第22話 想いと結果 その4

 恐怖のあまり夢中になって車を走らせた結果、大間の岬へは寄らずに気が付けば下北半島の西側の山中にまで来いた。


 予定では一度山を抜けてアオイ達が来る筈のフェリー港へ向かう予定だった。そこへ行く目的は、アオイを捕まえるのは何も山の中などではなくて、本州に上陸した所で捕獲出来るのであればそれに越したことがないと考えていたからだ。タイミングさえ合えばそこで待ち続ける事を考えていたので、車を停めていられる場所があるのか、その場で連泊が出来るかなどを調べておきたかった。


 ……それとマグロ……。


 しかしここまで来てしまったのなら仕方がない。この先にも調査対象地点がある。切り替えていこう。


 いつの間にかここはさっきまでいた山の中とは植生が変わっていた。周りに多く見られる草はクマザサからシダ植物へと変わり、木々は広葉樹から杉の木が多く見られる様になっている。そして道端には伐採された木が転がっていた。それを見て、相変わらず人気は無いが人の気配を感じる事が出来て少しホッとする。


 停車して一息付くと地図と資料を確認し、車のナビ通りに枝道を進むのだったが、行くにつれて道脇の草の背は高くなり脇の地面には苔が目立つ様になってきた。


 ……こっちで、いいのよね……?


 明らかに車通りが少ない道に不安を感じる。この辺りは支線が多くて迷いそうだが、一応ちゃんとナビが道を指し示している通りに走っていた。だから間違いはない筈なのだが……。


 暫く進むと車を止めざるを得ない場面に遭遇して考え込んでしまう。


 ……これ、行けるの……?


 ナビはこの先を示している。ここは相変わらず軽自動車が一台だけ倒れる狭い道だ。それは林道なのだから当たり前なのだが、その先は完全に草で覆われてもはや道が見えない。


 車から降りてよく見てみると、草に覆われている下には獣道の様になって車の轍が微かに見えた。


 ……一応、道はあるんだ……。


 道があるのを見てしまったからには進むしかない。目指す次のポイントはこの先になる。望む所だ。その為のこの車なのだから。


 ───よし!


 決心すると進む為の準備を始めた。先ずは背後にウインチを装着。前後ともロックを解除してすぐに使える様にする。革手袋も取り出してすぐ手の届く所に置いた。他にも諸々の準備を終えて、準備万端な事を確認してからゆっくりと進み始める。


 ───微速前進! ヨーソロー!


 かつてない廃道を前にテンションが上がった。


 この車には古い車の特権で、前後には全長長が変わる程の頑丈な鉄バンパーを装備している。年式の新しい車では車検的に駄目らしい。そのお陰で道を塞いでいる草や枝も難なく掻き分けながら進めた。


 ───ハーッ、ハッハー! ジャマなものは全て全て踏み潰してくれるわ! ワレの進む後に道が出来るのだーッ!


 ……おっと。うっかりカオリから受けた教育が漏れ出てしまった。危ない危ない……。


 落ち着こう。慎重に。


 いくら前に進む事が出来てはいても全く道が見えない。曲がる箇所はナビ頼り。ナビの地図に合わせてゆっくりとハンドルを切って進むしかなかった。それと基本的に木々の間を行く道なのだが、時折右側が崖になっており、その都度窓から身を乗り出して落ちない様慎重にハンドルを操作しなければならなかった。そして何があるかわからないので、左タイヤ付近に設置してあるカメラが死角を映し出すモニターからは目が離せない。


 ……ふぅ……忙しい……。


 この車は本来ハイギアードでゆっくり走るのは苦手なのだがスーパーローギアを入れてあり、今は四駆のローギアにしてあるから歩くよりも遅く走れているのだったが、息つく暇が無い。


 ……これって、今までで一番大変な所かも……。


 厳しい道だが、それでもゆっくりと着実に道なき道を自分の力で進む事が出来ている。興奮して動悸が止まらない。静まり返っている山の中、自分の運転する車の音しか聞こえて来なかった。少しでもミスをすれば動けなくなってしまう恐怖があり緊張もしていたが、その事が冒険をしているのだと実感出来ていた。


 ……楽しい……。


 少しワクワクもしている。幸いスマホの電波が入る様なので最悪な事にはならないから大丈夫だと自分に言い聞かせてながら、興奮しながらも慎重に進んでいたつもりだったが、興奮し過ぎたせいか車を過信していたのか、狭い木々の間を通り抜ける時に畳んでいたミラーが木に引っ掛かって落ちてしまった。


 ……ふぅ……。


 途端に緊張の糸が切れて、車を停めるとハンドルにもたれ掛かる。


 ……これ以上は、もうムリ……。


 ミラーを草の中から拾い上げる為に車から降りると、肉体的にも精神的にもかなり疲弊している事がわかって戻る事を決意する。そして後ろを振り向いて今来た道を見るのだったが、思ったよりも進んでいた事を知って絶望した。


 ……これをバックで戻るの……?


 来た道を戻る事は進むよりも大変だった。


 車内にあるモニターは左前にあるカメラの専用ではない。ギアをバックに入れると切り替わって後も映る様にしてあった。更にはルームミラーも、車内に荷物を積んでいては見えなくなる事を想定して光学式に変えてある。背後に二つもカメラがあるのでバックをする事に苦手意識はなかったのだったが、それは普段ならばの話し。いざ戻ろうとしたら草が邪魔をして大変な事に。踏み付けて多少道が出来てはいても、左右から生い茂る草がカメラを邪魔して後の様子がよく見えない。仕方がないので、窓から身体を乗り出して少しつづ下がるしかないのだったが、そうすると草が顔に当たるし車内に入って来るしで散々な目に。


 それでもなんとか頑張って下り旋回出来そうな場所まで辿り着いたのだったが、そこへ来るまでにどれ程の時間が掛かったろうか。泣きたくなった。


 ……疲れた……。


 無事Uターンをした頃には完全に心が折れた。


 ……もうダメ……。


 今日の捜索はここまでとする。身体もそうだが何より精神的疲労が酷い。いっそこの場で寝てしまいたくも思ったが流石にそれは避けたかった。その為に車内も改造してあったが、先程の事を考えると怖くい。気力を振り絞り寝る場所を探し始めた。


 ……ミラーも直さないとね……。






 週末な事もあって近場の安い宿泊施設は全滅。疲労が酷いのでちゃんとした寝床で身体をゆっくりと休めたい所だったが費用も抑えたい。その為、街中まで戻らずに近場にあるキャンプ場へと向かう。


「空いてますよ〜。芝の所がテントサイトになりますからお好きな所にどうぞ。車は乗り入れないでね」


 職場の藤掛さんから安く譲ってもらったキャンプ道具達の出番。簡単に設営出来るテントで助かった。寝床の準備が完了したら今度はミラーの修理に取り掛かる。さすがにこのままでは帰れない。途中で警察に整備不良で捕まってしまう。しかし修理といっても簡単だった。工具箱からインパクトドライバーを取り出すと、元々付いていた場所の近くに無理やりネジで打ち付けるだけ。元々ボロ車だから下手くそな工作でも違和感が無い。これでいいだろう。


 ……よし! 次はゴハン、ゴハン……♪


 こっちの方が今のわたしにとっては重要だ。


「この近くで、食事が出来たり食料品を売っているお店ってありますか?」


 キャンプ場の主人に場所を聞くと、直したばかりの車に乗って港に向かう。行ってみると小さな港だったが一応観光客向けの食事処やお土産屋さんがあった。しかし時間的な問題なのかいずれも閉まっている。唯一空いていたのは地元の人向けの小さな商店だけ。仕方なくそこに入ってみたのだったが、中を見て愕然とした。


 ……マグロは? お魚は……?


 お店の半分以上を占めていたのは日用雑貨。食料品はお菓子や缶詰、レトルト等の日持ちのする物ばかり。考えてみればこの辺りは漁業や農業に従事している人達ばかりなのだ。わざわざお店で買う必要なんて無いだろう。それにこの手の地域に住む者は家に大きな冷凍庫を持っていて、こまめに買い物なんてしない。


 ……田舎をなめてました……。


 しかし無いものは仕方がないので、レトルトのハンバーグに缶詰と少しばかり乾き物を購入してからキャンプ場に戻ったのだが、来た時に先客はほとんどいなかったがテントが増えている。さすが週末なのだと感心しながらテントに戻ると、普段ならまだ時間が早いがすぐに夕食の準備に取り掛かった。お昼を食べ損ったのでお腹がとても空いている。


 車の制作中に「念の為にこれも持って行きな」と、仲の良いジムニー乗りのおじさんから貰った非常食の中からカレーのアルファ米を取り出すと、買って来た物と一緒に手早く夕飯を済まし、片付けも終わった頃には日も暮れて始めた。


 ……ふぅ……人心地つきました……。

 

 完全に陽が落ちると、周りでは焚き火をしながら一人悦に入っているソロキャンプのおじさんや、楽しそうに料理をしているカップルや家族の姿が見え始める。


 ……楽しそうでいいですね……。


 わたしは遊びでここに来ている訳ではなのだが、周りの雰囲気に居た堪れなくなり、テントに篭るとLEDのランプを灯して地図を広げて、昼間に買ったお酒を呑みながら一人反省会を始めた。


 ……甘く見過ぎていましたね……。


 色々と反省すべき点が多い。


 まず最初の地点。


 ……でも、あんな大きくて大量のアブなんて反則よね……。


 今見返してみても、あの場所が調査対象地点なのは間違いなさそうだ。幸いアクセスがし易い場所だから、強力な虫除けスプレーを持参して再度挑もうと思う。わたしは車だったから大丈夫だったが、オートバイのアオイがあの場所に行ったら大変な事になる。今の内に駆逐しておこう。


 ……蜂よけの防虫ネットも必要かしら……?


 二番目の地点はもう二度と行かない。一応確認作業はした。しかし何も無かったし感じなかった。だからもういい。アソコには何も無かった。そう決めた。これは決定!


 ……クマはいや……。


 呑み過ぎて冷えたのか身体に震えが来た。


 問題は最後の地点。


 ……アレは準備不足というよりも、技量不足よね……。


 ミラーが取れたくらいで戦意喪失するとは情け無い。まだ行けたはず。あなのはトラブルの内に入らない。それ以上の事があったらどうするのだ。これはトラブル回避能力を上げる為に、戻ったら車屋で整備について一から教えをこう必要があるだろう。


 ……また勉強か……。


 それにしても、せっかくこんな所まで来たのに満足に調査が出来ていない。こんな事では駄目だ。せめて最後の箇所位は帰る前に確認しておく必要がある。


 翌日は朝一で反対側から攻めてみる事に決めると反省会を終えた。すると酔いも手伝い眠くなって来たので寝袋に入ると周りの騒がしいのも気にならずにすぐ眠りについた。







 翌日は日の出と共に起きてすぐに撤収作業。朝食は行動食で軽く済ませて移動開始。前日断念した林道の反対側へと向かう。その途中で地元の公衆浴場に入り旅の垢を落とした。この手の施設は朝早くからやっていて助かる。


 お風呂上がりに早速林道に向かう。


 ……あら?


 しかしその林道に辿り着くも、入り口紐で塞がれており『この先崖崩れにより通行止め』との看板が。


 ───ッ!


 ……昨日、あのまま進んでいたら……。


 それに気が付きゾッとして震えが来る。それと同時に、あの道が草が生え放題で荒れていた理由もわかったのだったが、思い返してみてもここの様に規制もなければ看板もなかった筈だと気付き、途端に不安になった。


 ……草があんなになっちゃってるから、普通なら行こうとすら考えないとは思うけど……。


 オートバイではあの生い茂った草を進むのは無理だと思う。しかしわたしが途中まで進んで道を作ってしまっている。行けると思って入り込んでしまうかも知れない。


 ……知らせないと……。


 しかし林道と言えども公道だ。勝手に紐を張ったり看板を置く訳にはいかない。


 ……町役場? 道路公団かしら……?


 何れにしても通報は戻ってからでいいだろう。まだアオイが来るまでには時間があるし、祝日に役場はやっていない。


 ……帰ってから、やらなきゃいけない事が増えたわね……。


 勢い挑んだ初の東北遠征は散々な結果に終わり、色々と課題を残してしまった。








 その帰りも大変だった。


 行きは夜中に出発したので高速道路は空いていて快適で早く着いたのだったが、帰りは余裕を持って早めに青森を出発してもやはり渋滞に捕まってしまい、かなりの時間が掛かって疲弊した。休日の高速道路下りなのだから仕方がないのだが、今後も同じ条件でしか動けないのだ。これは時間帯をずらすなりする必要があるだろう。どうするか……。


 その他にも色々と課題を持ち帰って来ている。平日の仕事から帰った後はそれらを消化する為に使われた。


「そういう訳でして、出先でトラブルにあった時の対処法を色々と教えて欲しいのです!」

「……それはまた大変でしたね……よくご無事で……」


 帰宅後すぐに車屋のフォレスト・ガレージに行き、お土産を渡して今回の話しをした所、快く整備を教えてくれる事になった。むしろ教えさせてくれと懇願される。


 ……ありがたいけど、覚えるだけではダメなのよね……。


 それに伴い車に積んでおく工具が増えた。


 ……ただでさえ旅費が掛かるのに……。


 この出費は想定外。更にはビアコンディションだからとオイルの交換などのメンテナンス費用も以前より掛かる事になり出費が嵩む羽目に。


 ……だから、これは仕方がないわよね……。


 家に戻るのが憂鬱だ。しかし背に腹はかえられない。甘んじて受け入れるしかなかった。


「今晩は〜お邪魔しま〜す」

「……いらっしゃいませ……」


 気が付けばカオリだけでなくその仲間達も家へ頻繁に顔を出す様になり、もはや彼女達の溜まり場と化していた。そうなると当然わたしも巻き込まれる事に。


「今日はこれ持って来たの。早速着てみて!」

「わぁー! 似合う! カワイイ〜!」

「……ありがとうございます……」

「そうそう、コレも持って来たのよ。まだ観てないんでしょう? これは基本だから観ておかないと」

「……はい……」


 カオリの案件は年末までわたしの出番はないとの話しだったが、今や家に帰ると着せ替え人形にさせられてオモチャにされて色々と見せられて読まされていた。


 ……頭が追いつきません……。


 今後の行く場所の確認、アオイの動向、車の整備などといった覚える事や調べる事が沢山あって忙しいのだが、それに合わせて余計な事が押し寄せる。


 ……勘弁して下さい……。


 服を着るだけならまだマシだが、中には絶対外では着られない様な際どい服もあった。そして恥ずかしい格好もさせられる。


 ……わたし、何やってんだろ……。


 いくら女同士と言えども恥ずかしいものは恥ずかしい。泣きたくなった。しかし大人しく従うしかない。


「あ、買って来た食材、冷蔵庫に入れといたから。後で食べてねー」

「オヤツにお酒におつまみ、持って来たよ〜!」


 みなわたしの金銭事情を心配してくれて何かと食糧支援をしてくれていた。正直これにはかなり助かっている。


「お姉さま方、ありがとうございます!」


 プライドはもう捨てた。目的を果たす為なら施しを受けたり辱めを受ける事なぞ些細な事だと割り切って、週末は東北へ足繁く通い続けていた。

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