第3話 別れと出会い その2

 父としては、疎ましく思う二人をまとめて遠くに置いておく事が出来て好都合だったのだと思う。ついでにわたしが行けば、高齢で一人暮らしの祖母の面倒を見させるのに丁度良いのだとも考えていたのかも知れない。その証拠にわたしが家を離れてからというもの、今に至るまで一度として祖母もわたしも、父とその家族には会っていない。事務的な連絡すら向こうからはして来なかった。何れにしても当時のわたしは、祖母の元へ行く事について何の感慨もなく素直に従った。





 祖母は千葉県の外れの東京寄りに住んでいた。初めて着いた時は、今まで住んでいた場所とそう変わらない地方都市なのだと思っていたが、意外に都心へのアクセスが良く思ったよりも発展している街だった。高校を卒業したわたしはその地で祖母と二人暮らしを始める。


「……いいかい? 柚木、社会に参加するってのはだね……」


 祖母の持論では、歳や学歴は関係なく、働くというその意識が重要であり、それの無い者が社会に出ても碌な事にならない。当人もさることながら周りに迷惑を掛ける事になるのだといった事を口酸っぱくして言われた。恐らく父で相当懲りた経験があるのだろう。


「……学校ってのは、校の文字通り知識を学ぶ場であり、学生ってのは生きる事を学ぶ者の事になるんだが……」


 祖母曰く、学校は社会に出るまでの準備期間の場。そこに居るのが学生なのだが、当時のわたしはそがまるっきりなっていないとの事。


「だから、ちゃんとした学生生活ってやつをやり直しな!」


 授業料などはアタシが面倒みてやるから、と。つまりは大学へ進学する様に言われた。


「はい」


 



 正直、その時は別に大学へ行きたいとは思っていなかった。そう言われたからそう従っただけだ。勉強は得意な訳でも好きでもない。やらなきゃいけないと言われていたからやっていた。その為、学校では大人しく授業を受けていて、言われた通りに勉強をしていたから成績は悪い方ではなかった。ただそれ以外の学校行事は全くダメだったので、その点は内申点を重要視重しない大学受験で良かったと思う。高校への進学はそもそも望むべくもなかった。今では大学に行かせてくれた祖母にはとても感謝している。


 結局わたしは都内の私立全日制四大の文学部日本文学科へと進む。


 祖母の家から通える範囲でわたしの学力に見合う学校。当時は特に何かを学びたいという欲求は無かったが、本を読むのは嫌いではない事からの消去法によるもの。学士を志す者としてはどうかと思うが当時のわたしでは仕方がなかったのだと思う。


 しかし結果としてその選択は正解だった。それはアオイに出会えたからに他ならない。





 

 初めてアオイを認識したのは同じ一般教養の講義を受けた時になる。それ以前にも校内のどこかで見掛けたかも知れないが、わたしとは人種が全く違うので目に入っても認識出来ていなかったと思う。何せ一年の一学期が始まったばかりだと言うのに、アオイには既に男女共に沢山の友達がいて、その中心に居る様な人物。


 目を引く見事な赤毛の(後に地毛で、レデイッシュヘアなのだと聞いた)短髪で、(これも後でウルフカットとだとか……)中性的な顔立ちに瞳の色が緑がかっていて背も高く、日本人離れしていた美形なものなのだから、こんな人が普通に歩いているだなんて流石は東京だ。と、当時のわたしでも関心したものだ。


 そんな芸能人か本から出て来たかの様な眩しい者と、当時のわたし(今もそう変わらないけど……)なんかとは全く接点が無い筈であったが、驚いた事に向こうから話し掛けて来た。


「こんにちは、隣の席いいかな?」

 

 これには何かの冗談かイタズラかと思った。その時はそれ以上の感慨は湧かずに気のない返事を返すだけだったが、代わりに周りに居た者達がザワついていたのを覚えている。

 

 その日を境にアオイはわたしを見掛けるたびに声を掛けて来る様になった。地味な服装で性格は暗く目立つたちではないのに、アオイにはすぐに見つけられてどこからともなく現れた。


 例えばアオイが喫煙所で友達と談笑していても、わたしが近くを通るのを見つけると友達を置いてすぐに「やあ!」と言いながらやって来る。わたしが取っている講義はいつの間にか把握されており、講義室前で待っているのは序の口。自然と校内を一人で歩く事が少なくなり、講義や食堂で席に着くと当然の様な顔をして隣に座って来る様になるまではそう時間は掛からなかった。


 そうなると当然話しもする様になる。一方的にだっだが。しかし幾ら言葉を重ねられても当時のわたしには全く届かない。それがどんなに甘い言葉であってもだ。それ程に鬱屈していた。しかしそれと同時に行動が伴うと少しづつだが心も動き出す。同時に何故わたしを? と、気味も悪かったが……。更にそこは当時のわたしだったからというのもあった。知り合ってから幾日か経った後、アオイからの「付き合おう」との告白に対して「はい」と素直に頷いた。


 しかし傍目から見ても随分と不思議なカップルが出来上がったものだと思う。それは当人が一番自覚している。


 祖母の元に来てからは乱れ放題だった髪の手入れもされて薄く化粧もされる様になり、服装も改めさせられて、ある程度は見られる格好にはなっていたが、本質的なものは何も変わらない。そこはやはりわたしである。どこに出しても恥ずかしくない隠キャ。方やコミュ力満載の美形陽キャ。

 

 しかしそれまでは全く気にしていなかったが自分がそうとなると視界が広がるもので、よくよく周りを見てみると大学生と言うものは一種独特なものである事に気付いた。自分達がそうである様に実に不釣り合いなカップルが多く見られる。そして周りもそれが当然であるかの様に扱いあまり気にしていない。高校時代には視界に入らなかったのか、社会人ではあまり見掛けないのは学生の内に別れてしまうのかは知らないが。今の自分の様に……。


 初めの内こそアオイと付き合う様になった事にわたしよりも周りが驚いていたものだったが、いつしかそれは自然な事となり、アオイとセットで居る事が当たり前となった学生生活になる。


 その後わたしの心の蓋は少しづつ剥がれていく。人との軋轢で生じたのだから、人と交わる事でほぐれたのであろう。徐々に世界に色がつき始める。


 ……あれだけあんなに愛されれ続ければ、永久凍土だって溶けそうなものよね……。


 正直、幾らしても何年経ってもあの行為は未だに恥ずかしい。少し思い出しただけでも顔が熱くなる。当然ながら付き合うだなんてアオイが初めてだった。恋人同士がどうこうするのだなんて本で読んだ知識しかなかった。それは今も変わらない。その手の話しが出来る友達なんてもちろん居なかったし、今もいない。アオイは当時、「私も柚木と同じだよ。付き合うのは初めて」だなんて言っていたが、流石にそれは無理があるだろうと今でも思っている。


 二人が同じなのは、共に両親に恵まれていない境遇だった事位だろうか。


 アオイは幼い時に両親を亡くして縁戚の元をたらい回しにされ、苦労を重ねていたそうだ。それもあってか学年は一緒でも歳上だ。そしてその際に処世術を身に付けていた。小さな頃からあの見た目では、周りから色々と疎まれてしまい必要に迫られてなのだろう。アオイは実に上手く人の懐に入り込む。その派手な見た目にも関わらず、むしろそれのお蔭なのか老若男女問わずに人気者。その魅力はわたしの祖母にも遺憾なく発揮された。


「本当なのかい!?」


 お世話になっている扶養の身としては報告するのが当然だからではなく、わたしの変化に気が付いた祖母に詰め寄られて口を割らされた。恋人が出来たのだと伝えた所、驚かれるのと同時にとても喜ばれ、是非家に連れて来いと言われたので紹介をする事となる。


「初めまして。柚木さんとお付き合いさせて頂いている能守蒼と申します」

「あらあらまぁまぁ! これはこれはご丁寧にどうも!」


 会って一目でその爽やかな笑顔にイチコロでした。


 うっとりしてご機嫌な祖母は、話している内に現在奨学金で学校に通い、一人暮らしの勤労学生なのを知ると「なんだい、それなら……」無駄な家賃なぞ払う必要は無い。ここに一緒に住む様にと提案をする。


「本当ですか!? おばあさま、ありがとう!」

「一人も二人も一緒さ! 構わないよ!」


 そこからアオイも加わり三人での暮らしが始まった。

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