第9話 決断と行動 その3

 アオイの情報を得る為ならば身売りをする事も厭わなかった。しかしあの目は気になる。


 ……もしかして、わたしハメられた……?


 実はカオリが酔っていたのはフリで、まんまと騙され手玉に取られて無理難題を背負わされる事になるのかも知れないと、不安になりながらその日は別れたのだったが、後日約束通り懇切丁寧に教えてくれたものだからそんな事は直ぐに頭から吐き飛んだ。


 ……世界って広いんだ……。







 結局あの写真はネット上に落ちていた物を拾い上げただけの物だった。主にSNS。


 ソーシャルネットワーキングサービスと言うもの自体は流石のわたしでも知っている。ただ、その他者と繋がる為のツールである性質上、わたしには全く必要性を感じずに今まで触って来なかった。そもそもスマホ自体満足に扱えていないのが現状。


 ……昔はあんなだったし、その後はアオイが居たから……。


 人並みの感情を取り戻した時点で精神的に充分満たされた生活を送っていた。そんなものは必要としない。他人へ何かを発信したいと言う意欲は元々無かったのもあるし、そうとなった後は、誰かの追体験を望むだとか覗き込む気は起きなかった。そう考えると幸せだったのだろう。確かアオイも熱心にはやっていなかった筈だ。精々知り合いと連絡を取る手段として使っていた位。わたしとの日常に満足してくれていたのだと思うと嬉しい! 


 ……でも、それなのに何故……。


 何れにしてもわたしに取っては未知の世界になる。新鮮だった。


 ……こんなんだったんだ……。


 自己顕示欲が渦巻く面倒で胡乱な場所だろうと悪いイメージしかなかったが、使い様によってはとても便利で有益なものなのだと知る。

 

 カオリに一から手解きを受け、気が付けばズッポリはまり込んでいた。






 それ様のアカウントも作ってもらう。通勤途中、仕事の合間にもスマホを手放さなくなった。それだけでは物足足りずに家ではパソコンも使い始める。もちろんアオイの動向を探る為だ。全く知らない他人が投稿しているものからヒカルのものまで幅広くチェック。その際、全く知らない他人のものを見る分には構わなかったが、ヒカルのを見る度に楽しそうな顔を見て心がざわつき、その都度口直しにとネコが可愛らしい事をする動画等を見ては癒されていたものだから、時間をかなり浪費してしまっていたのは仕方がないと思う。


 ……わたしもネコ飼おうかしら……?


 ネコは癒しの効果もさることながら、寂しさを紛らわせる為にはうってつけだ。独身女性がネコを飼うのはどうとか言われているみたいだが、それだけ必要とされるものなのだろう。前向きに検討しようか……。等とそんな事を考えている内はまだ良かった。次第にネコの動画も効かなくなり鬱々とし始めて来る。


 どうしてもヒカルが投稿したものを多く見る事が多くなったからだ。日を追うごとに他の人が投稿している物を見つける事が少なくなり、あったとしてもオートバイの事ばかり。その中にはアオイの情報は乏しかった。それどころかアオイの情報なのか疑わしいものも多い。こんな有象無象の中で、よくカオリはピンポイントに見つけられたものだと感心した程だった。

 

 仕方なくヒカルのSNSを中心に見る事になるのだったが、そうなると必然的にヒカルも見る事となり、しかも楽しそうにしている姿を見せつけられる。


 ……いいわね、そっちは楽しそうで……。


 鬱屈が溜まりだす。そうなると日常生活にも影響を及ぼし始め、仕事は疎かになり休みがちになる。


 ……でもまだ年度の初めだから、年次休暇はまだまだある。大丈夫、大丈夫……。


 仕事先に休む連絡を入れるのも億劫になり、一日中寝床の中にいる事が多くなった。

 

 何もかもがイヤになっていたのだったが、辛うじて心の蓋はまだ閉まり切らずに済んでいた。それは例え僅かだとしても新たなアオイの姿を見る事が出来たからだろう。それが防いでいてくれていた。アオイはネコよりもよっぽど優秀だ。流石だ。

 

 




 調べ物をする毎日だったが、何もずっと最新の情報ばかりを追っている訳ではなく、遡って今までの動向も調べていた。


 アオイが家を出たその晩、東京湾からフェリーに乗って西に向かったのを確認した。ヒカルと共にオートバイを乗せているのも。


 ……その時からあの二人、一緒なのよね……。


 そのフェリーは途中で四国の徳島に寄港するが、そこでは下船せずにそのまま丸一日以上掛けて九州へ上陸する。わざわざ船で向かっていたのはヒカルをオートバイの後ろに乗せて移動する為だったらしい。


 ……ふん!


 そして北九州の新門司港から反時計回りで海沿いを進んでいた様で、時折山の中に入っては南下して福岡長崎熊本鹿児島宮崎……とぐるっと一周して大分に入るとまたフェリーで四国の愛媛へ渡っている。


 ……四万十川か……いいな……鮎に鰻に川海老……。


 九州を移動中は移動速度が速くて駆け抜けていた様子だったが、四国に入るとそれがゆっくりとなる。名産に舌鼓を打つヒカルの投稿を見ていると、苛立ちで殺意が湧いて来た。


 ……許すまじ……。


 そのまま一月程掛けて四国を回った後は中国地方に上陸。そこでもまた駆け抜けた様で、日本海側を回りながら京都奈良和を過ぎて歌山県へと入るのだったが、そこでまた移動速度が遅くなる。


 そこまで見ていて気が付いた事があった。あまり人の多い大都市には寄っていないのだ。田舎ばかり。かと言ってキャンプ等をしている様子も無く、観光名所や神社仏閣等を見に寄っている様子も無い。それ等を匂わす様な投稿は上がっていなかった。


 ……一体、何をしにあんなトコまで行ってるのかしら……?


 始めの内は嫉妬心でイライラとさせられているばかりだったが、その内疑問が湧き上がって来る方が大きくなる。しかし嫌々ながらもヒカルの投稿を隅から隅まで見てみてもそれはわからなかった。意図的にその辺りを隠している様にさえ思えた。

 

 不思議に思いながらも時折り上がって来る見切れたアオイの姿を見るにつけ、逢いたいと言う気持ちが高まって来る。それはただ恋焦がれる感情だけでは無く、何故突然出て行ったのか、わたしの何がいけなかったのか、わたし以上に良い人が出来たのならばそれはそれで構わない。それならせめて手紙では無く、ちゃんとわたしの目を見て直接話しをして欲しかった。その欲求が強くなっていく。


 ……胸が痛い……。


 このままでは蓋が塞がらなくとも心が病んでしまうのは時間の問題だった。まだギリギリ保っていられたのは、幾らヒカルの投稿を見ていても、そこにはアオイとの仲陸まじい様子が見て取れなかった事だ。二人で常に一緒にいるにも関わらず同じ方向を見ている様には見えなかった。ただ、二人が共にいる事実は変わらないのだ。


 ……訳がわからない……。


 見なければ不安で堪らず、見れば苛立ちで心が乱されていまい、気持ちの休まる暇が無い。


 ……頭も痛い……。


 脳は疲れ切っているが、動いているので身体は疲れていない。スマホの画面を見過ぎているせいもあるのだろう。その内お酒の力を借りなければ寝付けなくなってしまう。


 ……こんな事なら、何も知らなかった方がマシだった……。


 仕舞いには、アオイとの出会いも含めて後悔し始めて来た。


 ……でも、もう一度だけ……一目でも……。





 今日もまたいつもの日々と変わらない。目が覚めるとすぐにスマホでネットの巡回を始める。しかし今日は少しだけ変わった事があった。


 ……ん?


 珍しくメッセージアプリに通知がある。しかしもうぬか喜びはしない。どうせカオリだろう。約束した日にちまではまだだいぶあるが、例の件か若しくはまた食事の誘いとかだろう。


 ……面倒だなぁ……。


 しかし無視は出来ない。前回会った時も電話の前にメッセージをもらっていたのだったが、全く気が付かなかった為にあの電話を受けた。


 ……とてもじゃないけど、今はあのテンションについていけません……。


 何れにしても面倒事を回避する為には、無難な返信を入れる必要がある。諦めてメッセージを開いたのだったが、それはカオリでもなんでも無くただのダイレクトメールだった。


 ……なんだ……。


 リキんで損をした。イラッとさせられて思わずスマホを放り投げそうになる。


 何せその内容がわたしには全く縁の無い集まりのお誘い。その文面から溢れ出るリア充の気配には殊更苛立ちを覚えた。すぐに削除をしようと思ったのだったが、その差出人の名前を見て指が止まった。


 ───あっ! これがあった!

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