第4章 レールの上の奇跡

第17話 ズレた大人達

それが長かったのか、短かかったのか。

時間の感覚が非常に曖昧になっていた。


長く燃えた炎は、死んでいったみんなの身体をただの炭に変えてしまった。

首のないリュートの身体は、高温で熱せられて筋肉が収縮し、縮こまるような形に曲がっていた。


ハナの方に視線を移す。


あの綺麗だった金髪は丸っと焼けてしまって、禿げ上がってしまっていた。

服も何もかもが焼けて一体となってしまい、ただのパリパリとした黒い塊になっている。



肉の焼ける匂い。

食卓でたまに嗅いでいたこの匂い。


俺達五人の中でなら、それに一番に気が付くのはダンダだ。

身体の大きいダンダは、それ相応に”食通“だったのだ。


アレンジだってお手のものだった。

スープを一口飲んで、うーんと唸ると、調理場に行って調味料を借りてきてサッとそれをスープに足す。


それを一口飲んで味を確認したダンダは、よく俺にも「飲んでみて」と皿を渡してくれた。俺もそれを何の気なしに飲んでみるんだけど、さっきまで自分が飲んでいたスープとまるで違って、とっても美味しくなっていた。


生きてさえいれば、ダンダはきっと料理人になっていたに違いない。

大きな体にエプロン姿、よく似合うことだろう。想像に難くない。




一方の俺は身体だけじゃなくて、服まで燃えていなかった。チェーンソーでめちゃくちゃに引き裂かれたボロボロの衣服は、そのままの状態で残っている。


不思議だなぁ。と思いながら、俺は首を傾げる。



きちんと理解しているのだ。

みんなは死んだ。

俺だけ生き残った。


俺は神になる。なれる、と。


だからその瞬間まではできるだけ、落ち着こう。リラックスするんだ。

そう自分に言い聞かせた。



抵抗する術はもちろん、この先の活路さえなかった数時間前の俺とは違う。

異常に治りの早い身体。焼けない服。あの高温の中でさえ、呼吸も難なくできていた。


ハナやツキコが言ってくれたように、俺は確実に神への階段を一歩ずつ登っている実感があった。


だからこそ、この胸に秘めた燃えたぎるような復讐心も、今はひっそりとその形をひそめていた。


次の一段を登る。

そしてまた次も…。


俺の頭にはそれしかなかった。



************



暫くして俺は別室へ移された。


この椅子は上手くできていて、車椅子のようにそのまま移動する事ができた。


次に運ばれた部屋は、先ほどまでの部屋とはまた様相が違っていた。

四角い部屋の真ん中にズルズルと椅子ごと移動させられた俺は、そのまま椅子をリクライニングさせる形で仰向けに寝かせられる。


おお便利〜。。

これはベッドにもなるのか。


冷め切った俺の感情は、こんな些細な事にごく自然に反応をする。


大人達がまた鎖を床に繋ぎ直し、ああまた拷問が始まるのかと思った矢先、上着を無理やり脱がされて、何だかよく分からないものを体にペタペタと貼り付けられた。


それは1つ1つが線で繋がっており、地面にある接続部に集約される形で伸びていた。



「モニター正常。いよいよですね。」


俺の横で興奮気味の声がする。


「ここまでくるのは初めてだからな。少し緊張する。」


そう返答した声の主は、間違いなくシュウジおじちゃんだった。



「楽しそうだね。」


無駄に眩しい天井のライトを見つめたまま俺は言った。


「おう。ライラ。そりゃあな…。これはみんなの悲願だったからな。」



俺の顔を覗き込んで、嬉々とした表情を浮かべるシュウジおじちゃん。

何が悲願だ。クソが。


「…おめでとう。」


俺はさも興味もなさそうに、吐き捨てるようにその言葉を言った。


「なんだ?いつものライラらしくないぞ。」


ポンポンと肩を叩くシュウジおじちゃん。


察しろよ。

テンションが間違ってるだろ。


俺が口を真一文字にに結んでいると、興奮気味に言葉を続ける。



「だって神だぞ。村ができて初めての事なんだ。これまでだっていっぱい…。」


「いっぱい?」

一瞬反射的に怒りの衝動が湧き上がる。


「そうだ?いっぱい試練をやってきたんだ。」


なんだその目は。

やたらと輝いたその瞳。まるで買い出しの荷物を開ける時の俺みたいじゃないか。


そんな冷め切ったツッコミが頭の中で浮かんでは消えた。



「俺も村に来て長いからな。それ相応に試練に携わってきた。」


「いっぱい死んださ。」



さっきの部屋で炎が消えるまでの間に、覚悟は完全に決めていた。

思い出がなんだ。胸の中にあるのは約束のみ。


大人達は皆殺しだ。


例外はない。


絶対、全員、皆殺しだ。



俺達みたいな子ども達を何人も、何十人も、それこそ何百人単位かもしれない。

それだけの数を殺めてきた罪。必ずその命を持って償わせてやる。




「準備。整いました。」


さっきの男がそう告げると、シュウジおじちゃんは手をパンと叩いて「よし。やろうか。」と号令をかけた。


準備を進めていた大人達がゾロゾロと部屋を出ていく。


なるほど、今度は拷問が大掛かりにでもなるのかな?


また最後に部屋を出るシュウジおじちゃんは、去り際に「が・ん・ば・れ・よ」と口を大きく動かして俺に合図して、目立たないように親指を立てて、この部屋を後にした。


あー。うざい。



全員が部屋を出ると、ビーっと音がしてガチャンと扉の鍵がロックされる音が響いた。


視線を壁沿いに動かすと納得した。

なるほど、この部屋を見下ろす位置に厚いガラスの大きな窓があり、その内側で大人達が何やらせかせかと動いていた。


なるほど、鑑賞席ってわけか。



もう一度ビーッと音が響いて、壁から白い煙が勢いよく噴射される。

今度はなんだろう。


とりあえずまた拷問が始まったようだった。




*************




「バイタルが…。落ちてきています。」


2階のモニター室の中で男が言った。



この実験室に移行して5日目の事だ。


ライラは様々な試練という名の拷問をいくつも受けさせられていた。

毒ガスに始まり、脱酸素実験。高圧実験。おおよそ人の手で簡単に行う事ができないような大掛かりなものを、だ。


それをほぼ無反応でずっと安定してこなしてきたライラであったが、この5日目にして血中酸素濃度が下がり始めたのだ。



「何でだ!?あれだけやって死なないんだ!もう殆ど神だろう!?ここにきて弱ったりするもんか!」


部屋の中にシュウジの怒号が響く。


静まり返った部屋の中で、ライラの心音をモニターしている電子音だけが規則正しく鳴っていた。


「食事…でしょうか?」


誰かが言った。


「何?」


「食事ですよ。身体はいくら丈夫になっても、神としての力に目覚めないのなら、まだ生きていくのにエネルギーは必要なはずです。」



そう言ったのは孤児院で食堂係をしている女だった。


「しょ、食事?」


なんとも間抜けな声を発するシュウジ。


その場にいる全員の認識として、神は完全無欠の存在だった。人間には殺せず、人智を超越した存在。ただそれだけを思い描いていたのだ。


食事など摂らなくても大丈夫なはずだ。そう思っていた。


確かにライラの身体は着実に神のそれに近づいていたが、そこには莫大なエネルギーを消費していた。何度も殴られて折れた骨の再生。大量の出血で失った血液の補充。身体強化。そして生命維持。それら全てに途方もないエネルギーを使っていたのだ。


「何日…食べてない?」


「確か…卒業式の日の出発前。その時に食べた昼食が最後だったかと。」


女は答える。


約六日間。


水さえあれば普通の人間も一週間は生きるのだという。

それを普通ではない、むしろ死なない方がおかしいような過酷な環境下で、水分も摂らずに、ライラはその心臓を動かし続けていたのだ。


ここにきて限界が来るのもおかしくない。



それにライラはこの部屋に来て、殆ど反応を示さなくなった。

何をしても喋らず、視線も動かさず、ただギラギラと意志を灯した瞳で、真っ直ぐ前を見つめるのみ。


血液検査ができれば、この異常事態にも早い段階で気付けたのだろうが、ライラの身体は注射針もすでに通らない。


身体中に貼った電極で得られるだけのバイタルと、目視で得られる情報のみが彼らの指針となっていたのだ。



「食事だ!何か食べやすいもの!スープとか…ゼリーとか…持って来い!」


「は、はい!」


ダン!と目の前のデスクを叩くシュウジ。

脂汗が首筋を流れた。


彼は焦っていた。


教団の皆の期待を一身に背負い、今年の試練の責任者を自ら名乗り出た。

自身に一番懐いていたライラを自らの手で神にしたかったのだ。


シュウジは確かに一人の大人として、村の子どもであるライラの事を愛していたのだ。

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