第13話 肺

麒麟様が生まれたのは何百年も昔のことらしい。

お殿様がいて、侍が闊歩していた時代。


ただの少年でしかなかった当時の麒麟様はある時、足を悪くされたそうだ。


どこかで転んだとか、骨を折ったとか、そういう事も一切ないまま、ある朝突然、激痛に襲われたというのだ。


そこから麒麟様は布団から起きれない日が続いたという。


日に日に増すばかりの激しい痛みの中で、次第に麒麟様の両足は炭のように黒く壊死していったらしい。


麒麟様の父親は小さな藩の藩主だった。

力のあるその親は、国中の医者を呼んで息子の足を調べさせ、様々な薬を飲ませたが状態が良くなることは全くなかった。


しまいには麒麟様の両足は炭のように黒くなり、古くなった紙切れのように、ポロポロと崩れ落ちてしまった。


その崩れ落ちる隙間からは、何故か青白い光が漏れ出ていたらしいのだ。

そして、あれよあれよという間に、黒くボロボロになった足は剥がれ落ちて、代わりに中から、眩い光を放つ、青い足が出てきたのだという。



麒麟様はその時、痛みから解放されると共に、新たな自由を得たのだと仰ったそうな。


世にも不思議な光る足は、空をも駆ける事ができた。

ハヤブサよりも早く空を駆けるその姿を見た麒麟様の父は、これが幕府の耳に入るのを恐れた。


親心だったのだろう。圧倒的な力を持つ者の存在を幕府が認めるはずもないと悟ったのかもしれない。


それよりも神としてその地に祀り、崇める事で「信仰対象」として麒麟様を生かし、育てる事にしたらしいのだ。




私の脳裏に過ったのはまさにそれだった。


咳で苦しみ続けたコウキチさん。


一気に悪くなった体調。


そして最後に吐いた二つの塊。


もしかして…。



そう思うと私は勢いよく立ち上がり、台所へと走った。

そして彼が流しに置いた肉の塊を手に取る。


「ミト。いけない。結核だったら、それは病気の塊かもしれない。」


おろおろと慌てて私のもとへ駆け寄るコウキチさんに、


「これ…。肺なんじゃないの?」


私はそう告げた。


「はっ…。何を馬鹿げた…。」


そう言って笑うものの、彼は自身の胸に手を当てた。

そして何度か深呼吸を重ねる。



「ミト…。本当にこれは俺の肺、なのか?」


肉の塊はブニブニとした感覚はあまりなく、石のよう感触をしていた。

もう1つも触ってみるが、ほとんど代わりない。


「麒麟様は足が腐り落ちて、そこから光る足が生えてきたのよね?」


うーんと唸った彼は


「新聞にはそう書いてあったな。」


「もしよ。もしこれがあなたの肺だったら、あなたの新しい肺はどうなっているの?」


仮に麒麟様のように、神として目覚めたのなら、何かができるはずだ。

崩れ落ちた足の代わりに生まれた青白く光る足。


これがもし肺なら、彼の胸の中には新たに特別な肺があるに違いない。

普通に息ができるのは勿論のこと、加えて何か特別なことができるようになってるのかもしれない。


麒麟様は空を駆けた。

それもハヤブサよりも戦闘機なんかよりも速く。


「ほら、何かできないの?火が吹けるとか…何か…?」


「どうだろな…。」


そう言って彼は指で輪っかを作って軽くフーッと息を吹いた。


すると輪っかの内側からオレンジ色に光る炎がブオッと音を立てて吹き出した。


「うわっ!」


その光景に驚いた彼は尻餅をついた。


「やっぱり!ほら!あなた!!」


興奮した私は彼の肩をバシバシと叩いた。


コウキチさんが神になったことなんかより、私にとっては彼の身体が全快したことの方が圧倒的に嬉しかった。


「は、ははは…!あははっ…!!!」


コウキチさんは驚きと喜びの混じった表情で笑った。

血まみれの布団すら、今の私の目には真っ赤な花畑のように見えた。


それぐらい嬉しかった。



「コウキチさん!本当に神様になれたのなら、もうあなたの病気は治ったってことよね?これからも、一緒にいれるってことよね?」


嬉しくて、嬉しくてじんわりと涙が溢れた。


「そうだな。ミト。ずっと一緒だ。」


そう言って彼は私を力一杯ぎゅっと抱きしめた。

それに応えるようにして、私も彼の背中まで手を回して、抱きしめる。


ゆっくり上下する肩に顔を埋めて、彼の呼吸を感じる。



彼は生きている。


もう一人になることはないんだ。


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