第4話 別れと出会い その3
幾ら好きあっている者同士でも、一緒に暮らすともなればお互いの知らなかった一面が見えて来て戸惑うもの。しかしわたしはある程度の事は覚悟をしていたのと、心の蓋が完全には取り切れていなかったからか特にアオイに関しては問題はなかった。向こうがどう思っていたのかは知らないが……。
むしろ幸せを噛み締めていた毎日。そうこうしている内に蓋も完全に取れて、今までの事を思うと、こんなにも幸せで良いのかと不安を覚えた位だった。しかしそれでも多少は変化が生じるもので、その都度驚いたり恥ずかしがったりとしていたものだ。
祖母の家は駐車場と庭もあったがこじんまりとした二階建の一軒家。一階には水回りが集中しておりリビングと祖母の部屋があった。二階には部屋が二つだけ。一つはわたしの部屋として使っており、もう一つは亡き祖父が使っていた部屋だったが、その時は物置代わりにされていた。その部屋をアオイの部屋にするつもりで早速片付けようとしたのだったが「どうせ荷物を置いとくだけだから、そのままで構わない」などと言い出す。
その理由の一つに、自分は喫煙者だから、家にいる時部屋はあまり使わない、との事。その言葉通りダイニングテーブルの換気扇下がアオイの定位置となった。しかし祖母も嗜むのだから気にしないと言ったのだったが、そこは一応居候の身として譲れないものがあったのだろう。殊勝な事だ。
「それに、寝る時はユズキと一緒だしね」
…………。
三人での生活が始まると、朝起きたら必ずといって良い程祖母から絡らまれる様になった。
「おはよう柚木。昨晩はごちそうさま。朝からもうお腹一杯だよ。ハハハ!」
他にも「若いってのはいいねぇ、てうらやましい。釣られてアタシも若返っちまいそうだよ」「ん? それが今日の朝飯かい? もう少し精の付くモンの方がいいんじゃないか……」云々。
これには初めの内こそ顔を真っ赤にして閉口したものだったが、その内慣れて軽くいなせるようになる。むしろ堂々としていた。
「お耳汚し、お粗末さまでした」
「いっちょ前に!」
祖母は父に啖呵を切った様にサバサバとした性格だったが、一緒に暮らし始めた頃は距離を測りかねてギクシャクとしていた。これは主にわたしのせいなのだが。しかしアオイと付き合う様になると共にその距離は徐々に縮まり、アオイと一緒に住む様になってからは互いに軽口を叩くまでの間柄になる。
それと知らなかった祖母の側面がもう一つ。暮らし始めた頃はそんなそぶりは見せなかったが実はお酒好き。一緒に住み初めた頃はわたしがまだ未成年だったから遠慮していたのだろう。しかしアオイがいける口だとわかると毎晩の様に酒盛りが始まる。
「ほら! 柚木もそんなトコいないでこっち来な!」
「そーそー、のまないでもいーからさー」
「はいはい……」
酔っ払いは処置なし。百年の恋も冷めようもの。しかしわたしも呑める歳になると酒席を共にする様になり、最後まで残っているのはわたしだった。
……アオイは好きだけど、そんなに強くなかったのよね……。
わたしの呑兵衛は祖母譲りだったらしい。そんな祖母とはいつしか歳の離れた女友達の様な関係になっていく。肉親ではあるが数少ない大切な友達でもあった。その辺りはアオイには感謝しかない。
そんなわたしに対してアオイには友達が多かった。そしてわたしと真逆でとてもアクティブ。
幾ら家賃が掛からなくなったとはいえ、学生がアルバイトで稼げる金額はたかが知れている。アオイはいつもお金が無かった。しかし服やら何やら色々周りから貰う事が多く物には不自由してい。ご近所さんからのお裾分けも、明らかにわたしや祖母よりも貰う頻度が多かった。やはり顔なのだろうか? それと性格だろうか?
その極めつけがオートバイ。ある時アオイが家の駐車場が空いているのを見て「バイク、置いてもいいですか?」と言い出す。祖父が存命な頃は車を所有していたそうだが今は無く、駐車場にはわたしの乗る自転車が置いてある位で全く使っていなかった。「構わんよ」「どうぞ」「ありがとう!」そうしたら早速どこからかオートバイを持って来た。気が付くとそれは日に日に増えて駐車場だけでなく庭先にまでにオートバイが侵食。
「こんなに一体どうしたの!?」
お金が無いのは知っていたから不思議で堪らず驚いたものだ。
「この手のはね、欲しいって手を挙げていると、不思議と集まって来るものなんだ」
当然そうな顔をして話してくれた。オートバイという物は、家庭の事情や色々な理由で突然乗らなくなったりするものらしく、先輩友人達、はたまたその知人から回って来た物なのだと。
祖母は「アタシも若い頃はね……」だなんて懐かしがっていただけで増殖するオートバイに関しては何も言わず、わたしは洗濯を干すのにちょっと邪魔だったが、アオイがとても嬉しそうに弄っている姿を見ていると何も言えなかった。今まで手に入るチャンスがあっても叶わなかったのだろうから。
……でもご近所さんから「バイク屋さんを始めるのかしら?」って言われた時は、ちょっと恥ずかしかったわね……。
しかし人が楽しそうにしているのを見ていると気になるもので「これって、わたしでも乗れるのかな?」と、興味本位で聞いたのがいけなかった。「あ! ユズキも興味ある!? じゃあ後ろに乗せてあげるよ!」早速ヘルメットを用意され後ろに乗せてられたのだったが、「───ヒ、ヒィー!」すぐにも怖くなり足が震えて断念。しがみついて止めてもらう。泣きそうに、いや泣いた。漫画みたいに恋人同士が楽しそうにするだなんてわたしにはとても無理だった。結局ケガはしないものの暫く足腰が立たずに地面に座り込んでしまう羽目に。その横でアオイがとても申し訳なさそうな顔をして見ていたのを今でも覚えている。
……少し憧れていたんだけどなぁ……。
その件があったからなのか、徐々にオートバイは減っていき、いつの間にか一台大きいのを残して綺麗さっぱり無くなった。その代わりに今度は車がやって来る。
「これならユズキも大丈夫でしょ? それにほら、おばあさまも乗れるしね!」
軽だし古くてボロボロだけど……と、はにかんでいた笑顔は今でも忘れない。アオイに対しての気持ちが更に深まっていったのを覚えている。そしてそれをわたし以上に祖母も喜んでいた。
「ついでだとしてもありがたいね……。よし! ユズキ、アンタも免許を取りな!」
元々在学中に車の免許は取る予定だったから問題はなかったのだか、ここで一つだけ問題が。
……オートマ限定だったら、あんなに苦労しなかったと思うのよ……。
アオイの車に合わせてマニュアルの免許を取る必要があった。教習所では今時珍しいと言われ、教教官にも何度かオートマ限定コースを勧められたものだった。結構な時間とお金が掛かったが、そんな事も今では良い思い出。今はもう大丈夫……だと思う。アオイと側はわたしにあまり運転させたがらなかったが。
その車は確かに古くてボロかった。今時窓を開けるのに手で回すのには驚いた。走ればあちらこちらから音が聞こえて来て不安を誘うしポンポン跳ねる。それと見かけよりも中が狭くて窮屈。他の車をあまり知らなくとも乗り心地が悪いのは明白で、控えめに言って快適では無かった。しかしその四角張ったフォルムに丸いライトが可愛らしくてどこか憎めない。気に入っていた。それは何よりもアオイの運転する横に乗れると言うのが嬉しかったのだと思う。
大学生は暇な時間が多いと言われているが、アルバイトに学業、祖母の事もあって互いに何かと忙しく、遠出こそは出来なかもののそれでも山や海に買い物、デートにと、アオイとその車でよく出掛けたものだ。その一つ一つが大切な思い出。今もこの車の中に入ればその時の事が思い出されて胸が熱くなる。
……だからといって……こんな物を残されてもね……。
アオイが家を出てかと言うもの、一応仕事には行っているし食事も喉を通る。まだ大丈夫なはずだ。しかし何とか人並みの生活を送っているとは言え、夜毎の酒量は増える一方だし仕事もおぼつかなくなって来ている。このままでは不味い事は自覚していた。
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