第23話 想いと結果 その5

 みなさま方の助力の甲斐あって、まだアオイ達が北海道内にいる間に青森県の調査は無事済んだのだったが、結局それらしき物は見つからなかったし何も感じなかった。だがそれで良い。そこへ行った目的は、新しくなった車に慣れる為と実際に現地へ行ってみる事で今後のアオイ達の道程を予想しやすくする為だからだ。


 ……しかし大変でした……。


 帰りの渋滞問題については、到着した土曜日に一泊する事なく一日中運転して暗くなれば帰る。その途中で眠くなったらサービスエリアで車の中で仮眠を取って日曜日の早朝に家へ戻る事で解決したのだったが、青森の山の中は湧水か雨の影響なのか道が川になっていた場所もあったし、草だけではなく枝で道が塞がれている所もあってかなりハードだった。


 ……ナタなんて初めて使いましたよ……。


 それに支線が多くて行き止まりに迷い込み、藪に突っ込んだりして動けなくなってしまったのは何度あっただろうか。その都度ロープやウインチ、雪でもないのにチェーンなどのレスキュー道具をフルに使ってなんとか乗り換えた。お陰でわたしのスキルもだいぶ上がったと思う。それはそれで良かったのだが、そのせいなのか予定が少し狂ってしまった。


 ……アオイ達、思ったよりも早く岩手県入りしちゃったのよね……。

 

 わたしが道を切り開いたお陰でスムーズに進めたのだろうか。それと忙しい合間を縫ってネット上からアオイ達の動向をつぶさに確認していたのだったが、結局フェリー港での待ち伏せは出来なかった。


 ……大間でなく、青森港に来るとは思わなかった……。


 予想が外れたのには困ったが、待ちぼうけを喰らって無駄に時間を浪費せずに済んだのだから幸いだったと思う事にして、本命である岩手県内で捕まえる事に集中する。


 ───これがラストチャンス!


 残る調査対象地点もだいぶ減って来た。上手くすればニ、三日以内で捕まえる事が可能かも知れないが、今回はなけなしの有給を全て使い切る覚悟で挑む。後の事は考えない。体調さえ崩さなければ大丈夫。気合だ。


「気を付けてね〜」

「お土産期待してるから!」


 お姉さま方に見送られて最後の地へと出発した。

 




 岩手県といっても向かう先は盛岡などの中心部ではなく南側。宮城県に近い元伊達藩の範囲。アオイ達は北側から入って既に盛岡を通過した後になる。


 ……じゃじゃ麺、冷麺、わんこそば……。


 残念だが仕方がない。名物巡りが目的ではないのだからキッパリと諦める。


 ……それに、南部にも美味しいものや美味しいお酒が色々とあるし……。


 期待に胸を膨らませながら日の出を浴びて岩手県の端っこ一関インターを降りた。ここから下道を北上して南下して来るアオイを捕まえる。


 ……その前に……。


 ガソリンを入れて早朝からやっているラーメン屋に入って朝ご飯。この辺りはたまご麺なども有名だ。麺好きな人が多いのだろう。後でお土産に買って帰ろうなどと考えながら、車と共にお腹を満たして行動開始。予想では今日辺りにでもこの付近にアオイ達が来ている筈だ。目指す場所は花巻方面。宮沢賢治の地。逸話が多く残る土地なだけに調査対象地も多かった。


 この辺りは少し住宅街を離れると山ばかり。そうなると旅行者が途中で立ち寄る場所も限られてくる。休憩がてら聞き込みをしながら進んだ。


「え!? 本当ですか?」

「あ〜おぼええとるおぼえとる。おっきなバイクにのっとった、えれぇきれぇな子たちだべ?」


 道の駅で野菜を売っているお婆さんから有力情報を得る事が出来た。スマホの写真を見せた所、間違いない様だ。お似合いの美女美男だったとの言葉は聞かなかった事にして、弾む心を抑えながら急ぎ教えてもらった遠野方面に向かう。


 遠野は山ばかり。それこそ説話の宝庫。資料によれば調査対象地点は花巻に負けていない。山間部を抜けながら聞き込みをして足取りを追っていく。「おーみちょる。ちょいと前だな。こっから山ん中に入っとったぞ」農作業中のお爺さんにお礼を言うと早速山の中へ入った。


 ……いよいよね……。


 アオイを追いかけ始めてからここまで近付けたは初めてだ。とうにお昼も過ぎているが空腹が気にならない程に興奮して気持ちが昂っている。


 ……眩しい……。


 山の中へ入ったのに視界が開けて明るくなった。これは今の心の内の深層表現がそう見せているのかと一瞬思ったが違った。


 ……あちゃー……。


 山の中に入るまではわからなかったが、山の斜面を切り開き側面が太陽光パネルで埋め尽くされている。自然の中に突如現れた人工物の違和感に驚かされて、車から降りて暫し見入ってしまった。


 ……これって、大丈夫なのかしら……。


 地滑りが起きないものかと不安になったが今はそれを気にしている場合ではない。下に視線を移して道を凝視する。


 ……けっこうあるわね……。


 同じ東北地方の青森の山の中と違って残っている轍が多い。普段から人が入っている様子が伺える。その中から新しそうなオートバイの轍を見つけるとその後を追って進んだ。







 山の中の道は荒れていたが青森とはまた違っていた。普段から人が入っているせいなのか地質の問題なのか、抉れていて凸凹が多い。時折路傍から水が滲み出ているからそのせいでもあるのだろう。極めて走り辛い。しかしそのお陰で轍が残っていた。それたけなら良かったのだが、地図にない支線が多くて混乱してしまう。


 ……ホントにコッチなのかしら……?


 新し目のアオイのモノらしきオートバイの轍がある先は、道がかなり崩壊していたり急な下り坂になっている所が多くあった。果たしてこの先は通り抜けられるのだろうかと不安になる道が多い。そうでなくても路面は濡れていて落ち葉も多く、ハマってしまうと抜け出すのに難儀した。その都度車から降り歩いて、実際に歩いてみて確認をする必要があった。そうやって悩ませられていたものだから時間が掛る。何より困ったのは現在地を見失ってしまった事だ。


 ……完全に迷った……。


 資料からすると調査対象地点が近くにあるのは間違いない。既にいくつか通過している可能性もあった。しかし自分のいる場所の把握が出来ていなでいる。

 

 アオイが近くにいるのは間違いないだろうから、オートバイのエンジン音が聞こえてこないものかとエンジンを止めて車を降り耳を澄ましてみたが、聞こえて来るのは鳥の囀りくらいなもの。


 ……困った……。


 いっそ元来た道を戻り一度山を降りて、次にアオイ達が行きそうな場所へ先回りしてみようかとも考えてたが、それさえも怪しい。完全に詰んでしまって呆然としていると、そこに「ブロロロ……」とエンジン音が聞こえて来たので緊張しながら耳を傾ける。


 座年ながら聞き覚えのあるアオイのオートバイのものではなかったが、大人しくそのまま様子を伺っていると、下から一台の車が上がって来るのが見えた。


 ……え……?


 近づいて来た車は、わたしの様なジムニーでもなければ軽トラでもなかった。いたって普通のハッチバックの乗用車。そんな車が林道を上がって来るものだからちょっと驚いた。そして乗っているのは林業や農作業中には見えない二人組の普通のお爺さん。ちょっとそこまで買い物に行くかの様だ。こんな山の中において場違い感が凄い。


 呆気に取られて立ちすくんでいると、すれ違いざまに二人と目が合い助手席にいる者から声を掛けられた。


「おじょうちゃん、こんなトコでどうしたね?」

「ど、どうも! こんにちは! 実は……」


 人を探している最中で、後を追ってこの山の中に入ったはいいが、道に迷ってどっちに行けばいいのかわからなくて困っているのだと正直に言うと、「なら、上じゃないかい?」丁度そっちの方へ行くから着いてきな、その車なら大丈夫だろうと案内してくれる事になった。


 ……この車なら……?


 その物言いに引っ掛かったが素直に着いていくと、わたしが行くのを躊躇していた、道が完全に抉れていて片側が崖になっている道をなんの躊躇もなく車を跳ねさせながら駆け上がり始める。


 ───えーっ!


 彼らが乗る車は地域的に4WDなのだろうが普通の乗用車。それだから普通のタイヤで車高も低い。だから当然車の底を地面に打つが、そんな事はお構いなしで勢いで乗り換えて行く。


 ……す、すごい……。


 さすが地元民なのだなと感心しながら必死に着いて行くと、山頂なのに周囲が広がって牧草地帯になった。地図によると牧場があるとの事なのでこれがそうなのだろう。


「ここまで来れば大丈夫じゃろ?」

「まっつぐ行くと、右に受付があっから」

「ありがとうございました!」


 こんな所へ来る目的は、キャンプ場があるこの牧場だろうとの事だった。好意は無下に出来ない。素直にお礼を言って別れるしかなかった。


 ……さて、どうしましょう……。


 取り敢えず望みは薄いがアオイ達が来ていないか聞き込みをする事にして管理棟へと向かう。そこは山の上にあるとは思えない大きい建物で駐車場も広い。中に入って受付の人に話しを聞いてみたところ、やはりそれらしき者は来ていないし見ていないと言われた。予想はしていたがこれで振り出しに戻ってしまった事で張り詰めていた気持ちが緩んでどっと疲れを感じてしまう。それだからなのだろうか、お礼を言って外に出ようとした所で、受け付けに貼ってあった料金案内が目に入り足が止まった。


 ……ここ、お風呂があるんだ……、


 気が付けばもう陽もだいぶ傾いている。追い掛けるのに夢中でお昼を食べ損なっていたからお腹も空いていた。これから一度山を降りてまた聞き込みをしながら探す気力も体力もない。


 ……それに、今会えたとしても……。


 山の中を駆けずり回ったものだから汗臭いし泥だらけ。こんな格好でアオイに会うのは乙女として恥ずかしい。


 ……泊まろう……。


「あ、すいません。テント一張り空いていますか?」

 

 山を降りるのはやめにした。



 



 ……ふぅ……いいお湯でした……。


 ここはグランピングの施設もあったからなのだろう。キャンプ場の併設きにしては珍しく立派なお風呂でしかも温泉だった。お陰で標高が高い場所だから結構寒いが身体はポッカポカ。疲れもだいぶ取れた。そうなると余計にお腹が空いてきたので急いでテントへと戻る。


 今回は青森での失敗を活かして、突発的にキャンプをしても良い様に非常食以外の食料も積んでいた。もちろんお酒もだ。


 ……ふぅ……。


 食事が済んで晩酌を始めた頃には陽も完全に落ちた。


 ……うわぁ……キレイ……。


 見上げれば満天の星空。受け付けで貰ったパンフレットによるとコレが売りの場所らしい。見事なものだと感心しながら星空をツマミに杯を重ねていたのだったが、段々と気分が重くなる。


 ……これがアオイと一緒だったなら……。


 どれだけ良かった事か。


 近くにいる筈なのだから、同じ星空を眺めているかもしれないが隣にいなければ意味がない。


 ……でも、キャンプはしてないと思うから、見てはないか……。


 アオイはわたしと違って車ではなくオートバイで二人乗り。それも長期にわたって出掛けているのだからキャンプ道具を持ち歩く余裕はないだろう。恐らく寝泊まりは屋根のある場所の筈。しかし普通の人と会うのに問題があるヒカルが一緒なのだから、フロントを通らなければいけなかったり人が多い普通のホテルや民宿などは避けるに違いない。


 ……なら、人に会わずに寝泊まり出来るトコなんて……。


 そんな場所は限られてしまう。


 思わずオートバイに乗る二人が、無駄に明るくてケバケバしい建物に入って行く姿を想像してしまい、ほろ酔い気分も冷めてきた。


 ……考えない様にしてたのに……。


 やっとアオイのすぐ近くまで来れた事に浮かれていたのと、降り注がんばかりの星空にあてられて心のガードが緩んでいる。


 ……蓋が動きそう……。


 怖くなりそれ以上の事を考えるのはやめてお酒を飲む事に集中し、眠くなるまで立て続けに杯を重ねた。





 もう出掛けた時の癖になっている。翌朝は日の出と共に起きて早々に撤収した。


 周りのテントにはまだ寝ている人が多くいるので、なるべく静かにしながら来た時とは逆の一般道路を使って山を降り国道まで出る。降りるとすぐに道の駅があったので誘われる様に入った。


 当然お店などは営業している時間ではない。駐車場も車中泊だろうキャンピングカーやトラックがわずかに停まっているだけだ。お手洗いを済まして自動販売機で暖かいお茶購入し、飲みながらどこへ行こうか考える。


 ……右と左、どっちに行こうかな……。


 目の前の国道を右に行けば太平洋の海側方面。左は市街地。


 昨晩アオイ達がどこに泊まっていたのかはわからなかった。キャンプ場はスマホの電波が入る所だったのでヒカルの書き込みを確認しようとしたのだったが、残念ながら更新は無かった。ならば再度聞き込みをする為に人が多い水沢の方へ行こうかとも考えたが、こんな朝早い時間では出歩いている人もいないだろう。


 ……どこかで時間を潰すしかないか……。


 地図を見るとすぐ近くに宮沢賢治の石碑があった。近くには調査対象地点もある。せっかくだから文学部の出らしく見に行ってみるのも良いかと考えていたのだったが、そこへ早朝の静かな山間部に軽快なオートバイの音が聞こえてきて、思わず身体が強張った。


 アオイの乗るオートバイはそのメーカー特有らしく普通の物と違って左右にエンジンが張り出している。普段街中ではあまり見掛けないタイプだったが、いざ出掛けてみると同じメーカーの車両をよく見掛けた。大きいからツーリングに好まれるのだろうか。それでエンジンの音が少し独特で特徴的なものだから、その音を聞く度にアオイかと思ってぬか喜びをさせられていたものだった。


 ……どうせまた違うわよね……。


 人の事は言えないが朝早くから元気なことだ。紛らわしい。今回もまた同じ思いをさせられるのだろうと思ったが、視線は自然と地図から音の方へと向かう。


 ───ッ!


 すると驚きのあまり地図とお茶を落としそうになった。


 わが目を疑った。


 ───あのヘルメット!

 

 白くて小ぶりなそれはよく知っている物だった。ジャケットにパンツは知らない物だったが、隠しきれない身体のラインは見間違える筈がない。それに後ろに余計な荷物を積んでいることからも間違いなかた。


「アオイ───ッ!」


 思わず山の中にこだまする程に叫んだのだったが、オートバイは止まる事なく目の前を走り去ってしまう。こちらを見た様子はなかった。


 ……ちゃんといた……。


 声が届かなかった事にショックを受けている場合でも感動している場合でもない。急いで車に戻ると後を追い掛けた。

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