第4章四話:蠢動/偶像惑星

──厄介な事になった。


偶像惑星の現状を端的に表せば、この一言に尽きるだろう。


「ふくみさんは、居るな」


「ポッシさん!企業からのオファー提案が凄い事になってますよ」


クラヤミを追い返した事から、今度は色々な所から追い掛け回されてる状態だ。アイ......ドル?いや、やる気ないんですけど......てかどうやって活かすかフワフワな所が多すぎてな。


「ウチの事務所、傘下の企業に関係ありそうな案件を分けて置いてくれ」


「言われると思って分けてありますよ」


「そうかありがとう、じゃあ関係ないやつ......私に関してのやつは、企業の説明と共に丁重な文面で送り返してやれ」


「既に基本の文を作ってあるので確認してもらえれば......」


私への直接的な窓口は開いてない。しかし事務所を作って色々やってる事は知られてるようで、そこを通じて接触を図ろうとする企業が後を断たない。


ちょっと目を通せば(とりあえず確保しよう)なんて意図が明け透けに見えて来る、クラヤミを追い返す事に期待を寄せそこから生じる利益で懐を豊かにする考えしか現状では浮かんで来ないのだろう。


「少し直して......これで良い」


「ポッシさん、本当にこれで......」


自身を身売りすれば遊んで暮らせる程の金、事務所を売り払えば莫大な金が懐へ転がり込んで来る。金が欲しいのならば、これらの選択も悪くは無いだろう。


だが断る。


金儲けしに来たんじゃない、儲けるだけならもっと悪どい事をやっている。クラヤミを追い返すのに一々疲弊したくない、ってのもあるが。


「私がやらなくても良い事、だろうからな......」


思い起こすのは、あの場へ戻って来た若いアイドル達や関係する人々。精力的にクラヤミを追い返す活動であちこちへ行って、希望をばら蒔いてるらしい。


それこそ、つぼみが花開き始めた様な状態。下手に触れない方が良い。


「黙って顔も見せなければ、忘れられるさ」


「......そう、ですね」


花をついばむ鳥や、喰い散らかそうとする虫は追い払って潰さなきゃだけど。


「なにか問題が生じたりしているか?」


「いえ、工場こうばの方々が困惑する程度で企業の運営に支障はきたしていません」


完全に手を離れた訳ではないけど任せる部分がだいぶ増えた、今や外へ出ること事態も控えて事務所に引きこもってる。


(最悪の場合、変装でもして誤魔化せば良いだろう)


口の中に綿を詰めて髪型変えて、そういうのは経験がある。堂々としてれば意外とバレない、だけどそれは追い詰められた時の選択だ。


「引き継ぎはそれなりに上手くいってる、か」


下手に居場所を知らせるリスクは増やしたくない、徹底的に他人と会う機会を減らして業務も移行......したいところ。


「人手が足りないな......」


妙な事態に陥ってるので、新人を雇うにも信頼出来るような人物でないと色々危うい。一先ひとまず傘下の方に人を出してもらって、応急的な対応。


なにぶん世論が変わった。ゆっくりと逃れられぬ滅びへ向けて怠惰で惰性で空元気、間近に迫れば絶望して今にも死にそうな重苦しい気配だった人々が。


(『助けてくれ』、『こっちも助けてくれ』と対抗手段の奪い合い)


地獄に垂らされた蜘蛛の糸かな?切れない様に誘導やら補強するのも大変だ。


「マニュアルは機能してる、今は気張って貰うしか......」


裏でこっそりと言って良いのか。事業ならぬ、もはや協力組合......自由に出入り出来ないから組合とは違うな、社団の類いか。


(なんか拡大し続けてる)


端的に言えば、ちょっとこの事務所だけでは処理能力が不足していく事が目に見えて分かる。他の街からも傘下へ入りに来る企業がね......


クラヤミに悩まされてた街から遥々やって来たり、メールが届くのは対抗ライブ後......件のアイドル達がなにかやってる気がしなくもない。


「私が離れても大丈夫だろう、たぶん」


「もう来なくなっちゃうんですか!?」


本当は専属の事務員を集めた部署も欲しかったけど、大きな動きがなければ任せて大丈夫だろう。と、考えたもののまだ見に来る必要はある。


「あー......いや、ちょくちょく確認には来るぞ?ポッシ ウソ ツケナイ」


「いま抜けられてしまうとリーダー格が蒸発したアイドルグループみたいに、自然解体されてしまいそうで......」


諸行無常や万物流転とかそう言うのとは違う感じ......?、よく分からないが、よく分からないなりにニュアンスから良くない事だと思わないでもない。


「無責任な事は出来ないからね、抜けるとすればそっちで上手く回るようになってからだよ」


「でも、いつかは居なくなってしまう様な事なんですか......?」


「そりゃ日々変わって行くものだからね。理想的なのは相談役みたいな形で席を置いて、実質ご隠居さんになる事だから」


美味しい汁を吸う形と言っても一人の人間が慎ましく生きれるくらい、が丁度いい。


(元々用意してた甲斐がある)


本当に滅多な事で無いと思うが、私が倒れても取り敢えずこっちはこっちで各々頑張れば何とかなる様にしてて良かったと言うかなんと言うか。


それにこちらばかり注力してられない、目的が果たされたか微妙な線ではあるものの今は別の事をしたい。


(ヒトが発する意識の熱量は、移ろいやすい物だな)


だり、え、にごり。熱狂し冷笑し侮蔑する、そうして溢れた無感動になった


「種はいつの間にか蒔けた」


件のアイドル達だけではない、クラヤミへの対抗ライブが各地で活発化してる。


「なら後はやる事やって待つだけだ」


情勢は人々に傾いてる、シーソーに乗ってた民衆は転がり落ちるように希望を夢見る......希望だ絶望だってなにを陳腐な、と思わないでもないが。


大抵シンプルなのが一番強い。


実際それっぽいのだから仕方あるまいて、それ以外にどうクラヤミを表現したものか......そもそもクラヤミは何処から来た?


今までの仮定を是とすれば、人の重い感情へ引き寄せられる同じ様な物......ならば[ヒトから生じたもの]なのでは?同類は同類を呼ぶ、だがそれでは。


「離れた理由も外から来た理由も分からん......ふくみさん?」


なにやらうつむいてブツブツつぶやいてる、よく聞き取れない。


「社長さん!社長さんのグッズ出しませんか!?」


「なに言ってんの!?」


急にガバリと顔を向けて来たと思ったら、両肩を掴んでそんな事をのたまい始めた。あのあの、ひっそりフェードアウト表からいつの間にか消えるやつする為に表出てないんですけど。


トコトンまで顔見せしてない理由分かってますか?そんな事したら逆に目立つ、って。


「ちょっと冷静になって考えてくれ。平時ならご当地的なお土産になるが、今そんなものを出したら極めて面倒な事になるぞ?」


「や、やっぱりダメですよね。個人的にお金出して作ってもらうのは......?」


「なんでそこまで固執するんだ......」


「それは一度でも舞台へ上がったアイドルが、なんの痕跡もなく消えてしまうなんて寂しいじゃないですか」


「アイドルじゃないんだけど......」


「違います!誰かのために!汗が吹き出しても!疲れても!頑張って!歌ったり踊ったり!魅せるのがアイドルでしょう!」


「アイドルじゃないんだけど??」


「認めます!私があなたをアイドルだって認めますから!」


「???」


・・・・・


ふくみ


趣味:アイドルのグッズ集め。

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