第14話 初任務


 山本のあの一件以来、隊の中ではわずかな不協和音ふきょうわおんが続いていた。

 しかし、伊藤と神威を筆頭ひっとうに隊は訓練を重ね、確実に実力をつけていた。


 そして、とうとう雛たちにはじめての任務が与えられることとなった。



 伊藤に呼び出された隊員たちは整列し、話に耳を傾ける。


「皆、よく頑張ってくれた。黒川様も認めてくださり、はじめての命を下さった」


 文書を読み上げていく伊藤の声を聞いていた雛は、ある言葉を聞いた途端愕然がくぜんとした。


「暗殺……」


 その文書には、『黒川がこれから作る世に邪魔となる者たちを暗殺すること』という内容が記されていた。


 当たり前だが雛は今まで人を殺したことなどない。

 大義名分たいぎめいぶんのためとはいえ、人殺しなど……。


 雛の動揺は誰から見ても明らかだった。

 青ざめた顔で視線が挙動に動いている。呼吸まで少し浅くなっていた。

 何を考えているのか想像ができる。


 伊藤は雛に言い聞かせるようにゆっくりと話す。


「いいか? 黒川様が描く、皆が幸せに暮らせる世を作るため。

 それを邪魔する者を排除しなくてはならない。

 誰かがやらなければいけないんだ。

 国のため、民のためなのだ。わかってくれ」


 本当にそうなのだろうか。

 国のため、民のためなら人を殺めることは許されることなのか?


 困惑している雛の肩に、伊藤の手がそっと置かれる。


「斎藤、おまえはこの国の未来のため、人々の幸せのためにその力を使いたいと言ったな?

 世の中にはおまえが考えられないような悪いやつが存在している。死んでもしかたないくらいの。そういう悪い奴らが善良な人々を苦しめている。

 斎藤、おまえは優しいから放っておけないだろう?

 誰にも裁くことができないのなら、私たちが裁くしかない。

 おまえが必要なんだ、力を貸してくれ」


 伊藤のその真摯な想いや態度は、雛の心を揺れ動かす。


 きっと伊藤についていけば、たくさんの人が助かる。


 そう自分に言い聞かせ、雛は伊藤に頷き返すのだった。





 ついに任務を実行に移す時がきた。


 夕刻、皆が伊藤のもとへと招集しょうしゅうされ、作戦を言い渡される。


「今回、出動してもらうのは、中村、斎藤、高橋の三人。

 私とあとの三人は屋敷で待機だ。大勢で動くとあちらに気づかれてしまう恐れもある。

 中村は目的地に着いたら外で待機し、二人の帰りを待て。

 実行するのは斎藤と宇随。中村は何かあったときすぐ二人を援護できるように」

「はい!」


 三人は返事をすると準備をはじめるために部屋から出ていく。

 作戦実行は真夜中、まだしばらく時間があった。


 準備を終えた雛は心を落ち着かせるため、庭で一人剣を振るっていた。


 一心不乱に剣を振るう雛。


「よかったな、はじめての任務で大役だ。

 まあリーダーだし……まさか失敗はありえないよなあ!」


 雛の前に姿を現した山本は、嫌らしい笑みを浮かべる。

 動揺させ、任務が失敗に終わればいいとでも思っているのだろうか。


 山本のことは無視し、雛は剣を振り続けた。


「ちっ、いつまでそうやって涼しい顔していられるかな!」


 そう吐き捨て去っていく山本の後ろ姿を見つめ、雛は大きく深呼吸する。

 気を取り直し、集中するとまた剣を振った。



 雛と山本の様子を物影から見守っていた神威は、ほっと胸をなでおろした。


 山本がこれ以上雛に何かするようであれば、出て行こうと思っていた。

 しかし、なんとか収まったようだ。


 これからのことを思うと、神威の胸は痛み、不安を覚えた。


 彼女の優しさが、その志の邪魔とならなければいいが……。

 きっと、彼女にとって多くの苦難がこれから待ち構えていることだろう。


 神威はそっと雛を見つめたあと、その場から姿を消した。





 夜もけた闇の中、三つの影が動いた。

 すばやく動く影たちはどこかへまっすぐと走っていく。

 その影は大きな屋敷の門の前で止まった。


「俺はここで待つ。あとは頼んだぞ」


 神威が二人に視線を向けると、雛と宇随は頷いた。


「行こう」


 雛と宇随は屋敷の中へと消えていく。

 その背中を見送った神威がつぶやいた。


「……雛、頑張れよ」




 闇の中を駆け抜けていく。

 途中で見張りが何人かいたが、なんとかやり過ごす。

 目的の部屋はもうすぐだ。


 緊張が増し、雛は喉が渇いてゴクリと唾を飲み込んだ。


「何者だ!」


 雛たちを発見した男がこちらに刀を向けた。

 

「ここは俺に任せろ、おまえは先に行け!」


 宇随は剣を構え、男と対峙たいじする。

 雛は一瞬迷ったが、すぐに気持ちを切り替えた。


「頼みます!」


 雛はその場から走り去る。


「待て!」


 男が雛を追おうとする。

 宇随は男の行く手を遮るように、目の前に立ちはだかった。


「おまえの相手は俺だぜ!」


 宇随は不適に笑うと男に向かっていった。



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