第12話 激動の時代と私達

終戦と共に籍を入れた私達。

戦争が終わって、世界のあり方を含めて何もかもが変わろうとしていた。


麒麟が行った”神の宣誓“もその大きな要因となっていた。


兼ねてより神々の存在は様々な書物や伝承として残ってはいたものの、実際に神が公の舞台に上がったのは、人類史上それが初めてだったのだ。


9月2日に戦艦ミズーリ号で行われた日本の降伏文書調印式から3日後。

9月5日に今度はアメリカのホワイトハウスにて”降臨宣言“というものがなされた。


アメリカにも神がいたらしく、名をレイバン・レレットと言った。

そのレイバン・レレットと麒麟が合同で宣言文を出したのだ。


内容として簡潔にまとめるなら、今後神は神としての責任と責務を全うすべく、積極的に表舞台に出るというものだった。



世界のバランスはこの神々の自重によって成り立っていたと言って過言はないのだろう。


ひっそりと影ながら人々の生活を守り、信仰と文化の発展と人類の平和に尽力していた。

これこそが旧式の信仰であり、神の存在理由とされていた。



それが、この”降臨宣言“を皮切りに、今度は違う戦争が始まったのだ。

神同士が世界の覇権を争い勃発した第一次世界再編戦争だ。


期間はそう長くはなく1945年から始まり、1947年11月には5人の神によって終戦宣言がなされた。



麒麟は日本をはじめとするユーラシア大陸の東側を統治する神としての地位に就いた。


麒麟のやり方は統合支配するのではなく、それぞれの国の形は残して、最高統治権力として自身の地位を置いた。



この第一次世界再編戦争は死傷者数は第二次世界大戦には遠く及ばないが、その戦争の爪痕はそれとは比較にならなかった。


消し飛んだ山や、蒸発した湖。

たったの2年で世界地図は大きく改変しなければならないほどの被害を生んだ。



一方の私達はそんな神々同士の戦争なんかに脇目を逸らすような余裕なんかなかった。


結婚してコウキチさんは体調が益々悪くなった。

最初のうちは夫になったんだからと張り切って畑仕事にもどんどん出るようになったり、職探しに町に出たりもしていたが、頑張ろうとすればするほどに、彼の体調は悪化の一途を辿った。


1948年の夏の頃だっただろうか。

コウキチさんが畑で血を吐いて倒れたのだ。


幸い村のみんなの手助けもあって、何とか家に連れ帰ることができたが、血を吐いたその姿を見て、今度は「結核なんじゃないか?」と噂が広まった。


結核は当時、ひどい迫害の対象だったのだ。


途端に妻である私も村では、のけもの扱いされるようになった。



「ミト…。ごめんな。」


ゴホゴホと布団の中で咳き込む彼。

私は台所からサッと駆け寄り、彼の背中を摩る。


「何言ってんの。あんたの咳なんか慣れっこさ。」


はははと笑い飛ばすように私は言ったが、正直不安だった。


コウキチさんだけが、私に残された最後の家族だ。

別に身体が弱かろうと、稼ぎがなかろうと、どうでも良かった。


ただ、一人になりたくなかったのだ。


「俺がしっかり働かないと。」


彼は私の手を両手をとって言った。


「こんなにボロボロの手にまでなって…。こっちに来る前はあんなに綺麗な手だったのに。すまない。」


「ばか!そこは「いつ見ても綺麗だね」ぐらいの気の利いた言葉を言いなさいよ。」


「すまない。」


そう言ってまたゴホゴホと咳き込む。

今度はまた血が混じった咳だ。


「…大丈夫?」


また背中を摩りながら私がそう言うと、ジェスチャーだけで「大丈夫」と返答した。



大丈夫なわけがあるものか。


血を吐く量が日増しに増えてきている。

少し前まで歩けていたが、もうここ最近はほとんど布団からも出てこない。

「お水持ってくるわね。」


そう言って私がスッと立ち上がると、彼はか細い声で「ありがとう」と答えた。


外の井戸に行ってバケツを底まで下ろしながら、私は深いため息をついた。


どうにか良くならないものだろうか。


町医者に診せに行ってやりたいが、今の私の稼ぎじゃとても無理だ。

自然に良くなってほしいが、あの感じじゃ無理だろう。


無理だろうけど…。



井戸水を汲んで家に戻ると、コウキチさんの激しい咳の音が聞こえた。

今まででもかなり酷い咳き込み方だ。


バケツを台所にそのまま置いて、私はコウキチさんの元へ駆け寄った。


布団が血で真っ赤に染まっている。

それでもゴホゴホと彼の咳は止まらない。


「コウキチさん!コウキチさん!」


必死に背中を摩るも、彼の背中は激しく上下するばかりだった。


「がはっ…!」


いつもの肺がゼエゼエいうような咳ではなく、今度は全く違う咳をした。

それに続けて、おぇっ!と声を漏らすと、彼は勢いよく手で口を覆った。


両手で口を覆った手から、ヒタヒタと血が腕を伝って流れてくる。


「コウキチさん!!!!」


私の額を冷たい汗が流れ落ちる。

コウキチさんが…。コウキチさんが…。


彼はもう一度大きくえずくようにオェッ!と叫ぶと、また血を吐いた。


「っはぁぁーー…!。はぁ…。はぁ…。」


どうやら咳は治ったらしい。

激しく揺れていた背中がピタリと止まった。


「ミト…。俺、なんか吐いちまった。」


そう言って彼は、血まみれの両手をゆっくりとこちらに見せた。


「何?どうしたの?」


慌てた口調で私はそれを覗き込む。


するとコウキチさんの手には何か血まみれの塊?のようなものが2つ乗せられていた。


「何これ…?」


「わ、分からん。」


「というより、咳はどうなの?肺は?苦しくない?」


私がそう尋ねると、そういえばというように彼は自分の胸元に視線をやって、目を丸くした。


「ミト…。苦しくないぞ。」


「嘘でしょ…?」


「いや、本当だ。ついさっきまで息をするのも辛かったんだ。でも…!」


そう言ってまた自身の両手に置かれた肉の塊に視線を落とす。


「これを吐いてから、ものすごくスッキリしたんだ。」


そう言うと彼は、スッと立ち上がって、自ら台所へ向かいその肉の塊を流し場に置いた。


「歩けるの…?」


「ああ…。不思議と身体が軽いんだ。」


「どう考えてもおかしいでしょ?ちょっとこっちに来て。」


私はポンポンと布団を叩いて彼を呼び戻す。


「お、おう。」


彼は素直にそれに従い、私の隣に座った。


「違うの。横になって。肺の音を聴かせて。」


もう、察しが悪いのね。といった表情を浮かべながらそう言うと、彼は仰向けに布団に横になった。


「これでいいか?うわっ血が…。」


うげーっと言った表情を浮かべる彼。


「そんなの洗えばいいのよ!」


そう言って私は彼の胸に耳を当てる。


「ゆっくり息をして。」


私はそう言うと彼は胸をゆっくりと上下させる。


あれ?おかしい。

本当に彼の言う通り、いつものゼエゼエとした異音が全くなくなっていた。

というより、心臓の音しかしない。


空気が流れているような音がしないのだ。


「本当にゼエゼエなってないわ。」


私は彼の胸から耳を離して言った。


「そうだろ?不思議だよな。」


身体を起こし、不思議そうな表情を浮かべる彼。

さっきまで激しく咳き込み、今にも死ぬじゃなかろうかという状態だった男の姿がこれなのだ。



その時あることが私の頭を過った。


彼が再編戦争中に新聞で読んだという、新聞記事についてだ。


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