第15話 麒麟 襲来2

「優しいな。男。」


ハッと笑って麒麟はまた姿を消した。

彼が動く度に轟音が鳴り響く。それは詰まるところ彼の移動速度が音速を超えているのを示していることに他ならなかった。


コウキチの頭上に現れた麒麟は思い切り光り輝くその右脚を振り上げる。

その脚の輝きが一気に増して、直視できないほどに強く青白く発光する。


「放つ!彗星(スイセイ)!」


体術的に定義するならば、踵落としの形で繰り出されたその蹴りは、ギリギリのタイミングで両腕をクロスして受け身を取ったコウキチの身体を勢いよく吹き飛ばした。


その機動は真っ直ぐ真下に、ではなく、麒麟からやや後方に向かってコウキチの体は飛んだ。


爆音を轟かせ、村の家々を薙ぎ倒し、高い崖にめり込むような形でコウキチは停止した。



「…!?」


ミトは開いた口が塞がらず、自身の身体の感覚が次第になくなっていくような錯覚に陥る。目の前で起こる、理解の外の現象に、シナプスがその役割を放棄しているようだった。


ガラガラと音を立てて、崩れた崖の岩の下から、コウキチがフラフラと立ち上がった。


首を右にコキっと鳴らして、ペッと地面に血を吐いた。



「なんだ。随分と丈夫じゃないか。ちょっとワクワクするな!」

コウキチのその姿を見て、空中で胡座をかいていた麒麟はかかかと笑った。



村中から悲鳴が聞こえる。


それもそうだ麒麟が暴れているのだ。

世界の五大神の一人が、今、目の前でその力を振るっているのだ。


終決が宣言された世界再編戦争も、村の彼らは新聞やラジオで聞きおよんだ、あくまでもただの”情報“に過ぎなかった。


初めて近所の男が出兵した時のように、初めて自分の息子の戦地での訃報を聞かされた時のように、初めて空襲を受けたあの夜のように。

彼らにとって、神が一体何なのかを初めて実感した瞬間であった。



「何故こんなことをするんですか!?」


コウキチはキッと麒麟を睨みつけて言った。

グッと拳を握り、その肩は怒りと緊張に震えていた。


「何故だと…?うむ、そうか。」


麒麟は首を傾げて、自分の中で何か納得したかのように、スッと地面に降り立ち、コウキチの方へ歩きながら口を開いた。


「世界の平和の為。つまりは世界の均衡を保つ為に、お前のような神になれるもの、つまり”成神“という者はなるべく早い段階で間引くことに決まっているのだ。」


「想像するのだ。男よ。貴様がこのままこの村で暮らし、その力が神の御業(ミワザ)と知れてみろ。信仰が生まれるぞ。」


「人間は弱い。だから人間は力を求めて武器を作り、それを振るい、人をまとめ、国を造ったのだ。」


「目の前に神が現れた。それも自分達の暮らしに密着する形で、だ。お前は祀り上げられ、村や町の信仰の対象となるだろう。そして祀り上げられた御輿同士はいずれどこかで必ずぶつかり合い、そこで神同士の争いが起き、その目下で民同士が争い、戦争が生まれるのだ。」



「当ててやろう。男。お前は徴兵されていない。そうだろう?」


ふんと鼻を鳴らしてコウキチを指差す麒麟。


「それが何だと言うんですか!?」


「ほれみろ。」


コウキチの15メートルほど手前で麒麟は歩みを止めた。


「だから想像ができんのだ。お前は戦争を知らん。そもそも分からんのだ。」


「身体が弱くて徴兵されなかった!それだけだ!病さえなければ俺も戦地に行って戦っていた!!!」



コウキチの首筋に太い血管が浮き出ていた。


悔しかったのだろう。病床に伏せていたあの日々が。

近所の男達は皆同様に勇猛果敢に勇ましく旅立っていった。


それを女、子供に混じって見送ることしかできない歯痒さ。

こればかりは本人にしか分かり得ない感情だ。



「戯言なのだよ。それは。」


コウキチの怒りの声を麒麟は鼻で笑う。


「お前は戦場を知らんから、そんな想像で物事を語るのだ。実際に人が戦場で死ぬ時というのはどういうものか知っているか?」


「任務を遂行する為に、誰かを守る為に、誰かの身代わりに、なんて物語のような死に様を遂げる者など、ごく少数で限られた者だけなのだ。」


「じゃあ!みんなどう死んだっていうんだ!!!国の為に…、残された家族の為に命を懸けて行ったんだぞ…!そんな彼らに…。」


「不意に、だ。」



コウキチの怒りの声に割って入ったその回答は、そよ風のように実にあっさりとしたものだった。


「寝ている間に、だとか。戦友と話している会話の最中に、だとか。ほとんどがそれだ。あとは…餓死とか栄養失調か。」



そう言われて、コウキチは言葉に詰まってしまった。


麒麟の言う通り、コウキチや当時の国民のほとんどが思い描いた死に様は、”せめてこうであってくれ“という思いのもと生まれた、脚色の産物だったのだ。


それにコウキチが初めて気が付いた瞬間であった。



「ほれ男。さっきまでの威勢はどうした?何か言ってみろ。」


「……。」


キツく睨んだ視線がふっと下に落ちた。


「何も言えんか。」


麒麟はパタパタと自身の着物についた砂埃を叩き落としながら口を開く。

「私はな、それを武士の時代から見てきたのだ。父から先のように教わり、育てられ、長い時代を見てきて確信した。」


「そんな世界は間違っている、とな。」


「だから我々は新たな信仰を生ませない。育たせない。」


「だから我々は新たな神を討つのだ。」



そう言ってまた麒麟の姿が消える。それと同時にコウキチの目の前に現れた麒麟は前蹴りの構えにあった。


「これは重いぞ?…瞬き(マバタキ)。」


最早青とも認識できない程の強い閃光が走り、続いて爆音が鼓膜を揺らす。

家の戸は風圧で吹き飛び、畑の作物やバケツに洗濯物、ありとあらゆるものが宙に飛散した。


弾丸より素早く放たれた前蹴りは、神の光を纏ってコウキチの腹部を抉り取るようにして放たれた。



コウキチが初めに打ち付けられた崖も、見るも無惨に吹き飛んだ。

スポンと抜けた風景が、神の圧倒的な力を物語る。


「が…がは…!」



まだその両足で立ってはいたがコウキチの腹には大きな穴が空いてしまっていた。


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