第18話 悲嘆の信徒達

暫くして慌てて大人数人が実験室へと傾れ込んでいった。


「ライラ!飲んで!」


栄養ドリンクゼリーを必死に飲ませようとするものの、ライラは口を真一文字に固く結んだまま、それを受け付けようとしない。


「お願い…!飲んで…!」


大人数人掛かりで無理矢理口を開けさせようとするものの、唇の隙間からわずかに固く閉ざされた綺麗に並んだ歯がちらっと見える程度だった。


そこに無理矢理にゼリーを流し込もうとするものだから、ライラの顔の周りに勢いよくゼリーが飛散して、べっとりとこびりついた。


「代われ…!」


試行錯誤するその黒服の群れを蹴散らして、シュウジが割って入る。

左手には水の入ったペットボトルが握られていた。


それを勢いよく開けて、キャップを床に投げ捨てて、ライラの口元へグイグイと押し当てた。


「ライラ…。飲め。」


微動だにしない瞳。


「飲まないと死ぬぞ。」


瞬きを一度して、彼はその瞳でため息をついた。

それが伝わったのか、シュウジは怒りに任せるがままペットボトルを傾けて、ダバダバと水を流し込む。


「…ぐっ!かはっ…!」

それが肺に入ったのか、ライラはゴホゴホとえずいた。


「少しは飲んだか?」


咳が落ち着く頃にシュウジがそう問うも、冷めた目で睨みつけるのみ。


それを見てシュウジは空になったペットボトルを床に叩きつけて部屋を出る。


「再開だ。」


「で、でも…!」


女が口を挟もうとしたその時。


「…再開だ。」


少しだけ語気を弱めた声で、シュウジは同じセリフを繰り返した。



2階に戻ったシュウジは自身の定位置である椅子に戻ると指示を出す。


「高圧電流だ。…電気椅子をやろう。」


「ですが、バイタルが…。」


「水も少しは飲んだはずだ。それに身体の中に栄養。つまるところのエネルギーがないんだろ?だったら簡単じゃないか。」


「はい…?」


「ありったけ注いでやろう。ライラ電力をという名のエネルギーを充電してやるのさ。」


そう言って、シュウジはデスクの上に両足を投げ出した。



**********


1時間と少しして準備が整った。


シュウジの命令通り、施設で使っている電力をありったけ注ぐ事ととなったのだ。

鋼鉄製の椅子は構造上、そのまま電気椅子として運用が可能であった。


椅子の形に再びライラの姿勢を起こし、実験開始の準備が完全に整った。



実験室の照明も目視で観測できる程度に薄暗く弱められる。



この1時間余り、シュウジを含め、責任者達はある程度の議論を行った。

ライラの身体強度。施設の設備。チームの持ち得るあらゆる知識を投じた結果。


これが自分達にできる最後の最大威力の負荷実験になるだろうと。



シュウジを含め、それが関係者各位に告げられ、この実験にはかつてない程の緊張感が漂っていた。


何せ教団が始まって以来、初めて神の誕生に王手をかけたようなものだったから。


ミトが作った教団の歴史は長い。ざっと40年はくだらない。

その責任が、重圧が、その場にいた全員の緊迫した空気感を生んでいた。


「いけます…。」


「…分かった。」



その報告を受けて、シュウジは実験室のライラに対して、マイクを通して声を掛ける。


『ライラ。聞こえるか?…聞こえるか、ライラ。』


ガラス越しに見えるライラは、相変わらず反応がない。


『まぁいいか…。そのままでいいから聞いてくれ。色々考えてみたんだが、これが俺達にできる最後の試練になりそうだ。これが終わって、お前が生きていて、何の能力が開花しなくても、我々は不死身の神として祀る事にした。』


『ミト婆含めて、麒麟を倒せるような、そんな神を求めていたが仕方ない。俺達には殺せないんだし、神は神だ。』


『これを乗り越えればお前も晴れて神様になれるんぞ。』


『あの礼拝堂の椅子も、お前の物だ。』


『だからライラ…。どうか俺達の前に…、神様になって…どうか戻ってきてくれ。』


『ライラ……。愛してるぞ。』



ブツっと切られた音声。

最後のセリフは付け足すように言った。



シュウジは担当の男に目で合図をして、軽く頷いた。


「実験開始します!!!」



**********



クラクラする。

施しなんか受けるものかと必死に抵抗したが、ちょっとだけ後悔していた。


水…。


ちょっとだけ飲んじゃった、あれ。


美味しかったなぁ。



これから始まる拷問がどうやら最後らしい。


今のところ神様っぽいスーパーパワー?というやつに目覚めたような感覚はない。

シュウジおじちゃんが言う通り、ただの不死身なだけだ。


仮にこのまま終わったらどうなる?

特別な力もないまま神として祀れるなら、俺はどうやって復讐するんだ?


不死身なのは分かったけど、体力はどうだろう。

底なしの体力になっていたら、村の大人全員を刺し殺して回ってやろうかな。


いや、でもな…。



死んでいったみんなの顔が脳裏をよぎる。


やっぱり圧倒したいな。


みんなが望んだ復讐の神として。神らしく。俺は……。



そう思っていた時、いつもの警報音がけたたましく鳴り響いた。

バツン!と音がして、想像もつかない程の高圧電流が俺の身体を縦横無尽に駆け巡った。



「ああアガッガアガガガガッガガガガア!!!!」


情けない声が自然と発せられる。腹筋が、肺が、声帯が、俺の意思に反して勝手に動くのだ。


視界には狂ったテレビのようにノイズが走る。


時々、プシュッと音がして、歯の隙間から沸騰した血が吹き出す。


あ、これヤバイかも…。い、意識が…。



本のページが風に靡いて、勢いよく捲られる感覚に似ている。俺の記憶のページがブワーッとなってそして…。そ、し…て……。




*************



およそ4分間の出来事だった。


集めるだけ集めた電力、その全てをライラに注いだ。


最初こそ灯油を撒いて、火をつけた時と余り変わらないような反応に見えたライラであったが、それは間違いだった。


激しく痙攣をし、ガタガタと身体を揺らしていたライラ。

あれだけの高圧電流だ。筋肉の収縮だろうと観測チームも思っていたのだが、今回は違った。


口から血を流し、どんな高負荷実験でも視線を動かさなかった彼が白目を剥いていたのだ。


そして、目から、耳から、爪の間から、プシュップシュッ!と血が吹き出していた。



「シュウジさん!おかしいよ!血が…!血が出てる!!!」


男が叫ぶ。


「止めろ!!!!今すぐ止めるんだ!!!!」


シュウジは慌てて指示を出す。


激しく痙攣していたライラの身体の動きが停止し、電流が止まった事を示す。


「止まりました!」


「バイタル!!!」


「この実験では電圧に機材が耐えれないから、さっき外して…。」


そう女が言いかけた時、すでにシュウジは部屋を飛び出していた。


「ライラッ!!!!」


勢いよく開かれる扉。


ライラの元まで駆け寄ったシュウジは、ガクンと頭を下ろしたままのライラの顔を持ち上げる。


「おい!…ライラ!おい…!」


白目を剥いたまま、身体中から白い煙を上げて、血を流しているライラの姿がそこにはあった。


シュウジの両腕がガクガクと震え出す。


「お…、おい嘘だろ。ライラ。な、なぁ…?…おいっ!!!!!!」


激しく肩を揺さぶるものの、聞こえるのは、もう聞き慣れた重たい鎖のそれだけだった。


「ライラァアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」



悲痛なその叫びがその四角い部屋に虚しく反響した。



教団の願いは、またも潰えたのだ。


ライラは死んだのだ。

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