第22話 痛み

スキップするようにして、重たい扉を開けて施設に入る俺。


始めに目が覚めたのはあの真っ白は部屋だったから、施設の全容は全く分からない。


全体的に白を基調として作られたその建物は所々に大理石を用いて独特の神聖さを感じさせた。まぁ曲がりなりにも神を産もうとしていた場所なんだ。神聖な場所として作りたかったのだろう。


扉を開けて、中に入ると吹き抜けの広いエントランスに出る。


2階を走る人が見えた。

俺は何の躊躇もせずに、左手を構える。


「バーン!」


頭が弾け飛んで、真っ白な壁に血が勢いよく飛び散った。


エントランスの真ん中まで歩いて、俺は辺りを見渡した。


「これじゃ、かくれんぼだな…。しかも広いなぁ。」


その場で腕を組んで、ちょっとだけ考える。

そうだ!と思いついて早速実行に移す。


つまるところ、頭の中にこの建物の地図を作ったらいいのだ。ソナーのように電磁波を一発放って、構造を理解すると同時に、建物内の人間も同時に把握したらいいのだ。


一気にとんでもない情報量が脳に入ってくるだろうが、問題ないはずだ。

稲妻を操る神だぞ?記憶力も処理能力もスマホなんか比べ物にならないだろう。


「もーいーかいっ!?」


俺はそう叫んで、一度大きく手を鳴らす。


その手を中心に、視認できない強力な電磁波が発せられる。

反響した電磁波は何度も壁や人にぶつかって、その一瞬で情報となって返ってくる。


「…はい。みっけ。」



建物は3階建で地下に1階。合計4フロアあるようだ。

生存者は37名。


さて、どうやって片付けようか。


俺はその場にしゃがんで考える。

散雷のように一気にやるのはなんだか違う気がする。


積もった恨みを晴らしている感覚というか、実感が得られない。


やはりここは一人ずつがベストだろう。

それなら…。


「これかな…。」


右手に雷を捕んで、長さを整える。

雷槍よりも短く、小回りが効くように。


丁度1メートルほどの長さにして、ブンブンと俺は二度その場でそれを振った。


「やっぱりこういう時は刀だよね。」


これに名前をつけるなら、やはり雷刀(ライトウ)がピッタリだろう。

雷槍よりも丁寧に作ったそれは、ゆるい弧を描き、その凶暴性を悟らせないかのように、時折バチチッと小さく音を立てた。


すくっと立ち上がり、俺は刀を脇に構えて、右足を半歩下げる。


「ライラ!行きまーす!!!」


そんな冗談混じりに、俺の復讐はスタートした。


グッと踏み締めて走り出す。

大理石の床のタイルが大きな音を立てて弾け飛ぶ。

舞い上がる白い石煙。


エントランス右手。まずはここ。受付かな?

ガラス1枚を隔てて、エントランスを一望できるそこに、俺はガラスを割って飛び込んだ。


黒い装束に身を包んだ女が二人。

互いに抱き合うようにして震えていた。


「2点ゲットー!!」


それを斜めに切り落とす。

真っ二つになれば即死だろう。



それからも明るい言葉を吐きながら、俺は殺戮の限りを尽くしていった。

恐らく俺の手にかかった大人達は”狂っている“そういう風に見えただろう。


だが俺はそこは明確に否定したい。

俺は俺でありたかったのだ。



目覚める直前。ハナと話したあの短い時間を、俺は大切に記憶して、しっかりと心に留めていたのだ。ハナは力に溺れるな、と助言をしてくれた。


ライラは良い子だから、と。


だから俺はやたらめったに「殺す」だとか「死ね」だとかは言わないように注意していた。ただの復讐者になってしまうようで怖かったのだ。


ただ、みんなの無念は必ず晴らす。晴らさないといけない。


そのバランスを取るために、俺はあえて、あの頃のみんなとよくしていた競争ゲームのように、まるで遊びの一環であるかのように振る舞っていたのだ。


狂ってなどいない。沸々と湧き上がる怒りと、それに捉われてはいけないという相反する感情のバランスを必死になって保っていたのだ。




また扉を開ける。


ここは1人いるはずだ。


勢いもそのまま、俺は部屋に飛び込んだが、思わず足が止まった。




あの部屋だ。


最初に目覚めたあの真っ白い部屋。


残った鋼鉄の4つの椅子。

ハナとツキコを焼き殺したあの炎は、まだその煤をくっきりと残したままだった。


臭い。


血と焦げ臭さが混じった嫌な匂い。



「…うっ。…うぉえっ…!」


この身体になっても、思考の容量がいくら増えようと、感情は処理しきれないらしい。思わず嘔吐してしまった。


俺の胃から出たのはさっき飲んだ水だけだ。

それもそうか。何も食べてないもんな。



口を真新しいシャツの袖で拭い、俺は壁に張り付いて、怯える信者にツカツカと歩みを寄せた。


突発的に戻してしまった雷刀をもう一度作り、ひっ!と短い悲鳴を漏らすそれを切り伏せる。



ズチャッと血と肉の塊が床に落ちる音を背に、俺は振り返って、部屋全体を見渡した。



「意外に狭かったんだな。」



縛られて、身動き一つ取れなかったあの時は、閉鎖的な部屋には永遠の絶望が広がっており、形容し難い独特の広さがあったのだ。


残された4つの椅子には血の痕と、焦げて張り付いた肉片があった。



「………。」



もう…いないんだね。


いないんだよね。


刃物で刺されても傷つかない身体になったはずなのに、なぜだろう。

胸の奥がズキンと傷んだ。



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