第2話 初デート



 ある日の出来事。


「お前は誰に入れる気だ?」


 峨朗が後輩である山下徹やましたとおるに詰め寄っていた。

 山下は、山田沢の出で、小学校から高校まで峨朗の高校の野球部の後輩でもあり、また、岩本とも親交があった。

 家業が農業をしている関係で、岩本に協力して、新たに事業を広げる計画があると噂されていたのだ。

 そんな山下が、集会の飲みの席で峨朗と小声で話しているのを圭は目撃した。


「まだ決めてません」と山下はおどおどと答えた。


「決まってないわけがない。お前の心の中には何かあるだろう」


 峨朗が肩で、山下の肩を押す。


「お前が昔万引きしたとき、俺がかばってやったよな?他にも、いろいろと助けてやったことがあったろう?長い付き合いじゃないか、ええ?」


「……そうですね、長い付き合いです」


 山下は顔を引きつらせながら答えた。


「なら、わかってるよな?」


 その後、山下はしぶしぶ「わかりました」と消え入るような声で答えたが、どんな表情をしていたのか圭にはわからなかった。


 師団長の選挙の争いにより、集落全体がざわついていた。そんな殺伐とした空気が漂う中、圭は、師団長選や滝で亡くなった若者の話題を通じて、満里恵と親しくなっていった。

 そして、どんな話題からか、週末を利用して、満里恵が集落を案内してくれるという話になった。

 圭は、社用車の軽ワゴンの助手席に満里恵を乗せて、近くの高原へむかった。満里恵の指示で、細い山道を延々と登ると、小さな駐車場と、視界の開けた場所が現れる。その先には展望台があった。


「山の生活には慣れた?」


 車を降りて、展望台へと向かいながら、満里恵が大人びた口調で尋ねた。


「まあね。でも、まだ余所者感は消えないよ」


 圭が答えると、満里恵はクスクスと笑った。


「当たり前よ。私の父だって、ここに来て何十年も経つのに、未だに余所者扱いされるんだから。それだけ、山田沢には、一種の閉塞感があるの。父だけじゃない、岩本さんだって……苦労したって聞いたわ」


 満里恵の集落の閉鎖的な一面を聞きながら、二人は展望台の階段を上がっていく。木の板で作ってあるので、足を踏みしめるたびに軋む音がする。


「でもね、集落へ受け入れられることより、出る方が大変なの」

「えっ、そうなんだ?」


 頂上まで登った時、満里恵がぽつりとつぶやいた。横に立ち、満里恵の顔を覗き込むと、深刻そうなその表情に、圭は一瞬ひるんだ。


「見て。ここからだと、遠州灘まで見えるのよ」


 しかし、満里恵はすぐに笑顔になり、景色を見て声を張った。圭も景観の方に目を向ける。巨大な入道雲と青空が広がり、その下に、緑の山々が連なっている。

 山のほとんどに杉ヒノキが植えられており、見えているだけの山だけでも、一生かかっても搬出できないな、と考えがよぎった。


「この地域は昔、敵国の侵入を防ぐための砦としての役割があったみたい」

「へえ、そうなんだ」

「さらに遡ると、祖先は落ち武者だったって、おじいちゃんが言ってた」

「おじいちゃん?」


 圭はすぐに伊勢崎老人のとぼけたような顔を連想した。


「そういう歴史があるから、山田沢の人たちは、みんなどこか後ろめたさがあるんだと思うの。だから、よそ者を寄せ付けない空気になるんだわ」


 圭は、何と答えて良いか、言葉が出てこなかった。


「ねえ、私をこの村から連れ出してくれない?」


「えっ?」


 ふいに出た言葉に圭は驚く。


「この村にいたら、私……」


 と満里恵が言いかけた瞬間、スマホが鳴った。沈黙の中、風の音と、着信音が鳴り響く。

 仕方なしに電話に出る、満里恵。


「はい……今?展望台にいるよ、友達と……わかった、すぐ帰るから」


 電話を終えた満里恵は、真顔で言った。


「お母さんからの電話だから、帰らなきゃ……ほんと、心配性で嫌になる」

「そう……さっきの話、ほんとなの?」

「具体的なことは後で話すわ。行こっ」


 圭は冗談だと思いたかったが、満里恵の真剣な表情に何も言えなかった。



  *     *     *



 圭の送ったLINEは展望台へ訪れた日で止まっており、仕事の合間にも満里恵からの連絡を確認していたが、何の音沙汰もない日々が続いた。


 昼の休憩中、スマホを開いている圭にむかって、根本が聞いた。


「お前、いつもそれ見ているが、何かいいもんが見れるのか?」

「いえ、別に……」


 圭は、根本の視線を逃れるように、スマホをブルーシートの上に置いた。

 夏の間は、圭はブルーシートを地面に引いて、外で休憩している。


「社長のヤツ、最近、街で遊んでるらしいぞ」


 弁当箱を閉じて、根本が言った。


「えっ、遊んでるって?」

「女だよ。ホステスでも囲ってるんだろう」


 圭は驚いた。峨朗の奥さんの顔が頭をよぎる。根本はさらに話を続けて、峨朗が持つ資産が話題になった。


「代々、山もちだったが、少し前に道路や鉄塔で山を売ったから、かなり金が手に入ったって話だ」

「山を持っているだけで、お金になるんですね」


 圭が何気にいった。


「そりゃあ山を持ってりゃ金になるが、その分、取られる税金モノも多い。それにあいつの場合、使い方が……」


 圭は、根本から峨朗の話を聞きながら、社長の真意が見えないことに不安を感じていた。山師団選といい、峨朗が何をしたいのか分からなかった。



  *     *     *



 八月も終わりに近づくと、九月の祭りにむかって、集落全体がその準備に取り掛かり始めていた。

 毎年、九月の第四の週末は山田沢の祭りであり、出し物として、子供たちは山車の上で、笛と太鼓を演奏しながら山田沢を練り歩き、山師団は、消防団の操法訓練をデモンストレーションでやる。

 祭りまで一ヶ月の間、毎夜、消防団小屋に集まり、合同で訓練をしていた。

 圭も消防団の訓練に参加したが、満里恵との連絡が途絶えたままで集中できなかった。

 おかしいと思い、スーパーを訪ねてみるが休んでいるという。思いきって家を訪ねようと思ったが、なかなかその勇気が出ない。


「おい、気合いが足りないぞ」


 足並みが揃わないメンバーに対して、大鳥居が喝を入れた。


「差し入れだ、少しやすもう」


 遅れてやってきた峨朗がビールを持って現れた。


「おい、アルコールなんて持ってきたら、練習にならないだろう」


 大鳥居が言うと、峨朗はニコニコして「まあ、いいでしょ。週末だし」と押し切った。

 たちまち、弛緩した空気が漂い、休憩となった。隣にきた男が「よくやった」と峨朗を誉める。

 圭は点数稼ぎだと思いながらも、笑顔で社長の手からビールを受け取った。

 近頃、圭は社長への評価が下がり始めていた。というのも、事あるごとに、社長がもらす不満を聞いていたからだ。

 特に現師団長の大鳥居と候補者である金井と岩本に対する陰口がひどい。

 あいつらは頭が悪いとか無能だとか、他にも家柄が悪いとも言っていた。

 仕事をしない自分のことを棚に上げて、人のことを批判する態度が圭には気に入らなかったのだ。

 峨朗は、自分に利益になる者に対してはおもね、不利益になる者に対しては冷淡に対応するようだ。

 立候補者の二人に対しては露骨だが、もう一人、父親である会長にも同様の態度をとっているのを見たことがある。

 ある日、会社に行くと、社長と会長が言い争っていた。


「あの山はダメだと言っているだろう、木がまだ成長しておらん」

「そんなはずはない、ちゃんと見てきた。木は成長している。問題なく取引ができる、任せておけ」

「時代は変わった。もう、そんな取引をする時代じゃない」

「需要があるうちはやるべきだ。ずっとそうしてきた。親父は引退したんだ、俺荷台を譲ったんだ。それをふまえろ」


 峨朗が叫んだので、聞き耳を立てていた圭はビクリと肩を震わせた。


「ったく、お前に代を譲ったのは、間違いだったかもしれないな」

「フン、安心しろ。俺の代で、馬酔木家はもっと飛躍する」


 何の話をしているのかは分からなかったが、峨朗の傲慢で、威圧的な態度は伝わってきた。

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