第19話 想いと結果 その1
……もう二度と会いたくない……。
あの時の事は未だに思い出すだけでもぞっとする。
柳教授の話しを聞いていて足がすくんだ。だから不作法だなんだと言われてもすぐに部屋を出たかったのだがそれが出来なかった。しかし我慢して聞いていたお陰で、気になっていた事が色々と知れたからそこは不幸中の幸いだったと思う。
……でも、精神がかなり疲労したからマイナスかも……。
わたしが黙って大人しくしているのをいい事に話しは止まらず、亡くなった旦那の馴れ初めから夫婦生活に至り、果ては孫がいかに可愛いのか等といった全く興味がない事を延々と聞かされる羽目に。
……勘弁して下さい……。
その拷問は来訪者が現れるまで続いた。
「柳先生! 何度言ったらわかるんですか!」
突然部屋の扉が開いて職員の御局様が怒鳴り込んで来た事で強制終了。通り掛かりに匂いで気が付いたらしい。
……あれだけ吸っていたら当然ですよね……。
「おタバコを吸うのでしたら喫煙所でなさって下さい! 部屋の中ではおやめ下さいといつも言っているでしょうに!」
「……も、申し訳ない……」
それに驚いて足が動く様になり、どさくさに紛れて退出する事が出来た。
……助かりました……。
帰り際に大学を見上げて、もうここへ来る事は二度と無いだろうと少し感傷的になったが、頭の中は今後の事で一杯だった。
───今度こそ会いに行くからね!
アオイが出て行ってからその足跡を辿っている内にいくつか疑問に思う事があった。
……何故わざわざオートバイ? ヒカルも一緒なのは? 観光地でもない田舎ばかりに行くのって……。
しかしそれらは柳教授から話しを聞いた事で、動機はどうであれ色々と納得する事が出来た。ヒカルとの愛の逃避行ではなさそうなのを知れただけでも大きな収穫だったと思う。代償は大きかったが。
他にも、ヒカルは知らないがアオイにはお金が無いのを知っている。なのにこれだけ長い事出掛けているが、一体旅費をどう工面しているのか? と不思議に思っていたのだったが、その資金源は柳教授にあった。正確にはアオイ達の血族にあたる関係者達。その者達の中で鬼の事を信じている者からの出資があるのだそうだ。いつ自分が柳教授と同じ立場になるかわからないから、その為の協力は惜しまないのだとの事だ。それを聞き、あんなヨタ話しを信じている者が他にも沢山いるのだと言う事を知って怖くなった。
……そんなの下手な新興宗教と変わらないじゃないの……。
しかしそのお陰でアオイ達は今も順調に調査の旅を続けている。
現在のアオイ達は新潟県に入った後に福島、宮城県を通って秋田県へ入っていた。そのまま東北地方を回るのかと思ったが、秋田県からはフェリーに乗って北海道に渡るのだと聞いた。「北海道は広いからね。雪が降る前にそっちを終わらせないと」その為、北海道よりは雪の降る時期が遅い青森県と岩手県は後回しにするそうだ。しかし柳教授の話し振りやアオイの卒論から察するに、これはどうも季節的な問題は建前で調査の本命はその二県にある様に思えた。だから後回しにしたのだろう。
……北海道か……。
少し考えた。
いくら遠くとも飛行機を使えばそうは時間は掛からない。飛行機ですぐ。しかし飛行機代が馬鹿にならない上に行った後が問題だ。現地でレンタカーを借りるにしても追い掛つくのは難しいだろう。何せ広い。
時折柳教授に連絡が入るが、それは調査した後の結果報告。次に向かう場所の連絡ではない。行き先の見当は付けられるが、実際に現地でどう回るかはアオイ達がその場で決めているとの事だった。今後足繁く柳教授の元へ通い、アオイの動向を聞いていけば行先の推測が出来るも知れないが、もう二度と彼女には会いたくなかった。これ以上精神が疲弊するのは勘弁だ。体調が悪くなって動けなくなりでもしたら本末転倒になる。やはり自分の力だけでやるしかない。
……だからしょうがないわよね……。
北海道行きは諦めた。
一刻も早くアオイに会いたい気持ちをグッと堪え、美味しい食べ物の宝庫なのに……と後ろ髪を引かれたが、それは東北地方も同じなのだと考えて、本州に戻って来た所を捕まえる事に目標を定める。
これが最後のチャンスになるかも知れないと今まで以上に気合が入る。早速大学からの帰りに本屋に寄っった。地図を買う為だ。
スマホのナビは情報も新しくて確かに便利だが、山の中では電波が入らずに使いものにならない事がよくあった。だから車には一応ポータブルのナビも付けている。しかし道は生き物。ナビでは問題が無くても行ってみたら通行止めになっていたり、思いもよらない酷道だったりする事がある。しかし事前にしっかりと地図を読み込んでおけば、地形や植生からある程度の予想が立つし、いざという時に対応が出来る。と、以前ジムニー仲間のおじさんから教えてもらっていた。
その為、東北地方の国土地理院発行の地図にオートバイ用のツーリング地図を購入する。白地図は書き込んだり大まかな位置を把握をする為に必要で「林道をやるなら、バイクツーリング用の地図が詳しくて便利だよ」とのアドバイスがあったからだ。
そう。車を直す決心をした。
アオイ達は最終的に北海道からフェリーで青森県に入るとの話しだ。北海道の調査対象の多さとその広さからも本州に戻って来るまでにはまだ十分に時間があった。車を直すのも間に合うだろう。その間アオイとヒカルがずっと一緒にいるのを考えるとヤキモキするが仕方がない。アオイ達が柳教授の話しを少しでも信じて行動しているのならば、他に余計な虫がつかない予防になっているのだと割り切って考える事にして準備に勤む。
次の休みに車を預けているフォレスト・ガレージに寄って修理の依頼をした。
「エンジンを直す事にしました!」
「承りました」
顔馴染みのシンジョウが笑顔で頷く。
「よろしくお願いします! それと、直ったらちょっと距離を走って、ちょっとハードなトコに行く予定なので、その為の整備もお願いします!」
「大丈夫ですよ。お任せ下さい。シッカリと整備しますよ! これからの時期、ドライブに最適ですよね。どちらへ行かれるのですか?」
「こことか、この辺りです!」
持って来た地図を広げると、目星を付けている地点を指し示しながら日程も含めて説明していくと、話しが進むにつれてシンジョウの顔色がどんどん悪くなっていった。
「……それって、本気ですか?」
「もちろんです!」
難色を示されるのは想定内。何せ一番遠い目的地まではここから片道で約800kmはある。時速100キロで進めば八時間程で着く計算だが、それは休憩などは取らずに休まず走ればでの話し。渋滞に巻き込まれたり途中で止まったりしていては無理だ。普通ならば十時間以上は掛かるだろう。しかもそこへただ行くだけではない。行った先で山の中に入るのだ。もちろん整地された道でなく林道に。そしてそれをゼロ泊二日、若しくは一泊三日の行程でやる予定だった。だから「今までよりも高速道路を速く快適に走れるようにして欲しいのです!」とのお願いをした。以前と同じ仕様ではとても計画通りにはいかないからだ。しかもそれを一回ではなく何度かに渡ってやるのだから、いくらボロ車でも行った先で壊れてしまったでは困る。ちゃんと帰って来なければならない。流石に例のレッカーも、そこまで来てはくれないだろう。無茶なお願いだとは思うがやってもらうしかないのだ。
……もう休みが無いのよね……。
今年は既に休み過ぎてしまったせいで、捜索に掛けられる時間は週末か祝日しかなかった。北海道行きを諦めた理由にはそれもある。その為どうしても強行軍となってしまうのは避けられないのだった。
「……そうですか……。更に車中泊も出来るようにしたいと……」
「呑気にホテルに泊まったり、キャンプ場へ行ってテントを張ってキャンプなんてしている時間は無いと思うのです。中で仮眠さえ取れればいいのですが……」
いくらわたしの身体が小さいとはいっても流石にシートに座ったまま寝るのは避けたい。それでは疲れが取れない。
「なんとかなりませんか?」
「う〜ん……。今は手が空いていますので、やれと言われれば出来ない事もないのですが……」
この時期は部品も発注すればすぐ来るだろうし、作業自体はなんとかなりそうなのだが、問題はお金だとか。
「結構な、いえかなりの費用が掛かりますよ?」
「え!? ど、どの位でしょう?」
真面目な顔で言うものだから、幾ら位掛かるのかとドキドキしながら身構えていると、そこに「あ、橘さん。お久しぶりでーす!」社長のナカムラともう一人の従業員のスナガワがやって来て話しに加わった。そしてわたしの話しを聞き「え? エンジン直すだけでなく手も入れるんですか? 更にカスタムも? ん~……」二人からも難色を示されてしまう。
「それをやるのって、ケッコー大変な作業ですよ?」
「ハハハッ! ずいぶんとハマっちゃいましたね〜」
……?
三人から色々と説明を受けたが、専門的で難しい事が多くてよくわからなかった。ただ、わたしが求める性能を全て施すのは難しいのだと言う事だけはわかった。
険しい山道を行くのはジムニーの専売特許。それを更に追求する為の改造は多岐に渡ってあるが、しかしその真骨頂である走破性を求める改造は、やればやる程に普通の道を走るのが苦手になってしまうとの事だ。求める性能が対極にあるので、下手に改造すればどっちつかずになってしまうのだとか。
「それに、ソロでそんな所へ行くのでしたら、今まで以上に装備も整えておきませんと……」
「ですよね……」
それは良くわかっている。
本来ハードな林道や廃道などへ行く時には複数台で行くのが鉄則。そんな所に行けば必ずどこかしらでハマったり落ちたりして動けなくなってしまうもので、そんな時に引っ張ったり引き上げたりするレスキューする車がいるのとないのでは雲泥の差。ただでさえ人がいない場所に行くのだから、一人でいる時にトラブルに見舞われたら大変だ。その事は身を持って知っていた。
……もうあんな目に遭うのはゴメンですからね……。
だから前回の事を反省して、一緒に行ってくれる者がいないかと知り合いのジムニー乗り達に声を掛けてはいたのだったが「え!? それ本気ですか? 流石にちょっと……」既に断られた後だった。強行軍になる事を聞いて腰が引けたのだろう。
……みんな男のくせにだらしがないわよね……。
「確かに、もっと装備を充実させる事は必要ですよね。それは是非お願いしたいです。でも、それに合わせて誰か一緒に来てくれる人がいれば、なおのこと良いのですけれども……」
そう言いながら三人を見回した。
「ム、ムリですよ!」
……まぁ、社長さんは仕方がないか……。
即座に反応した彼の乗るジムニーは、お店の広告塔も兼ねていてかなり改造してある。それはオフロードコース向けの改造で色々と大きくなっていた。タイヤなんかわたしが横に並ぶと胸の高さまである。変な鉄のパイプが外や中に付いていたりとかして、もはや元の車の形がわからない程に改造されていた。更にはエンジンも違うそうで軽自動車ではなく普通車で登録されている。
そんな車だからか確かに高速道路を走るのを苦手としていた。「スピード出すと壊れちゃうし、そもそそんなに出ないんだ」と、仲間内で出かける時はいつも後からゆっくりとやって来た。そもそも狭い林道ではその大きな車を持て余してしまう事だろう。
……だから一緒には行けない理由はわかるのだけど、「彼女がいるからムリ!」ってどう言う意味なのかしらね……。
おかしな事を言っているナカムラは放っておいて他の者に視線を移す。
シンジョウと目が合うと、ナカムラと同様に首を振りながら「わ、私も妻と子供がいるので!」と拒否されてしまった。
彼はこのお店で一番の年長者。家族がいるのだから休日は家族サービスで忙しいだろう。大変な事だ。お疲れ様です。それに年齢的にも強行軍はキツイと思う。お身体を大事にして下さい。正直彼の事も初めから期待はしていなかった。
……で……。
「スナガワさん、どうでしょう? ご一緒しませんか?」
彼が本命だった。このお店の中では一番若くて体力もあるから強行軍に耐えられるだろうし、トラブルに見舞われてもいざという時に頼りになる筈だ。それに彼の乗っているジムニーはレースでもするつもりなのか、オフロードも普通の道もガンガン速く走る事を目指して改造していた。今のわたしが求める理想に近い車両だ。
期待を持って目を輝かせながら彼を見つめたのだったが、スッと目を逸らされてしまう。
……?
「ダメですか?」
「……お誘いは嬉しいのですけど……」
残念ながら乗る車が無いのだと悲しそうにしている。
「え!? どうしたんですか?」
「……実は……」
この間、交差点で信号待ちをしていたら後ろから追突されて全損になってしまったそうだ。
「……そうですか…・・それはまた災難でしたね……。お身体の方は大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。そっちはもう大丈夫です! 車があれば一緒に行きたかったのですけど……」
本当に残念そうにしているから社交辞令ではないのだろう。その気持ちはありがたく受け取るが当てが外れて困ってしまい、どうしようかと考えていると、突然ナカムラとシンジョウが顔を見合わせて『アッ!』と叫んだので驚いて振り向く。
「ど、どうしましたか!?」
「ほら、スナガワのジムニー、橘さんのにイイんじゃないかな?」
「ですね。幸いフロントは無事ですし」
……?
廃車となったスナガワのジムニーは、わたしのと型式? が一緒らしく、エンジンを移し替える事が可能なのだそうだ。
「コンピューターやら諸々一式移植しちゃえば手間が省ける!」
「そうですね。橘さんの要望を満たす様にやるとなると、リビルドとかに載せ替えて一から作り上げるとなると大変ですよ。それなら時間とお金の節約にもなりますし」
「でしょ? その分装備にお金をかければ、ソロでもまぁなんとか……」
……ふむふむ……。
言っている内容はサッパリだが、お得だと言うのならば良い事なのだろう。二人が話しているのにまじって前のめりに頷くのだったが、そんな中スナガワだけが難色を示していた。
「どうされましたか?」
「……アレって、ケッコーイジってるんですよ……」
車両としては駄目になってしまったが、まだまだ使える部品はあった。だからそれを外して売って新しい車の改造費に当てるつもりだったらしい。
「なにケチくさいこと言ってんだよ! 保険金入って来るだろ?」
「わざわざバラして売る手間が省けますよ?」
「でも……」
三人で協議が始まった。二対一でスナガワが劣勢に見えたが車の持ち主は彼だ。最終的には彼の意志が優先される。
……無理強いはよくないですよね……。
暫くの間、黙って三人の様子を伺っていたのだったが、埒が開かないので心を鬼にして覚悟を決めた。
……可哀想だけども……。
この機会を逃す訳にはいかない。わたしは一刻も早くアオイと会いたいのだ。
……ごめんなさいね……。
かつては短所でしかないと思っていたこの幼い容姿も、最近では使い様なのだと割り切って考えられる様になっていた。
微笑みながら小首を傾げ上目遣いでスナガワを見詰める。
「格安で、お願いしますね❤️」
「……はい……」
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