第3章 愛しき人〜side ミト〜

第11話 終戦と二人

やっと戦争が終わった。


疎開先で聞いた玉音放送は忘れない。

ノイズ混じりに初めて耳にした天皇陛下の声。


村の広場に集まって1台のラジオの前に村のみんなが並んで、目を瞑ってその一言一句を噛み締めて聞いていた。



父は大戦前の日中戦争ですでに亡くなっており、母は病で疎開する直前に亡くなった。


残った私は近所に住んでいた体の弱い男、後の私の夫となる男だが、コウキチと共に昨年ここに疎開してきた。幼い頃から一緒に育った私達は血の繋がりこそないものの、疎開前から家族も同然であった。



当時19歳だった私は、一人の大人として村でできる事は何でもやってきた。

畑仕事も人一倍やったと思う。男手が足りないからと、大工仕事までこなしてきた。


一方のコウキチは幼い頃から肺が悪く、よく病床に伏せていた。

それが功を奏してと言っていいのだろうか、彼は最後まで徴兵される事はなく、私の傍にずっといた。


私より2つ上のコウキチは村では殆どいない若い男手だったが、なにぶんそんな身体だ。無理はできなかった。


読書家だった彼は、村仕事から戻った私に、今日読んだ本や新聞の話をよくしてくれた。

それが私にとっては戦時中の唯一の楽しみであったと言っても過言ではない。



そんな彼も、その日は私の横でしゃんと立って、黙って放送を聞いていた。


所々から啜り泣くような声が聞こえた。


みんな家や家族を失ったのだ。

戦況はなんとなく分かってはいたが、いざ”降伏“の二文字を目の前にすると、そうそう簡単には受け入れられなかった。


私もグッと唇を噛んで今にも溢れ出しそうな感情を痛みで誤魔化そうとしていた。



天皇陛下のお言葉が終わると、そのまま放送は終わると思っていたが、そうはならなかった。


ここから更に衝撃的な放送が続いた。



「日本国民ヨ、初メテ告グ。吾ガ名ハ麒麟(キリン)。古来ヨリ此ノ国ニ在リシ神ナリ。


先ノ大戦ニ於イテ、神トシテ政ヲ正シク司ルコトガ叶ワズ、カクノ如キ惨禍ヲ招キシコト、誠ニ遺憾ノ極ミト申ス。


コレヨリノ日本ノ未来、又ハ日本国民ノ行ク末ニツキテ、吾モ一言口ヲ挟ム所存ナリ。


コレマデ身ヲ隠シ、神トシテノ責務ヲ果タスコトナク存シタルコト、心ヨリ詫ビ申上グ。


近々、世ニ姿ヲ現シ、然ルベキ場ニテ訴エント決心セリ。今暫ク待タレヨ。」



今の言葉で言い直すと、内容はこうだ。


「日本国民の皆さん。初めまして。私は名を麒麟という。


古来よりこの国にいる神である。


先の大戦は神である我々が政治をきちんと取り行っていれば、避けられたかもしれない。


これは私自身、大変遺憾に思っている。


以降の日本、ひいては日本国民の在り方については私も些か口を出そうと考えている。


今まで身を隠し、神としての責務を全うする事なく、生きながらえてきたことを心からお詫び申し上げる。


近く公の場で姿を現す事としたい。今暫く待ってほしい。」


そういった内容だった。



当時の私達にとっての神は天皇陛下がまさしくそうであった。

日本を守り、照らし、導く存在。


それが敗戦を告げたその直後、新たに神を名乗る者が現れたのだ。


これはのちに”神の宣誓“として語り継がれることになるのだが、私達にとっては敗戦の事実と、新たな神を名乗る者の登場で、頭を強くぶつけられたような衝撃を覚えた瞬間であった。



「何なんだ?あの声は?」


「さっぱりよ。」


ぽつりと呟くように言ったコウキチに、私はまっすぐにラジオを見つめたまま言った。


麒麟と名乗る男性の声がラジオの電波に乗って、日本中に届けられた後、放送は終了した。


「それより戦争よ…。負けっちゃったね。」


「そうだな。」


軽く咳払いをするコウキチ。


「大丈夫?」


「ああ。大丈夫!大丈夫!」


コウキチは心配しないで良いといった様子で、ヒラヒラと私に手を振った。


「それよりこれからだ。大変になるぞ。」


「そうね。何せ負けちゃったもんね。」


「そうだな。麒麟というやつの言葉もよく分からんしな。」


両腰に手を当てて、グッと胸を張るコウキチ。


広場にいた人々はその場で泣き崩れる人や、家へ帰る者、それぞれの時間を過ごしていた。


「まぁなんだ…。これからも大変な時代になるだろう。」


「俺の身体も相変わらずで、てんで丈夫とは言い切れん。」


「それでもこれからの時代を…、俺はお前と見ていきたいと思うんだ…。ミト。」


彼は私の方に向き直り、私の両肩をグッと掴んで言った。


「俺の嫁になってくれないか?ミト。」



サンサンと照りつける正午の太陽が彼の前髪の隙間から覗く瞳を明るく照らしていた。


ああ、何でこの人は…。


さっきまで血が出るほど硬く噛んでいた唇が緩み、ふっと上がるのが分かった。



「何言ってんの!私はとっくに嫁になるつもりでいたさ!」


そう言って私は彼の手を払い、逆に彼の肩を思い切り叩いた。


「痛いな。」


「頑張んなよ。だ・ん・な・さ・ま!」


コウキチは殴られた肩を一瞥して、ふっと笑うと


「おう。」


とだけ短く返事をした。


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