第10話 決断と行動 その4

 今までの二人の動向から考えるに、今後の道程についてはある程度予想か付いている。


 ……今は和歌山県から一気に移動して、岐阜、福井、石川県辺りの山間部にいるのね……。


 ここまでと同じく都市部である名古屋周辺には寄った様子がない。この調子だと富山県辺りに行ったとしても南下をすると思う。何れにしても新潟方面へ行く前に長野県へ行くとみた。何せあそこは山ばかり。


 ……なら……。


 九州や四国に比べればそう遠い場所ではない。


 ───会いに行こう!


 その考えに至った。






「……あ、もしもし……フォレスト・ガレージさんでしょうか……。わたし以前一度お伺いした事のある橘という者なのですが……」

「……あ、あぁ! 橘さん。以前いらしたことのある。シンジョウからお話しは伺っておりますよ。今度の走行会の件になりますでしょうか? ありがとうございます!」

「……あ……いえ、違います……」

 

 車屋に電話をした所、出たのは以前会ったシンジョウでは無く代表のナカムラと言う者だった。その反応からしてわたしの事は聞いて知っている様子だったが、中途半端に伝わっているみたいだ。


「……DMは拝見させて頂きましたが……その件では無くてですね……」


 以前車屋に行った時、帰り際にお店のメッセージアプリのアカウントを登録していた。


「能守さんの忘れ物が出て来たら連絡しますので」


 それなら直接電話をもらうよりはメッセージの方が良いと考えたからだ。結局その後連絡は無かったが。しかしそれで車屋さんが行う走行会案内の通知が来るだなんて思ってもみなかった。何せまだわたしはその手の車を所有していない。


「……アオイ……あ、能守の例の車の件なのですが……売却ではなくって、わたしの名義にしたく思って……その件でご相談をしたく……」


 結局手離すのではなく活用することにした。


 いくらアオイと会いたくとも現状足が無い。アオイはそう遠くない場所と言えども人もが少なくて不便そうな場所にばかりに行っているのだ。事前に待ち合わせをするのであれば公共機関でも行けない事はないだろうが、それは出来ない。押し掛けるしか方法はなかった。しかし当然わたしを連れて行ってくれる者のあてなんて無い。なら自力で行くしかないのだったが、その為には移動手段が必要となる。


 ……レンタカーを借りるのはちょっと不安なのよね……。


 祖母もアオイも、わたしが運転する車にはあまり乗りたがらなかった。正直自分でも運転が上手でない事は自覚している。ましてや山など狭い道を行く事になるのだ。傷だらけにして、後から高額な請求書を突き付けられるのが怖い。そこまでして行動に移す気にはならなかった。その位の理性はまだ残ってる。しかし車屋からのメッセージを見た事で気付いた。


 あの車ならもう既にボロボロだから今更傷の一つや二つ増えた所でたいして変わらない。気が楽だ。わたしの好きにしろと言って置いて行ったのだから好きにさせてもらおう。例え廃車にしても文句なんて言わせない。


 ……目の前に現れてくれるのなら、いくらでも文句を聞くけども……。


 何れにしても行動に移さなければ何も始まらない。


「……これで橘さんの名義に変更しました。保険も大丈夫ですよ。後、簡単な整備もしましたが……ほんとうに大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。以前からも少しは乗っていましたから大丈夫ですよ」

「……そうですか……。ではお気を付けて」


 不安げな顔をしているシンジョウさんに見送られて車屋を後にすると、早速その足で高速道路に向かった。


 ───さあ! 今から行きますよ! 待ってなさい!





 などと意気込んで出発はしたものの、流石に行ったからといってすぐに会えるだなんて事は思っていない。先ずは肩慣らし。お試しに行くだけだ。運転の練習でもあった。そもそもアオイが長野へ向かうのだという事もわたしの予想でしかないのだ。


 逢いたい! 行きたい! と思ってはいても行動に移せなかった。しかし、行ける! と気付いた途端に一歩踏み出せた。


 興奮して浮き足立ち居ても立ってもいられず出発してしまう。やはり少しでもアオイの近くに行きたいという気持ちが大きかった。それにアオイと同じ景色を見てその場の空気を感じる事で、このポッカリと空いてしまった心の隙間を蓋で閉じるのでは無くその想いで埋めたい気持ちもあった。


 はやる気持ちでハンドルを握り締める。


 ───さあ、最初の難関ね!


 突発的と言えども事前に下準備はしている。地図も見て道も確認済み。念の為、任意保険以外にJAFにも入った。高速道路に乗るのなんて教習所以来だが問題は無い。車も古いがアオイが乗っている時にETCの機器も取り付けていたから、事前にETCのカードも入手してちゃんと入れてある。


 ……ほら大丈夫だった……。


 ヒヤヒヤしたが無事高速道路に乗る事が出来た。周りを走る車の速度には戸惑うが問題無く走れている。


 ……ふふん。わたしも結構やるじゃない?


 そのまま気分よく走っていたのだったが、いい気になっていられたのも首都高速に入るまでだった。


 ……疲れた……。


 今は緊張して硬くなった身体と頭をほぐす為に、サービスエリアに入ってソフトクリームを頬張り癒されている最中。


 ───なんであんなに道が狭いのに、みんなあんな速度で走れるの? 


 怖かった。泣きそうになった。首都高に入った途端にハードモード。やっとの事で中央自動車道へと入ってみると、そこは道が広くて快適だと思っていたら今度はクネクネ曲がって登ったり降ったりと大忙し。


 ……この車って、スピード出すとフラフラするし、ガンバってアクセル踏んでもあまり進まないのよね……。


 長い上り坂で他の車に抜かれるのを横目にしながら必死に走りサービスエリアに投げ込んでいた。


 ……さて……。


 冷たい物を食べて頭もスッキリした。身体ももう大丈夫。先に進む気力が戻る。車に戻るとマップを開いたままスマホをホルダーに置いて出発した。


 今回、せっかく遠出をするのだから観光名所の一つでも行ってみようと考えていたが、それでは本末転倒になってしまう。アオイ達の動向を見ているとそんな所には寄っていない。その為、いくらお試しと言えどもアオイの行きそうな場所を目指している。


 ……長野はどこに行っても山ばかりですけどね……。


 それでもせっかくなので景色の良さそうな安曇野辺りにでも行って、少しは観光してから帰ろうと考えていた。


 そのまま中央自動車道を進むと諏訪湖のサービスエリアでも一旦休憩し、再度出発をしたのだったが。


 ……あら?


 道を間違えた。真っ直ぐ行く所を左に逸れている。


 ……まあ、いいか……。


 必ず行かなければいけない場所でも無い。何となく選んだ場所だ。それにこちら側も長野県には違いない。


 ……あぁ……わさびソフトクリームにわさび丼……。


 少し後ろ髪は引かれたがまた行けば良い。


 気を取り直してそのまま進むのだったが、標識を見るとこのまま進むめば名古屋だと出て来たので、慌てて適当なICで降りる。


 ……ここはどこだろ……?


 停車してマップを見ると伊那と出ていた。周りを見渡すと山に囲まれているのどかな風景が見える。場所的にはアオイがやって来そうな場所に思えた。


 ……なら……。


 せっかくなのでこの辺りを散策してみる事にする。


 主要な通りだと思われる道を適当に流す。ここは道は狭いが交通量が少なく見通しが良くて快適だ。周りは畑ばかり。窓を開けると心地よい風が入って来る。そのまま気分良く走らせていると、この場には似つかわしくないオシャレな建物が見えて来た。


 ……これは……美味しそうな気配がするわね……。


 誘われる様に駐車場に入ると予想通りお菓子屋。この地方の名物なのだろう、栗のお菓子の専門店。思わず大量に購入してしまった。


 ……これで暫くオヤツに困らないわね……。


 ホクホクしながら車に戻るのだったが、そのこで道路を挟んだ斜向かいにファンシーなお店がある事に気が付いた。


 ……これは行くしかないでしょう……。


 そのまま喜び勇んでお店に入ったのだったが、そこで少し後悔してしまう。


 ……クーラーボックスを持って来れば良かった……。


 その店はケーキ屋だった。今は夏には早いが気温が高い時期。流石に持って帰るには厳しい。仕方なく焼き菓子でも買おうかと思って周りを見渡していると、奥に喫茶店が併設されているのが見えた。


「店内でお召し上がりになられますか?」

「はい。お願いします!」


 次にここへ来る時があれば、必ずクーラーボックスを用意しておこうと決意した次第だ。


 ……美味しかった……。


 満足してお店を出ると、その流れで目の前にあった道の駅へと吸い込まれる。道の駅はアオイ達もよく寄っていたのを見ていたから行ってみたかったのもあった。


 ……あ! お野菜が安い! お酒もある!


 気が付けば車の後部座席は荷物で一杯に。


 ……これじゃ買い出しに来たみたいね……。


 流石にその後に見えて来た農産物販売所の看板は断腸の思いでスルーした。


 ……もうこれ以上は……。


 もう十分だ。そろそろ帰ろうと、近くのICを探す為にマップを確認していたのだったが、そこで余計なものを見つけてしまう。


 ───ッ! この近くに酒蔵が!


 車を運転をするので試飲が出来ないのもあり、気の向くままに買い込んでしまった。


 ……これは仕方がないわよね……。


 必要経費だと自分に言い聞かせて今度こそ帰途に就いたのだったが、慣れない長時間の運転で疲弊していた所に帰りの高速で渋滞に巻き込まれてしまう。心が折れそうになった。しかし後ろに積んでいる大量の収穫物の事を考えていると何でもなかった。


 ……ああ満足……。


 その日はお酒を飲まなくとも心地良い疲れのお陰でしっかりと熟睡出来た。

 

 ……また行こう……。

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