第20話 目覚めの時

俺は気が付くと孤児院の庭の木陰にいた。


「ライラ。」


そう呼ばれた気がして、声の方を振り向くと、木の幹に背中を預けて座ったハナがいた。


「ハナ!」


俺は反射的にそう叫んで、勢いよくギュッとハナを抱きしめた。


「痛いって。ライラ。」


そう言って笑うハナ。


葉っぱの隙間から差し込んだ光が、その金髪をキラキラと縁取った。


「ハナ…。ハナぁああぁ…。」


写真のように切り取られた光景が脳裏に鮮明に映し出される。痛々しいあのハナの姿。告白してくれたハナ。炭になってしまったハナ。どれもこれもが鮮明で、匂いまで記憶していた。


わんわんと泣く俺の頭をそっと撫でるハナ。

優しく…。とても優しく髪を撫でる。


「ライラの髪は星空色。綺麗だなぁ…。」


俺の髪を指の間に絡ませて、太陽に透かしてそう言った。


「…ハナの方が綺麗だ。金色でカッコいい。」


「カッコいいって…。」


ふふふと笑う。


そしてはぁーと息を吐いたハナ。


「ライラ。覚えてる?」


「ん?」


「約束。」


「…。」



忘れるもんか…。絶対に。

忘れてたまるか。


「大人達は絶対…、全員…、皆殺し。シオン達は俺が必ず守る。」


俺はハナの胸の中で肩を震わせながら言った。


「うん…。約束ね。シオンを…、みんなを守って。そして私達みんなの無念を、必ず晴らして。」


ハナの声は涙ぐんでいた。


「でも忘れないでね。ライラはとっても良い子なんだから…。私にとって一番カッコいいんだから…。力に溺れないで、みんなにとっての最高の神様でいてね。」


俺はぐしっと涙をシャツの袖で拭いて、カッコつかない鼻声で


「もちろんだ。俺は最強最高の神様になる。これも約束!追加だね!」


自分の顔の横でVサインをして、俺は真っ赤な目のままニカっと笑った。



優しい風がサーっと吹いて、葉っぱが擦れる音がする。

ハナは黙ってこの広大な庭の彼方を眺めていた。



「ライラ…。きたよ…。」


「ああ…。」


俺も端的にそれに応じる。


「私の大好きな最高の神様…。ライラ…。…まずは一発かましたれっ!!!!」


らしくないセリフ。

思わず頬が緩んだ。


ドンと両手で背中を押された俺は、最後に


「任せろ…!」


そう言うと同時に意識を手放した。







ゆっくりと顔を上げる。


ここは…外か。

くそ…。正午かな?太陽が眩しい。


思わず眉を顰める。


顔をまっすぐ正面に向けて一度首をこきっと右に鳴らした。



違和感。なんだ?髪か。

束ねていた髪ゴムはいつの間にか取れてしまっていたらしい。

それに気が付いた俺は、右手で髪を軽く整える。



「ラ…、ライラ…。」


俺は椅子の上に座っていた。

真っ白い椅子だ。


丁寧に磨かれたそれに俺は片肘をついて、階段の下で涙ぐんでいるシュウジおじちゃんに視線を移動させた。



「髪ゴム、知らない?」


俺のその第一声を受けて、困惑の表情を浮かべる。

首を左右に動かしながら


「さっきまで縛ってあったはずなんだが…。さっきの雷で弾けた…か?」


「雷…?」


俺は天を仰ぐ。


あーもう。やっぱり眩しい。

雲一つない青空が広がっている。


シュウジおじちゃんがいうには、この天気で雷が落ちたのだという。

は、…笑える。



「何か着るものないかな?これはカッコつかないよね。」


俺はボロボロの衣服に視線を落とす。


「誰か…、服を…!それと…靴もだ!」


シュウジおじちゃんが慌てて指示を出す。

それに従って、数人が少し離れたところに見える建物に向かって走って行った。



「ライラ…。いや…、ライラ様か…。この度は…」

「あーそういうのいいよ。」



なんだか畏まったことを言おうとしていたシュウジおじちゃんの言葉を遮る。


「それよりさ。喉、カラカラなんだよね。水ない?」


「あ、ああ…。」


シュウジおじちゃんに誰かがペットボトルを渡す。

それを開けて、階段を二段上がって俺に水を差し出した。


「こちらを。」


「うん。」



俺はそれを受け取り、ゴクゴクと一気に飲み干した。

ああ美味い。でもあれだな。美味しいものは少しだけの方が感動味が増すらしい。


あの時飲んだ、いや…飲まされた水の方が美味しく感じた。



「あの…!服、お持ちしました!」


「ああ、助かる。」


シュウジおじちゃんがそれを受け取り、またそれを俺に差し出す。

それを受け取った俺は真っ黒なシャツとズボンに袖を通す。


同じ黒だが卒業服とは全く作りが異なっていた。

察しがつく。仮に神が誕生した時に、その神に着せる用にあらかじめ準備してあったのだろう。サイズも今の俺にぴったりだった。


靴下を履いて、与えられた革靴に爪先を入れて、地面に数回トントンと音を立てて位置を整える。


「よし。いいかな…。」


今まで着てきてどんな服より上等なそれを身に纏った俺は、再び椅子に腰を下ろした。



「ライラ様。宜しければ皆に何かお言葉を…。」


シュウジおじちゃんは首を垂れて言った。


「…良いよ。」


俺は改めて立ち上がる。

真新しい革靴がギュッと音を立てる。


清々しい気分だ。

空気が美味いという表現があるが、あれに近い。


全身の痛みや苦しみ、それら全てから解放された今。

溢れる全能感に脳の血管という血管が喜びに満ち満ちているのが分かる。



短く息を吸う。


「みんな、おはよう。そして…久しぶり。」


改めてここから見下ろすと見知った顔が多い。

というか大体の人の名前が分かるくらいだ。


「これまでみんなが育ててくれた事、まずは感謝したい。ありがとう。」


「そして俺はここに宣言するよ。約束は…必ず果たす、と。」


ざわざわと集まった人達が声を立てる。


「これまでここで死んでいった子ども達の無念を晴らすと!」


群衆の声色が変わったのが分かる。


「俺は雷神ライラだ!!!!!!!!」


力一杯俺はそう叫ぶと、天高く左手を掲げた。


「散雷(サンライ)!!!」



青一色だった空に、ネオングリーンの閃光が迸る。

ゴロゴロなんて予兆はない。

瞬間的に集まった多くの信徒の頭上から数多の雷が降り注ぐ。


轟く雷鳴は真昼の空気を揺らす。


どれだけ当たっただだろう。

沢山死んだ事に違いない。


歓喜の空気に包まれていたその場は、一瞬にして地獄の様子となった。

悲鳴がそこかしこで響き、人々が逃げ惑う。


「ちなみに〜。今のは”弱“で〜す。」


俺はそう言いながら、ぴょんぴょんと階段を降りた。

そして、シュウジおじちゃんの肩を軽く叩いて、耳元で言った。


「お前は一番最後な?」


「ぎゃ、逆神め…。」


ニコッと笑って俺は姿を消した。


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