第3話 祭り当日
祭り当日、圭は不穏な夢を見て目が覚めた。目が覚めた瞬間、心臓が高鳴り、寝汗をかいていたが、動揺を鎮めている内に、どんな夢であったのか、忘れてしまった。
ただ、峨朗と満里恵が出ていたのは確かだ。
それは、勇気をふりしぼって満里恵の家に電話を掛けた日の翌朝であった。
出たのは、母親のようで、「マリエさんいますか?」と言うと、「どちらさま?」と明らかに険のある言いかたであった。
「沖とといいます。友人です」
「マリエはもう、いなくなったんだよ。もう、かけてこないで」
「えっ?どういうことですか?」
にべもなく電話は切られてしまった。圭は唖然として、しばらく動けなかった。
原因はわからないが、母親に避けられていると感じた。その時、満里恵が言っていたことをふと、思い出した。
「どこかに連れ出してほしい」
あの意味深な言葉がどういったことなのか、心へと重くのし掛かる。
もしかして、何かのSOSであったのかもしれない。もしそうなら、それに応えられなかったことを悔やまれる。
恋愛経験が少なく、こういう時にどういう行動をとっていいのか分からない圭であった。
* * *
祭りは、集落のはずれ、小高い山の麓にある神社で土日に行われる。
神社へと続く道に出店が立ち並び、周辺の集落からも人々が集まり、なかなかの賑わいがある。
驚かされたのは、この近辺にこれほど多くの子供がいるのかと思うほど、そこかしこで騒いでいたことだ。
土曜の行事は、夕方頃から、子供たちが中心になって、屋台の引廻しから始まる。
屋台は、屋根があり、子供が十人が乗れるくらいの広さがある舞台となっている。車輪が四つがついていて、屋台の前方に着けられた縄を子供に大人が交じり引く。
舞台上では、笛三、太鼓三に分かれた子供たちが祭りばやしを演奏しながら、神社の周りを一周する。
山師団はそれに追随して、交通誘導である。
暗闇の多い山間部に、煌々とした屋台と、それを引く子どもたち。取り巻くギャラリーがゆっくりと、屋台のあとをついてくる。
交通誘導は、ほとんど車は通らないので眠くなるような作業だが、子どもたちの真剣な様子に、あくびを誤魔化す圭であった。
屋台の引廻しが終わると、ビンゴ大会があり、家電や自転車、ゲーム機など豪華賞品を配って夜の九時に、祭り初日は終わる。
祭りは一応、終わるが、大人たちはテントで酒盛りを続ける。よく飲み、騒いでいたが、明日もあるという事で、午前三時にお開きとなった。
翌日の日曜日は、正午近くに二日酔いで目覚め、午後一時に、またしても山師団は、交通誘導でスタートである。
秋晴れの空の下、屋台を引いて、集落をゆっくりと三時間かけて一周する。
平野部とは違い、山間部なので、途中、坂があるのは当たり前で、その都度、大人がサポートする。
屋台引きが中盤にさしかかった時、圭の家の付近を通りかかった。
家の前の小川は、下に降りると狭いが河原があり、夏になると、水遊びをする近所の子どもたちもいる。
河原をふと見下ろした圭は、そこに若い女性の姿を見つけた。
一目で満里恵だと気づいた。
満里恵は山車から遠ざかるように歩いており、一瞬しか顔が見えなかったが、その表情を見た瞬間、圭は心臓を鷲掴みされたような衝撃を受けた。
焦点が定まらない目に、口元に笑みを浮かべていたからだ。
歩調は砂地を歩いているように定まらず、その格好も、晩秋というのに薄手のワンピースを着ており、スカートが風にたなびいていた。
圭は、交通整理から離れて、直ぐにでも満里恵に向かいたかったが、そんな時に限って、車が屋台を塞ぐようにして、クラクションを鳴らすのだった。
圭は交通誘導に専念して、再び河原を見た時には、マリエの姿はなかった。
その異様な姿が頭から離れず、空き地で休憩に入ったときに、思い切って、家に忘れ物をしたと断りを入れて、一団から離れて小川に戻ってみる。
しかし、どこにも満里恵の姿はなかった。
よっぽど、家を訪ねようかと思ったが、どうしても勇気がでなかった。訪ねていき、自分の無力さに気づかされるのが恐ろしかったからだ。
しかし、もし、この時に家を訪ねることができれば、後に起こる結果は変わっていたことだろう。
広場に戻った圭に、金井が話しかけてきた。
「お疲れ、君のところの大将が見当たらないけど、どこへいったか知っているか?」
確かに、この日はずっと、峨朗を見かけていない。
「さあ?見かけてません。今日は、来ているんですか?」
「そりゃあ、来ているだろう。子供たちがいるんだぞ」
確かに、引き廻しには、峨朗の子供たちも参加している。
「フッ、相変わらずだな」
金井は鼻で笑い、続ける。
「ここだけの話、アイツは師団長の器じゃないだろう?社長業だってまともにやってないと言うじゃないか、そうなんだろう?」
「……まあ」
「甘やかされて育ったからな、ASE材木店の跡取りとして」
それはあんたも同じだろう?と心の中で思っていた圭。すると、それを読み取ったのか、金井は語りはじめた。
「うちとアイツんとこでは、微妙に立場が違うんだ。……何しろ、アイツの家は山持ちだからな。君には分からないと思うが、この山田沢で、山持ちの家という意味を。今でこそ、そんな雰囲気は無いが、俺の親父の爺さんの代くらいまで、領主と村人くらいの差があったという話だ」
「そうなんですね、でも、財産区という集落の山もあるじゃないですか?」
「あんなもんは、戦後のドサクサで出来たもんさ。元々、この辺一帯は、馬酔木家ともう一つ
「へえ……でも、その苗字の家って、今もあるんですか」
「……いや」
「え?無いんですか?まさか、滅んだとか?」
圭は、いつも無遠慮な金井につられるように、配慮無しに尋ねた。
「まあ、よく知らんが、引っ越したようだ。都会にな。……今じゃみんな都会へ出たがる」
金井は急に口ごもり、その後、早口で取ってつけたような事を言った。
「そうですね」
金井の反応に、圭は、これ以上引き伸ばさないほうが良いなと思い、同調した。
屋台が神社へと帰ってくるころには、辺りはすっかり暗くなっていた。
振る舞い酒をテントの中で飲んでいる大人たちは、すっかり出来上がっており、子どもたちは出店に張り付いているか、さもなくば、何処かで屯して自分たちの世界に浸っている。
午後五時から、山師団は、操法訓練のデモンストレーションを行う。
その昔、操法訓練で全国大会に出たことがあるのいうのが、古い山師団のメンバーの語り草になっている。しかし、何時からか、そんな気概はなくなり、怠惰の雰囲気が師団内部に蔓延するようになったという。
デモンストレーションも現在の消防団を表したような、締まらないものであった。
操法訓練のデモンストレーションを終えたあとは、餅投げ、ゲーム大会やカラオケ大会などがあり、祭りの最後をシメるのは、花火である。
圭は、山間部に響き渡る花火の轟音を聞きながら、その迫力に圧倒された。
水面で打ち上げる花火は見に行った事はあったが、山間部で打ち上げる花火は初めてであった。何と言っても、山々に反響する音、また、山々に囲まれた暗闇の中で一際光る花火。
言葉を無くして見入っていると、いつしか、圭の頬に涙が流れていた。
「どうだ、田舎の祭りもなかなか面白いもんだろ?」
感傷を打ち破るように、峨朗が話しかけてきた。圭は慌てて涙をぬぐい、平静を装った。
「そうですね」
「このあと、朝まで酒盛りがある。明日は休んでいいから、今日は帰らせないぞ」
今までどこへ行っていたのか、まるで意に介さない峨朗に、圭は興ざめする思いがした。そして、返事をしようとした、その時である。
突然、鐘を叩く高い音が断続的に響いてきた。
「火事だ」
誰かが叫んだ。見ると神社の下の方から、夜空に上がっている長い煙が確認できた。
騒ぎ出す人々。
「どこの方だ?」
「いちご農園の方だ」
「行くぞ」
その声に、テントから一斉に走り出す男たち。周囲にいた女子供、老人は右往左往している。
「沖土、ついてこい」
峨朗が勇ましく言って、走り出した。圭は弾かれるように後を追う。
山々に、消防車の鐘の音が響き渡る。圭にとって、初めての実践であった。
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