第7話 第二章 決断と行動 その1

 この祖母から譲り受けた家は引越し先を決めてから処分するとして、不動産屋へ連絡を取れば済むで話だ。丸投げ。家具やら小物はリサイクルショップへ連絡してまとめて処分してもらうのが良いだろう。その方が手間が省ける。なら車はどうする?


 その辺に捨てられない事位は知っている。幾らゴミ処理券を張っても粗大ゴミに出せない事も。なら餅は餅屋。車屋さんに知り合いはいないが、この車を買った所なら相談出来るだろう。


 何かないのかと車の中を探してみた所、車検証を挟んである袋を見つけた。


「……フォレスト・ガレージ……?」


 表に書いてあった名前からしてこの車を購入した所なのだろうか。見れば名刺も一緒に入っている。住所を確認してみると割合近所だった。ならばと早速連絡を取り、次の休みの日に車に乗って向った。


「あの〜、連絡をした橘と申しますが……」

「あ、伺っております。いらっしゃいませ」


 鬱蒼と茂った林の中にその車屋はあった。事前に話しは聞いてはいたが本当にこんな所を進んで良いのかと不安になる道のりだったが、開けた所にアオイのと似た様な車が沢山あるのを見てホッとした。


「分かりにくい所にあって大変だったでしょ?」


 ツナギを着た小柄な男性が笑顔で対応してくれた。


「い、いえ……大丈夫です……」

「すいませんでしたね。あ、私シンジョウと言います。このジムニーですね?」

「はい。お願いします」


 早速色々と確認し始める。その様子を黙って見ていると、突然シンジョウが微妙な顔付きになり「あ〜、やっぱり……」と呟きながら車検証を手にし、難しい顔でわたしに向いて来た。


「……この22、能守さんのですよね……」


 ニーニーが何かはわからないが、この車の事を指しているのだろう。ならばアオイの物で間違いは無い。


「はい。そうですけど?」


 免許証を見せて状況の説明した所、すぐに納得してくれた。


「あー! どこかで聞いた事があるとおもったら橘さん! 能守さんがご厄介になってる家の!」


 随分すぐに理解してくれたと思ったら、アオイはここでもアルバイトをしていた事があり、わたしの事も聞いていたのだとか。


 ……相変わらず顔の広いことで……。


「そーですかー、それで処分をしたいと。それは残念です……」


 それはアオイに対してなのか、わたしに対してなのかはよく分からなかったが悲しそうな顔になった。


「はい……」

「……ですが……う〜ん……」


 そしてまた難しい顔に戻る。


「何か、問題でも?」


 これが結構大有りだった。


「まず、そもそも名義人が違いますから……」


 事情がわかっても、現状でのわたしは他人の車を勝手に処分しに来たのと変わらないのだそうだ。幾ら住所が同じでもアオイと籍が入っている訳では無い。


「幸い、能守さんが既に書類も用意をしているみたいですから……」


 わたしに名義を変更する為の種類はアオイが既に用意してくれていた様で、それが車検証と共に入っているらしい。後は提出をすれば済む話しなのだが、その処理を車屋さんに頼むとなると当然ながら費用は掛かる。


「それについてはこちらも仕事ですから請け負いますよ。問題はありません。しかし……」

 

 この車はこのお店から出た物には違いが無かったが、その後でアオイがだいぶ改造してしまっているのだそうだ。


「……改造? を、しているとダメなのですか?」

「それ自体は問題ありませんよ。全て車検を通る範囲でイジっていますから。ただ……」


 素人の手が入った物は何かと問題があるのだとか。


「能守さんって、手先が器用でしたけど……」


 奔放な性格なものだから結構いい加減。配線とかがゴチャゴチャしているそうだ。部品として値段の付く物もあるが、それを外したりする手間賃でトントンになってしまうと。


「それ自体もウチは専門店ですから大丈夫ですし、能守さんの関係者ですから勉強はさせてもらいますよ。ですがコレばかりはどうも……」


 そう言って車を回りながら色々と説明してくれた。


 ……でも、エンジンとか見せられても、わたしじゃわかりませんよ……。


「それでほら、こんな感じでこの車両はサビが多いでしょ? ボディもグズってます。普通の車ならこんな状態で走っていられませんよ。ラダーフレームのジムニーだから何とかなってますが……。あ、フレームも結構キテましたね……。ほらこんな所にも穴が。雨の日に下から水が入ってきやしませんでしたか?」


 確かに言われてみれば後ろに置いていた荷物がいつの間にか濡れていて、何か漏れた? 車なのに雨漏り? と不思議に思った事があった。


 ……流石に床に穴が空いてるとは知らなかった……。


 フロアのカバーに隠れて見えなかった。


「……それってつまり……」

「そう。コレかなりボロなんです。サビは主に塩害ですね。前のオーナーがメンテナンスを怠っていたからでしょう。そもそもコレ、鉄パンが薄いですからね」

「はあ……」

「それと……」


 カソウコウだとか車種的にあまり人気の無い部類なのだとか、丁寧に色々と説明してくれたのだったが、何れもわたしにはサッパリだ。しかし状況は理解出来た。どうもアオイはそれらを承知の上で安く譲り受けたらしく、自分で直しながら乗っていたらしい。


「残念ながら、得てして車は買う時は高くても売る時は安いのものなのですよ。それを抜きにしてもコレはちょっと……。それに正直私達も査定を見誤ってしまう事がありますが、コレはよく知っている物なので……主に悪い所ですが……。それを踏まえてお売りして頂くとなると、経費などを引いて頑張ってもこの位の金額にしか……」


 差し出された電卓の数字を見て目が丸くなった。


「え!? 車なのにこんな安いのですか?」


 わたしの乗っている自転車の方が高いとは思わなかった。

 

「ですから正直、ウチで引き取るのはあまりお勧め出来ません。捨てるつもりでしたら構いませんが……」

「……はぁ……」


 車を処分する事は、今までの思い出と共に綺麗さっぱり清算する為の意味合いが強かった。だから金額についてはあまり関係無いのだと考えていた。しかしアオイとの思い出に値段を付けられた様な気持ちになり、しかもそれが考えられない様な低い金額だったものだからショックを受けてしまう。結局その場では決めずに一旦保留にして乗って帰る事にした。


「何かありしまら、何時でも相談下さい」

「ありがとう御座います。お手数をお掛けしました……」


 ……なんか気が抜けた……。


 車屋に行った勢いで、不動産屋にも連絡を取ったり引越し先を探そうかと思っていたのだったが拍子抜けしてしまう。そんな気持ちなんかどこかに吹き飛んだ。結局その日は何も手を付けられずに終わってしまった。






 あの日以来何もしていない。また変わらない鬱々とした日々を過ごしている。そんなある日、突然スマホがけたたましい音を出して驚いた。


 アオイと祖母がいなくなった今、わたしのスマホはその機能を発揮する事が殆ど無かった。目覚まし代わりに使っているので充電はしていたが、仕事中にも音を切らずそのままにしていても不都合がない程に。それが突然鳴ったものだからとても驚いた。仕事から帰って一人家にいた時で良かった。


 ───アオイ!?


 アオイが家を出たと知ったその日から、何度も電話をしてメッセージも送っていた。しかしコールはするも一向に出る事はなく、その内に『……電源が入っていないか……』と呼び出す事が無くなり、数日経つと『……この番号は……』回線自体失われてしまっていた。


 しかし例えスマホが繋がらなくとも、本気でわたしから離れる為に解約までしたのだとは考えていなかった。そこまで嫌われていたとは思えなかったのもあるし、思いたくもなかった。アオイの性格上、スマホを落としたかで無くしてしまい、仕方がなく解約したのだろうと考えている。そう考えなければいけない気がしていたのもあった。その為、新たに契約し直してわたしに掛けて来たのかも知れないと、胸を高鳴らせてスマホの画面を覗き込んだ。


 ……違った……。


 ぬか喜びだった。そこに表示されていたのは知らない番号でも公衆電話でもなく、以前のアオイの番号でもない。大学時代の数少ない友人の『片桐香』だった。

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