ!なんでそれが、ただの人間のお前ら大人にあんな酷い目に遭わされて、痛くて辛いお思いをして、殺されないといけないんだ!」




「一番の悪はお前らだろ!!!!!」


無意識のうちに身体から稲妻が流れ出ていた。

バチバチと迸るそれは、まさに俺の怒りを視覚化したかのようだった。



「は…あははははは!!!…そうよ!その稲妻…!私は見たわ…!山の向こうで緑色に閃光を放つそれを!!!」


ミト婆は興奮して言った。


「あなた、向こうの大人達をみんな殺したのね?」


「そして、今度は私達を殺そう。そう思ってるのね?」


ミト婆はニヤリと笑った。



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