第14話 熱意と手段 その3
気分が落ち込んでいる時は、何か悪いものを引き寄せてしまうのだろうか。小菅神社に行った帰りに酷い目にあった。
あの日すぐに帰ったのは気分を害したのもあったが、例の女性から色々と話しを聞いていたのもその理由の一つ。
「あのコ、ナニかの調査? 探しものをしてるみたいよ」
その為にアオイは方々に出掛けているのだと言っていたのだそうだが、詳しい事までは話していなかったらしい。しかし恐らくここでもその捜しものは見つからないだろうから、早々にも新潟方面に行くのだと聞いていた。
それを聞いて、ヒカルとの逃避行ではないかもしれないと言う事がわかっただけでも有難かった。少しだけ心に余裕が持てた。それを初めに聞いていたので、わたしとは入れ違いで小菅神社辺りからはもう出て行った後の可能性が高い、との注告を素直に聞き入れられて深追いは止した。何よりもう休みがもうあまり無い。これ以上は仕事を休めなかったのも大きかった。
帰宅を急ぎ焦りながら車を走らせていたのだったが、その途中の高速道路で大渋滞。それを避ける為に途中で降りて山道を進むのだのだったが、その途中で車が動かなくなる。
その結果、暗くなった林道の山中で一人救助を待つ羽目に。交通量が少なければ快適だし早く帰れるだろうと考えた事が裏目に出てしまう。最近では悪路も慣れて来たから大丈夫だと調子に乗っていたのが原因だ。慢心していた。
そんな場所だから、レッカーを頼むのに電話をしようにも電波を求めて山の中を彷徨わなければならず、例え連絡が取れたとしても、こんな所まで来てくれるのか心配になる場所だったが、幸運にも救助は来てくれた。
「橘さんの任意保険って、ロードサービスの特約付いていますよね? よろしければこれをどうぞ。何かありましたら使ってみて下さい」
「これは?」
以前車屋のフォレスト・ガレージの社長から、ロードサービスの会社の名刺をもらっていた。なんでもその社長以下従業員は同じ整備学校の出身らしく、その時の同級生がその会社をやっているとの事だった。
「彼もジムニー乗りなんですよ。JAFなんかが来てくれないような山の中でも来てくれますよ」
更にれっきとした会社なので、出来るだけ任意保険のサービス内で対応してくれるとの話しだ。その時はお礼を言ってお守り代わりに財布の中へしまい込んでいたのだったが、今回それを思い出して助かった。ただ彼は一人で仕事をしている為に都合がつかない場合もあるのだとも言われていた。その為、遠方だから仕方がないのもあるが結構な時間待たされてしまう事に。
「あ、橘さんですね? 遅くなってすいません。お待たせしました」
「あ! こんな所までありがとうございます! 助かりました!」
彼がやって来た頃には完全に陽も暮れていた。
「しかしまたずいぶんと深い所まで来ましたね〜。で、エンジンが掛からないとか」
「はい……」
彼は林道の入り口にレッカー車を停めると、一緒に乗せて来たジムニーに乗り換えて工具を積んでやって来た。「聞いてると思いますけど、ボク整備士の免許もあるんですよ。ナカムラ達と同じ出なんで」そしてその場で修理を始めた。
早速ボンネットを開けて暫く格闘すると、静かな夜の山中にけたたましい音が響く。
「やったー! ありがとうございます!」
「なんとかなりましたね。これで一応エンジンは掛かりましたが……」
ここは山の中の林道なのでレッカー車は入って来れない。その為、車が全く動かない場合は、わたしが自分の車に乗って、レッカー車がある所まで彼の乗って来たジムニーで牽引をしてもらう必要があったのだったが、昼間でも大変な道なのに真っ暗な夜なら尚更危険だと、頑張って何とか動く様にしてくれたのだった。
「ありがとうございます! 本当にもう助かりました!」
「いえいえ仕事ですから。……ですがこれ、自走して家まで帰るのは無理ですよ?」
「え?」
丁寧に説明してくれたが専門的な事はよくわからない。ただ確かにけたたましい音を出しているものの、どこか不安定で咳き込んでいる様に聞こえる。明らかに普段の音とは違った。
結局林道はからは出られたものの、レッカー車に乗せて運ばなければならず、わたしは代わりに乗せて来たジムニーを借りてそれに乗って帰る事になる。
自宅に着いた時には日付も変わり、慣れない車の運転と色々あったお陰で肉体的にも精神的にも疲弊していた。お風呂にも入らず泥の様に眠り込んでしまう。
……疲れました……。
「このジムニーは、直接フォレスト・ガレージに持っていけばいいですね? なら、その代車はお店に置いといて下さい。後で取りに行きますから」
借りた車の返却はすぐでなくても良いと言われていたが、翌日の仕事帰りにその車に乗ってお店に向った。疲れが残っていたし眠くて堪らなかったが、車屋へお礼を言わなければならないのと何より自分の車が心配なのもあった。
「橘さん、昨日は大変でしたねー」
「はい。ですが色々と助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、彼も仕事ですから。それでこのニーニーですが……」
挨拶も早々、いつもお世話になっているシンジョウが困った顔をしながら言い淀む。
「朝出勤してすぐに見ましたが……コレ、けっこーヤバイっすよ……」
「え?」
素人のわたしにもわかる様に丁寧に説明してくれたのだが残念ながらよく分からない。エンジンが掛からなくなった直接の原因はスターター? の不具合らしく、それはあの場で何とかなったが、そもそも酷使し過ぎたせいなのかエンジンとタービン? 自体がもう寿命らしい。コンピューターもコンデンサがどうとか言われた。行きに焦って無茶をし過ぎたせいなのかも知れない。見れば確かにエンジンの上の方から変な液体が噴き出ているし、カラカラと異音もする。
「……これ、もう直らないのですか?」
「もちろん直せますよ? ダメになった部品を変えていけばいいんですが……」
しかしそれらを全て交換するには、例え全て新品の部品を使わなくとも結構な費用が掛かってしまうとの事。凡その金額を聞いて驚いた。
「───ッ! そ、それなら車ごと買い換えた方が安いんじゃないですか!?」
「そうなんですよ……どうしましょう?」
「……どうしましょうと言われましても……」
今となっては愛着のある車だが、このボロ車にそこまでのお金を掛けるのはどうかと思い戸惑ってしまう。丁度そこにやって来た社長達他の従業員も、わたしの車を見て同じ様な意見だった。
「コレは考えちゃいますね……」
「ロクヨンじゃなくても中古のジェービーが買えちゃう……」
色々と言われたがその場では即決が出来なかった。
「……一先ず保留でお願いします……」
車が無い今、鬱々としながらスマホやパソコンでアオイの動向を探るだけの生活に戻ってしまった。仕事には休まず行っているが、生活にハリがなく気落ちしているのが自分でもよくわかる。このままではマズい事もわかっていたがどうしようもなかった。
……新潟か……。
聞いていた通りアオイ達は今新潟にいた。
……地酒が沢山……。
名産地。考えただけで喉が鳴る。しかしそんな事を思っていられる内はまだ大丈夫なのかも知れない。地図を見ていると今すぐにでも飛んで行きたい気持ちが湧いて来るのだったが、しかし今は動けないのだ。
……もどかしい……。
フォレスト・ガレージからは、暫くの間代車を出してくれると言われてはいたのだったが、あの車以外には乗りたくなかった。慣れない車に乗るのは、前回代車を借りた時で懲り懲りだったのもあるが、あの車以外でアオイを探しに行くのは少し違う気がしたのもある。
……どっちみち、今は出掛けられないのよね……。
足を失った今、暇になったかと言うとそうでもなかったのだ。
カオリとの約束の日まではまだ余裕があるのに、連日の様に彼女から確認や催促の連絡が入って来ていた。アワセ? が必要なのだとか、事前に見ておく必要があるものがあるのだとか色々とうるさい。当日までに何度か会う必要があるのだと言われている。週末はそれで潰れてしまいそう。
……一体何をやらされるのやら……。
その不安も相まって気分がすぐれないでいる。
「はぁーい! ユズちゃん、元気してた? ……あら? あまり元気そうじゃないわねー」
「……えぇ……まぁ……」
……正直、今はカオリさんの相手をするのはキツイです……。
会う約束をズルズルと伸ばしていたら、大量の荷物を抱えて押し掛けて来た。
「そっかー。まだアオイちゃんと会えてないかー」
「はい……」
「なら探し方、変えてみたら?」
……それが出来たら苦労はないのですよ……。
そもそもカオリに教わったやり方で情報を集め地道に頑張っているのだ。少しイラッとして言い返そうとしたのだったが、まだカオリが続けていたので口を閉ざす。
「もっとイイやり方があるじゃない」
───え!?
「ちゃんと調べてる? それでもわからないなら、知ってそうな人に聞いてみればイイじゃないの」
それを聞いて、一瞬以前会った妖艶な女性が頭に思い浮かぶのだったが、しかし彼女とは連絡先どころか名前すら聞いていないのを思い出した。
……そうか……なら一度ゲンさんに連絡を取って、会う約束を……。
しかしあの時の様子では、あれ以上の事は知らなさそうだった。それにあの者に聞くのはなんか癪で、仮に知ってそうな人を紹介してもらうのにもモヤモヤとする。
暫く唸りながら考え込んでしまっていると、気が付けばカオリが笑いながらわたしを覗き込んでいた。
「な、なんですか!?」
「ん〜? ユズちゃん思い浮かばないの〜?」
カオリには思い当たる節がある様だ。笑い方がいやらしくなった。
「なら、例の約束をちゃんとやり遂げたら教えてあげよう!」
「え?」
そう言うと、目の前に大量のDVDディスクを積まれる。
「こ、これは……?」
「さ! 今からお勉強よ!」
「へ!?」
そこから問答無用に上映会が始まり、興奮したカオリから色々と教え込まされた。
その日からカオリはお盆までの間、週末だけに限らず平日の夜にも時間を見つけては押し掛けて来る様になった。その度に大量の荷物を持ち込むものだから、殺風景だった家の中が極彩色で溢れ返ってしまっている。
……目がチカチカする……。
色々なものを見せられ、聞かされ、指導をされた。
「こうよ! このポーズは手が重要なの! 違う逆!」
「は、はい!」
「よし! じゃ、次はこれを持ってもう一度!」
「はい!」
しかし一体何をさせられているのかはサッパリだ。
……わたし、何してるんだろ……。
ただ一つ、恥ずかしい格好をさせられているのだけはわかった。
「こんな格好イヤですよ……知り合いにでも見られたら……」
「大丈夫! ユズちゃんだってわかんないから!」
「むぅ……」
……確かにこんなに化粧をしていれば、誰もわたしだとは気が付かないでしょうが……しかし知らない人でもこんな格好見られたくありませんよ……恥ずかしい……。
「ダメダメ! このキャラはそんな顔をしない! 笑顔笑顔! そんな事じゃアオイちゃんと会えないよ!」
……うぅ……キビシイ……。
完全に転がされてしまう。
カオリとの約束の用事が終わった今になって思えば、怒涛の様に詰め込まれたのは、わたしに考える暇を与えない為だったのかも知れない。我に返ったのは全てが済んだ後だった。
……やっと終わった……。
人混みが酷くとても暑くて周りがうるさかった思いでしかない。体力もそうだが精神的にもかなり疲弊しており意識が朦朧としていた。
……あれは夢か幻か……。
あの場所での出来事はまるで現実感が無かった。知らない間に妖精や妖怪達がいるの中へ放り込まれていたのかも知れない。
何をやっていたのかは全く覚えていないが、しかし無事に役目は果たせた様で、帰りの電車の中のカオリはご満悦。その顔を見て安心した。そんな彼女から別れ際に例の答えを教えてもらったのだったが、それを聞いて愕然としてしまう。
……なんでそんな事に気が付かなかったんだろう……。
情け無い。いつもカオリの掌だ。
深いため息を吐きつつ、もっと思慮深くならなければいけないと反省した次第だった。
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