第8話 決断と行動 その2

 友人と言っても、今までまともな人間関係を築いて来なかったわたしには、正直その定義があまり良くわかっていなかった。それは今でも変わらない。


 着信のあったカオリとの関係にしても、向こうから「私とユズちゃんって、友達よね!」と言って来たからそう認識しているに過ぎないのだ。


 ……それにしてもこんな時に……。


 実際カオリとはわたしから連絡を取ったためしが無い。向こうから連絡があるにしても卒業後初めてではないだろうか。それもあって驚いた。


 電話自体があまり得意でないのもあるが出るのに躊躇われる。わたしが言うのもなんだがカオリは少し変わっていた。話しをしていると戸惑ってしまう事がしばしば。それもあって少し苦手意識を持っている。しかし無視をする訳にもいかない。経験上、出なければ出るまで掛け続けて来る人なのだから。


 観念して出ると一方的に捲し立てられた。


「あ、ユズちゃん? 私よ私、片桐。久しぶりね! 元気してた? 今忙しい? 大丈夫? でね、今度食事でもどう? 私が空いてる日はね……」


 結局会話にならず「はい」と返すのがやっとの事で、翌日仕事が終わってから会う約束をさせられる。


 ……まぁ久々に人と食事をするのも、気分転換になって丁度いいかもしれないし……。





 


「あ、ユズちゃん! こっちこっち!」

「ご無沙汰してます。カオリさん」


 カオリとは大学三年のゼミで一緒になって初めて知り合った。それまで関わりがなかったのは、カオリは既に一度他の大学を卒業して就職をした後、仕事を辞めてからウチの大学の三学年に入り直していたからだ。その為アオイよりも歳上で当然わたしよりもだいぶお姉さんになる。


「今日はユズちゃんの好きそうなお店にしたのよー。ここってけっこー日本酒揃ってるの。さ、なにから飲む?」

「ありがとうございます……じゃあ……」

「それで、最近はどうなの? お仕事には慣れた?」

「ボチボチですね……」


 今のカオリは以前もやっていた会計年度任用職員として、変わらずに派遣で官公庁の司書として渡り歩いているとの事だ。やはり司書職が良いらしい。わたし達国文出の者は潰しが効かなかった。教職や司書の資格位しか取れないものもあり、その後の皆の進路は様々だ。そんな中でわたしは恵まれている方なのだろう。そんな国文出の者達にとって司書は人気職。しかし狭き門だ。わたしも資格は持ってはいても今後図書館に配属されるとは恐らくないと思う。ただでさえ図書館はどんどん民間の指定管理になって司書を置かなくなっているのが現状だ。


 そんな差し障りのない会話をしながら食事という名の飲み会が進んで行く。


「アダシはね〜」


 ……あ、マズイ……。


 気が付けばお互いだいぶ飲み、カオリはかなり酔っ払って来た。こうなると厄介なのだ。


「アオイ×ユズキがいいのよ~。リバもイイ! 白髪洋風美形とちんまりとした黒髪日本人形! そんなのアダシのヘキに刺さるにキマッテルじゃない! ……アァ……尊い……」


 ……始まった……。


 相変わらず何を言ってるのかサッパリだ。


 カオリは自称オタクなのだそうだ。以前その辺りの話しを聞いた事があったが全く理解出来なかった。色々と好きなものが多いらしいが、中でも日本の戦国時代とかそれよりも昔の時代辺りが好きなのらしく「好きが高じて史学部は出たんだけどね、もっとちゃんと古文書を読んでみたくって」その為にわざわざ国文に入り直したのだと言っていた。趣味に全力投球で生きている。


 その趣味自体は別に構わないが、こうなってしまうともう手が付けられない。お手上げ。ここで下手に口を挟んではいけない事は経験上良く知っている。例え挟んでも無意味で疲れるだけだし、なんなら火に油で更に酷くなってしまう。最善手は好きなだけ勝手に喋らせて、沈むまで大人しく待つしかななかった。学生の時にカオリとは何度か飲んだ事があったが、その時はいつも隣にアオイが一緒にいたから対処してくれていた。しかし今は違う。わたし一人だ。


 ……果たしてこの場を上手く乗り切って、無事に帰れる事が出来るのかしら……?


 不安になって来たが流石はカオリ年の功。このお店はとても良かった。料理もさる事ながら美味しい地酒が揃っている。これは腰を据える必要があると、適当に相槌を打ちつつお酒に舌鼓を打ちながら聞き流していたのだったが、突然カオリの口からヒカルの名前が出て来て口を挟まずにはいられなかった。


「え!?  ちょ、ちょっと待って下さい! 今なんと?」

「だ〜か〜ら〜、アオイ×ヒカルじゃないのよ〜って。ユズちゃんがんばってよ〜って」

「いえ、その前です!」

「え〜……」


 酔っ払いからまともに話しを聞き出すのは大変な作業。お酒を取り上げて水を飲ませると、宥めすかしてわたしにもわかる言葉で話してもらうまでには結構な時間と体力を労した。


「……ほら、今アオイちゃんはヒカルちゃんと一緒じゃない?」

「それです! なぜそれを!」

「ホラこれ~」

 

 そう言うとカオリは鞄からタブレットを取り出し私に見せつける。そこにはアオイとヒカルの二人が写っていた。


「な、何ですかこれは!」


 カオルからタブレットを取り上げると食い入る様に見つめた。


 アオイは斜に構えてタバコを吸っており、その横でヒカルが癪に触るほどの笑顔でこちらに向いている。間違いなく他人の空似ではない。


 髪の長さや服装からしてアオイが家を出て行ってから撮ったものだと思う。家から無くなっている服を着ている。そもそも出て行く以前なのだとしたら、常にアオイと一緒に居たわたしがこの状況を知らない訳がない。それに二人ともカオリとはそこまで仲が良かった訳でもなかった。


 ……だとするとこれは……。


 ───わたしが知らない間にアオイと会っていたとは!


 出て行った後に会ったとしか考えられない。 


「こ、これはいつ、どこで撮ったのですか! 教えて下さい!」


 テーブルを乗り越えてタブレットを壊れんばかりに握り締めて詰め寄った。


「アタシじゃないよ〜。知らない人〜。でもヒカルちゃんがとったのもあるわね〜」


 軽くいなされるとそう言ってわたしからタブレットを取り上げテーブルの上に置き、得意げに操作し始める。


「……こ、これは一体何事ですか……」


 それを見て訳がわからず混乱してしまった。


 そこには二人の姿が写っている写真が何枚もあった。見ていて頭が痛くなって来る。これはお酒のせいなどではないと思う。色々な事を想像してしまったせいだ。

 

「あ~やっぱユズちゃん知らなかったか〜。ほらこのバイク……」


 混乱するわたしを他所に一枚の写真を指し示す。エイチピーなんとかと言われてもオートバイの名前なんて全くわからない。ただ、この鳥の嘴みたいなのが付いているずんぐりとしたオートバイには見覚えがあった。アオイが最後まで残していて、それに乗って出て行ったオートバイだ。それに間違いない。聞けばそれは少し古い外国製の物なのらしく、国内にはあまり数が無い珍しい物なのだそうだ。それを知っていたカオリは、最近会っていないわたし達の事を気にして何気なくそのオートバイの名前で検索していた所、この写真を見つけたのだとか。アオイとヒカルにばかり目にいって、周りの風景とか他の物は目に入っていなかった。よく見ればそのオートバイを前にしてアオイとヒカルが湖をバックにして写っている。


「アオイちゃんの乗ってたバイクって、メッタに見ないじゃない? 検索したらすぐに出てきたわ〜。ついでに色々掘ってみたらアオイちゃんとヒカルちゃん、二人仲良くあっちこっち行ってるみたいじゃないの~。だから気になってね〜昨日ユズキちゃんに連絡取ったわけ〜」


 他の写真には見切れていたりしてアオイとすぐわかるものは少なかったが、明らかにヒカル本人とわかるものやアオイのオートバイ等の写真があった。

 

「コレはヒカルちゃんの裏アカのやつかな? コッチは……」


 混乱しているからだけではなく、説明されても理解が追い付かない。


「……つ、つまりは……どう言う事なのですか?」

「ふふ〜ん。教えて欲しい? だったらさー、おねーさんのお願い聞いてくれるかな?」


 今度のお盆の時期、一日だけ開ける様に言われた。一瞬祖母の墓参りの事が頭をよぎったが一日位なら大丈夫だろう。どうせ独り身になった今、他に予定なんて何もない。


「構いません! お願いします!」

「ヨーシ! おねーさん、がんばっちゃうぞー!」


 わたしを見るカオリの目が怪しく光りゾクっとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る