ゲロムスの遺児 〜魔術を継ぎし者達の、ありふれた日常〜

粟沿曼珠

第一話 そもそも魔術とは

 魔腑、魔粒、そして魔術。

 それらは本来、大昔に滅んだ『ゲロムスの魔術師』が持っていた。

 ペリーエングシャ地方に降臨した『始まりの者』が、奇跡を願っている人達にその奇跡を実現させる術——魔術を授けたと言われているけど、その真相は当時を生きていた人のみぞ知る。


 魔術師が滅び、魔術師の時代が終わってから千年以上の時が経った現在。

 今となっては、かつてゲロムスの魔術師の奴隷だった力無き人間、その全てが魔術を行使するようになった。

 勿論この私——フィナ・バラスも例外では無い。私にとっても魔術はごく当たり前のものである。


「ん〜ふふ〜野菜〜は〜美味くない〜でも健康的〜」


 などと即興で作った歌を歌いつつ、野菜を細かく切っていく。

 全て切り終え、まな板の端に寄せた野菜を鍋に流し込み——そして奇跡を、魔術を願う。


「炎〜薪を燃やせ〜」


 歌うように願った直後、鍋の下にある薪にぼわっと火が付いた。


 魔術とはこのようにして行使するのである。声——といっても歌う必要は無いが——に出す、心で念じる、現象を思い浮かべる——そういった方法で魔術を行使することができるのだ。


「水〜鍋と盃に満ちよ〜」


 そして今度は調理に用いている鍋と水を飲む用の盃に水が満ちた。


 魔術には種類がある。全ての魔腑が共通して行使できる基礎魔術、元の持ち主の職業に応じて設定された特化魔術、元の持ち主の強い願いと共に経った一つだけ発現する奇跡魔術の三つだ。

 多くの人は基礎魔術しか行使できないが、中には特化魔術や奇跡魔術を行使できる人もいる。それが『魔術師喰らい』と呼ばれる人々だ。

 魔術師喰らい——ゲロムスの魔術師が滅んだ今では、単に『魔術師』とも言う——は魔腑を丸々一つ喰らい、完全な魔腑を手に入れた存在だ。

 へローク教団ネドラ派の魔卿や高位の兵士、ファレオの団員や犯罪者が持つ傾向にあり、私達一般人では行使することのできない非常に強力な魔術を行使できる。


 ——では、魔術師喰らいでは無い一般人はどのようにして魔腑を獲得したのか?

 確かに私達は直接魔腑を喰らうことは無い。


 野菜と乳、調味料を続々と投入してかき混ぜ——


「ふふ〜ん〜料理完成〜と言ってもただのおやつ〜」


 小腹が空いた時に食べるフィナ特製野菜汁が完成した。それを椀に入れ、盃と共に運んで机の上に置く。


 ——である。

 私達は食べ物を食べるだけで魔腑を獲得することができるのである。


 ゲロムスの魔術師は終わりの者との戦い、そして魔術師同士の争いで滅びた。その際に死んだ魔術師の魔腑が大地に染み込んだのだ。

 その染み込んだ魔腑を植物が獲得し、その植物を動物が食べ、その動物を人間が食べ、そして魔腑を獲得するに至る。

 尤も、魔腑は大地に染み込んだ時点で原型を保っておらず、複数種類の魔腑が一つになることは無いらしいので、私達の殆どは基礎魔術しか行使することができないのだけれど。


 ただまあ、そんなことは私達の多くが気にしていないだろう。だって、基礎魔術が行使できるだけでも充分だから。

 基礎魔術は日常生活を豊かにする為の魔術——私のような一般人にはそれがあるだけでありがたい。


「——では、いただきます」


 そんな魔腑に——それを齎してくれた食材に感謝しつつ、今日も飯を食うのである。

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ゲロムスの遺児 〜魔術を継ぎし者達の、ありふれた日常〜 粟沿曼珠 @ManjuAwazoi

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