第5章 思い出を染め上げる

第26話 神の椅子

「とりあえず礼拝堂に集まろうか。」


俺は出迎えの人混みの中をツカツカと歩きながら言った。

周囲はざわざわと騒ぎ立てる。


そこには大人はもちろん子ども達も沢山混じっていた。

今までは敵しかいない場所での殺戮だったが今度はそうではない。

子ども達みんなは必ず守らないといけない。

誰一人として犠牲を出してはいけない。



俺は足を止めて


「大人だけ集めようか。他の子ども達には聞かせられない事も多いでしょ?」


俺はふっと笑みを浮かべて言った。

あくまで神っぽく振る舞うべきだ。

怒りや憎しみを悟らせてはいけない。


ここは細心の注意を払うべきだ。


大人達を隔離していっぺんにやろう。そう考えた。

それに殺戮の光景など、みんなには見せなくなかった。

俺達、拷問を受けた子ども達にとって恨みの対象でしかない大人達も、今ここにいる子ども達にとっては家族であり、友人なのだ。


俺はそこをきちんと理解しているつもりでいた。



大人達はうんうんと頷いて、蜘蛛の子を散らすように解散し、他の大人を集めだす。そして子ども達には孤児院の教室に集まって、自習をするように指示を出していた。


散っていく人混みの中から、声がする。


「……イラ!…ライラ!」


ふんわりと波打つ銀髪。はつらつとした明るい声。その声を耳にして、グッと胸が締め付けられる思いがした。


ハナの妹、シオンの声に違いなかった。


「ライラ、学校はどうしたの?」


走ってきたのだろう。

彼女の肩は大きく上下していた。


「あー…。俺、大事なもの忘れてさ。だから、無理言って取りに来たんだ。」


咄嗟にそう言って嘘をついた。

神様なんだろ?余裕持てよ。

自分に対してそうツッコミを入れたくなるような、下手くそな出来の嘘だった。


「そうなんだ!忘れ物したら戻って来れるんだね!」


にこやかにそう言ったシオンは俺の後をついて歩く。


「どう?あっちは。…楽しい?」


「いやー微妙かな。色々大変でさ。」


楽しいなんて嘘でも言えなかった。それっぽく言葉を取り繕う。


「やっぱり大っきい学校って大変なんだねー!」


「じゃあさ!お姉ちゃんはどうしてる?」


思わず俺は足を止めてしまった。


お願いだから、今、それを聞かないでくれ。

ちゃんと全部終わったら話すから。


胸の中で溢れる言葉をグッと噛み締めて、


「後で色々話すよ。俺、ちょっと急ぎで用事あるから、その後でね!」


下手くそな演技じゃなかったかな?俺は強引に会話を切り上げると、人並みの速度で駆け出した。


「わかったー!後でねー!」


そう言って俺の背中に手を振るシオン。


色んな思いが毛糸玉のように複雑に絡み合っていくのが分かる。

ダメだ…。集中だ。


みんなとの約束を果たさないといけない。

今は…。だから…。



************


慣れた大きな扉を開ける。

何度も何度も通った礼拝堂。


俺が入る頃にはもう大人でいっぱいになっていた。

ざわつく礼拝堂の真ん中の道を、俺は足早に歩いて行った。


その道の両脇に並べられたベンチに座る大人達が歓喜のどよめく。


くだらない。

今から俺がお前らを殺すんだぞ?

そう思いながら歩みを進める。



祭壇の一番上には見慣れた神の椅子がある。

その一段下にはミト婆が満面の笑みを浮かべて構えていた。


ゆっくりと階段を登る。

一段一段踏み締めるように。


ここで育てられている間、俺達子どもはその一段ですら踏む事を許されてはいなかった。唯一登っていいのはミト婆だけだったのだ。


そこを今、俺は最大の祝福を背に受けて、一段一段登っているのだ。


「どうぞ。お座り下さい。」


ミト婆が神の椅子を示して言った。


俺は一瞥することなく、軽く頷いてそれに腰掛ける。


あぁ…。これ座り心地いいもんだな。

初感はそれだった。


厚いクッションに豪華な装飾。

木製のフレームは午後の日差しを浴びて、少しだけ温かみを帯びていた。



俺がその椅子に腰掛けた時、講堂内が一瞬わっとどよめいた。

それもそうだろう。

この時を何十年と待ち望んでいたはずなのだから。


端正に磨き上げられ、信仰の対象として崇めてきたこの椅子も、今は俺の為の飾りでしかない。空白の椅子に対して祈りを捧げていた彼らにとって、こんなに喜ばしい時はないだろう。



でも俺は違う。



そんな彼らの期待に応えるような神ではない。


さーて、どう殺してやろうかな?


そんな気持ちで俺は視線を彼らに向けた。


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