第13話 熱意と手段 その2

 ジムニーは鈴木自動車工業、現スズキで製造する軽自動車。その形からアメリカのジープを日本向けに小型にした物だと思われがちであるが、元々は何十年も前にホープ自動車から生まれた軽四輪駆動車の権利を買い取ったもので……云々。そんな由来や特徴等はネットで調べれば幾らでもわかるが、モデルチェンジを繰り返しながら何十年も販売されている理由は、実際に道具として乗っている者達から話しを聞いていた方がよくわかる。そこには半世紀以上の浪漫がある訳でもなんでもなく単純な事だった。


「丁度いい大きさなんだよ」


 みな似た様な事を言っている。


 仕事や遊びにと、人によってその用途は様々だが走る場所はほぼ同じ。整地されていない所。悪路を走るのが目的であれば他にもっと頑丈で走破性の高い車は沢山あるが、しかしここは日本だ。敢えて作られたオフロードのコースでもなければ主に山や林道となる。


 林道は森林保護や林業をする人達の仕事の道であるが、昔から人々の生活の為に使われていた山道の生活道路も含まれる。しかしそんな道は、かつては人の往来が多くあっても近くに広くて快適な道路が作られてしまえば使われなくなってしまうもの。そうなると大体が舗装されていないか、例えされていても荒れ果てている事が多く、草木が生え放題だったり山から水が流れて来て川になっていたりぬかるんでもいたりもする。そして狭かった。


 当然車なんか無かった時代からの道もあり、そもそも昔の車は今よりも小さかったのだから仕方がない。その為、そんな所を行くには悪路を走る事が出来て小回りが利くものが必要となるのだが、農業用のトラクターと言わないまでも軽トラ等を除けば選択肢は限られてくる。その為、今でもジムニーが重宝されているとの事だ。


 ただ走破性と言うのならオートバイが一番かも知れないが、それに乗るには車よりも技術が必要となるし積載面での制約もあるのでまた話が違って来る。


 ……アオイがオートバイを選んで出て行ったのは、あくまでも素早く目的地に達する為なのだと考えると納得出来るのだけど……。


 理性では納得出来ていない。


 ───余計なモノを後ろに積んでいるみたいですけどね!


 しかし敢えてこのジムニーを残して行ったのだとするならば、わたしが追い掛けて来る事を想定しての事なのだろうかと考えるのは、深読みし過ぎだろうか。それともこの玩具を与える事でわたしの寂しさを紛らわさせようと考えていたのか。若しくは本気でこのボロ車が手切れ金の変わりになるのだと思っていたのか。何れにしても直接会って当人の口から聞いてみなければ何も分からないのは変わらない。


 今はそれなりに充足した毎日を送ってはいても、鬱屈が完全に晴れている訳ではない。そんな事を考えるにつけ今でも少しづつ溜まって来ていた。






 目的と手段が違えてしまいそうな程にはジムニーにハマっていた毎日だったが、当初の目的も忘れてはいなかった。しかしハマったお陰で同じジムニー乗りと知り合う機会も増えて、アオイの事を知っている者との繋がりも出来た。その為、以前とは比べ物にならない程に情報が入って来る様になっていた。


「え!? アオイと直接会った人がいる?」

「そーそー。今朝、知り合いがね。場所は……」


 その連絡を昼休みに受け取ると、すぐに無理を言って午後休を取らせてもらい、一度家に戻ってから車に乗って一目散に現場へ向った。目的地は長野県の飯山市。


 ……もうこんな所まで来てたのね……。


 ここはもう少し行けば新潟県に入る長野県の北の方。予想通りアオイは長野県入りしていた。それはヒカリのSNSからもわかっていたが、しかしそれは過去の情報でしかない。場所がわかったからと言ってその後にすぐに向かっても会える訳がなかった。だから普段は情報を得ると、その都度予想を立てて先回りをするつもりで向かっていたのだったが、残念ながらいつも空振りに終わっていた。立ち寄りそうな道の駅等で張り込んでいても無駄に終わっている。しかし今回は違った。入りたての情報だ。鮮度が違う。しかも未確認な目撃情報ではなく当人と会っているのだ。果然期待値が高まり興奮して休まずに車を走らせるとまだ陽が高い内に現地入り出来た。


 今までのデータからして、アオイ達の移動は速度は速いが目的地と思われる場所には半日以上滞在している事が多かった。だから今度こそは間に合うだろうと急いだ。


 上信越自動車道のインターを降りて国道を行き道の駅に到着して情報提供者を探す。


 連絡をくれたのはフォレスト・ガレージ繋がりで面識のあるジムニー乗りおじさんの一人、通称ゲンさんだった。アオイに直接会ったという者は彼と趣味繋がりの女性。昨晩この先にある湖の近くで宿泊していて朝に湖畔を散歩をしていたら偶然アオイと遭遇したのだそうだ。しかもその際話しもしたのだとか。その時はヒカリらしき者の姿はなくアオイ一人だったらしい。別行動をしていたのだろうか。


 ……そのまま別れてくれていればいいのだけど……。


 そんな事を考えていると、まだ会ってもいないのにアオイと会ったその者の事までも気になり出した。


 ……確かゲンさん、魚釣りが趣味なのよね……。


 その女性は湖畔でキャンプでもしていたのかも知れない。アウトドアが趣味な女性を想像して、その者とアオイが並んでいる姿を思い浮かべてしまい嫉妬する感情が湧いて来る。


 ……いやいや、そんな事考えちゃダメダメ……。


 わざわざ連絡をくれたのだ。その者とゲンさんには感謝しかない。


 頭を切り替えると改めて周りを見渡した。


 ゲンさんの本名は知らない。周りからそう呼ばれていたからわたしもそう呼んでいる。建築会社の親方か何かをやっているらしく、厳つくていかにもな風体だが気は優しくていつも可愛がられていた。よくしてもらっている。そんな者と趣味仲間なのだから、同じ様に気さくでサバサバした感じの者なのだろうと想像して探すのだったが、それらしい者は見当たらなかった。


 ……ちゃんと連絡先を聞いておけばよかった……。


 連絡をもらった時は興奮していて忘れていた。それに今から行くと言うと「本当か?」と驚かれて「なら忙しいな。向こうにはこっちから連絡しとくよ」わたしがここの駐車場に着けば向こうから見つけてくれるだろうから大丈夫だと言われていたのもあったからだ。しかし何故だろう?


 しかしそう言っても現状会えていない。仕方なくゲンさんに連絡をするも仕事中なのか呼び出し音が鳴るだけ。焦りながら車の周りをウロウロとしていると突然声を掛けられ驚いた。


「……失礼ですけども、橘柚木さんでいらっしゃいます?」

「は、はい!」


 振り返りその声の者を見て、見開いた目が更に大きくなった。そこには豪華に着飾った妙齢の美しい女性が高級そうな外車をバックにして立っている。こんな田舎には似つかわしくない女性だ。想像していた者とは真逆だった。


「よかった。間違ってなかったわね」


 驚いているわたしを他所に妖しく美しい笑みを浮かべながら話しかけて来た。


 向こうはわたしが駐車場に入って来てすぐに気が付いたのだそうだ。そしてどうもだいぶ待たせてしまっていたらしく、チラリと背後にある車を見ると、運転席に座る豪華そうな仕立て服を着る男性が不満そうにしているのが見えた。


「お、お待たせしてすみませんでした!」

「あら、いいのよ。どうせ後は帰るだけだから」


 聞けば昨晩は湖畔にあるホテルに滞在していたとか。平日なのに豪勢な事だと思ったが、詳しい事を聞いてはいけない圧を感じて気にしない事にする。


「初めまして! 橘柚木です! ゲンさんにはお世話になっています!」

「よろしくねユズキちゃん。聞いてるわよ。彼とはお友達なの。よく一緒に遊んでるわ」


 一緒に釣りをする仲なのだそうだが、どうもわたしが想像している川や海で釣り糸を垂らす様なものなどではなく、クルーザーでする優雅で豪勢なものらしい。


 ……あのゲンさんが……人は見かけによらないですね……。


 呆気に取られていると、彼女はわたしを見てクスリと笑い話しを続けた。


「アオイちゃんとは……そうねぇ……お店で会っていた仲ね」


 彼女はアオイが飲み屋でバイトをしていた時のお客だったらしく、それで面識があるのだと言っている。


「そ、そうなんですか……」


 アオイが色々なバイトをしていたのは知っていたが、こんな女性が来る様な店でも働いていたとは知らなかった。飲み屋といっても居酒屋等ではなく高級なバーだとかなんだろうか。アオイの新たな一面を知り困惑してしまう。どんなお店なのか気になったが妖艶な美女にジッと見つめられると何も言えなかった。


「あら、大丈夫よ。アオイちゃんとは深い仲じゃないから」


 ───ッ!


 言わずとも顔に出てしまっていた様だ。思わず顔が熱くなる。それを見て彼女が楽しそうに笑っている。


「ふふふ……。朝も少しお話ししただけ。あのコったらいけないコねぇ。こんなカワイイコ置いて出てっちゃうなんて……」


 更に目が妖しく光り出したものだから思わず身体が震えた。どうも色々とこちらの事情を知っている様子だ。しかしゲンさんもだが、フォレスト・ガレージの者にもアオイとの関係について詳しい話しはした事がない。


 ……なら、アオイから直接……?


 そんな事まで話しをする仲なのだろうか。ならば本当は深い仲ではないのかと疑ってしまう。しかしまたその考えも表情に出てしまっていたらしく、更に笑われてしまった。


 …………。


 最近では精神的にだいぶマシになり、色々と知り合いも出来た事から陽キャ相手でも臆する事なく話しをする事が出来る様にはなっていたが、この手の女性とは縁が無く苦手なの変わらなかった。完全に弄ばれている。そもそも住む世界が全く違うのだから仕方がない。しかしこんな者と知り合いだなんて流石アオイだと感心するのと同時に不安で堪らなくなる。


 ……ホント、なんなのよもう……。


 わたしの困惑している顔がよっぽどおかしいのだろうか、上品ではあるが車の中にいる男性が軽く咳払いするまで暫く笑い続けていた。


「あら、ごめんなさいね。あまり時間がないのだったわね」


 やっと本題に入ってくれてアオイの足取りを掴む事が出来た。アオイはこの先にある小菅神社へ行ったとの事だ。「ありがとうございます!」お礼を言うとすぐに出発する。一刻も早くこの不気味な女性から離れたかったのもあったが、アオイと会って聞きたい事が一つ増えたからと言うのもあり気が焦っていた。


 ……だって彼女、明らかに素人じゃないもの……。


 会う前に想像して嫉妬していた時とは違い、今はその不気味さに恐怖さえ感じている。


 ───でも、今はアオイと会う事が先決!


 彼女の事は一旦頭から追いやるとはやる気持ちで車を走らせる。目指すは小菅神社の本殿がある奥社。しかしそこへは直接車で行く事が出来ないらしく、近くの駐車場へ車を止めると徒歩で向かったのだったが、そこの入り口で絶望してしまう事に。


 ……これ、登山だ……。


 ここ小菅神社は信州三大修験霊場として有名なのだそうだ。彼女と別れる際に貰ったパンフレットにそう書いてあった。


 ……先に教えてよ……。


 その奥社、本殿があるのは完全に山の中だ。一般の人が立ち入ってはいけない場所ではなかったが簡単には行けない場所にある。今のわたしの格好は職場からすぐに向かった為に着替えている暇はなく服や靴は出勤時のままだ。とてもじゃないが片道一時間もかけて山道なんて登る事は出来ない。


 ……ダメか……。


 奥社まで行くのは諦めて聞き込みがてら近くにある里宮の本殿に行く事にした。しかし時間帯の問題なのか田舎だからかなのかわからないが、車から降りても人とすれ違う事はなく、これもたまたまなのか社務所にすら人影がなかった。仕方がないので折角ここまで来たのだからと、お参りをするべく鳥居を潜り石段まで来たのだったが、そこで端に置かれていた古い石碑に目が止まり足が止まる。


 ……ん?  何々……? え~っと、浅・葉・野……。

 

 それは歌碑だった。よく見れば学生の頃に学んで知っている歌だ。しかしそれが何なのかわかった瞬間、暗い気持ちになり後悔した。


 ……見なければよかった……。

 

 それは柿本人麻呂歌集に作者未詳として収められている万葉集の恋歌。物に寄せて想い人を偲び、一途に想い続ける悲しい歌だ。以前読んだ時には昔の人は情緒豊かなのだな、位にしか思わなかったが、今読むとその歌を自分と重ねてしまい身に染みて物悲しくなった。


 ……なんだってこんなものがここに……。


 暫くの間、石碑から目が離せずに立ちすくんでしまう。


 ……あぁ、もう……。


 その後は、その先の石段を登る事はせずに振り返ると車に戻って帰途についた。

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彼女たちの選択、大好きを探しに アンコの子ネコ @annkonokoneko

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