第6話 向上心のある女 その1

 私、藤掛七海は本来ここに所にいるべき者ではないのだと常々考えています。いずれは隅田川を越えて……。いえ、やはり憧れの山手線内側に行きたいものだと考え、日々研鑽する毎日です。


 勤続も◯年になりました。まだベテランとは言えないまでも新人でもない立場。ヒラとは言え責任のある仕事も任されています。


「藤掛くん。今度ウチの部署に新人が来るのだけど、その子のこと頼めるかな?」

「はい。お任せ下さい」


 後輩の面倒を見るのも大事な仕事の内です。喜んでやりましょう。そして見事やり遂げて見せます。私の評価を上げるチャンス!


「こ、今度配属された橘と申します。よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく。藤掛です。では早速……」

 

 新しく来る新人は、大卒一類の女子と聞いていましたから、堅苦しいかプライドが高くて取っ付きにくいタイプだったらどうしようかと心配していました。しかしそれが杞憂に終わりホッとしています。小柄で大人しく素直な子ですね。悪く言えば自信の無さそうな……。初めて会った時、緊張していてオドオドもしていましたから、こんな事でこの先大丈夫かと心配した程です。


 根が真面目なのでしょう。仕事は丁寧です。ただ正直要領はあまり良くありません。複数タスクが苦手な様ですね。しかしそんな者はここには大勢います。皆似た様なもの。いずれ慣れてくれば大丈夫。何せ同じ事の繰り返しが多い仕事なのですからね。むしろその性格はこの仕事に合っているかとも思いますよ。頑張って下さいね。無理して心を病まない様、時には力を抜くのも大切です。


 ……早々に辞められでもしたら、私の評価に響いてしまうかも知れませんからね……。


「……いいですか? 繰り返しますが、ここの所はこうしませんと」

「は、はい!」


 ……何度も教えるのは手間が掛かって大変ですね……。


 それでも諦めずに指導していると、暫くすると何とかこなせる様になって来ました。季節が二つ変わった頃にはもう一端の職員になりました。これは私の指導の賜物と言えましょう。大変でした……。しかしこれで私の評価も上がるはず! このまま評価を重ね上げて、いずれは区間交流で憧れの区に移動したいものです。ここは下町人情溢れる良い土地柄だとは思いますが、人には相応しい場所があると思うのですよ。採用試験の時は倍率を見て諦めて妥協しここに居ますが、まだ完全には諦めた訳ではありません。理想は港区ですが、せめて新宿、文京……。厳しいでしょうか?


 しかし諦めたらそこで終了と言います。何事も日々の努力に研鑽が肝要。その為には後輩のケアもしっかりと努めます。


「橘さん、お昼ご一緒しませんか?」


 見ていると、彼女は同期との絡みがあまり無い様です。友達も少なそうでした。一人でお昼を取る事の多い彼女の事を放ってはおきません。大事な私の礎ですからね。面倒見が良い先輩はプラス評価になる筈です。どうですか? ちゃんと見ていてくれていますか?


 ……ですが、あまり心配する必要はなかったみたいですね……。


「え!? 付き合ってるのがいて、しかも同棲中?」


 彼女の手の込んだお弁当を見て話しを膨らませていたらそんな話しになりました。まさかこんな子が(失礼)私よりもよっぽど進んでいただなんて……。手に持っているコンビニで買った食べ掛けのサンドイッチを見て悲しくなって来ました。


 ───ま、負けてられまけんよ!


 その日は定時で上がると、急いでエステやジム、勉強会のチェックを始めた次第です。

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