第13話 雛の正体

 次の日から、さっそく訓練が始まった。


 持久力、筋力、素早さを上げるトレーニングと共に、実践形式で二人一組になり試合を展開していく。

 それを六人がローテーションで回っていくという仕組みだ。

 全員が一度は手合わせできるようになっていた。


 雛、神威、宇随は最強トリオの名のもとに、好成績を残していく。


 もちろん宇随は、雛と神威以外には負けなかった。

 しかし、どうしても二人には敵わない。


 そんな中、注目されたのは雛と神威の勝負だった。


 これには伊藤も驚きを隠せず、食い入るように二人の試合を見物する。


 雛と神威は一歩も引かず、人知じんちを超えた試合を繰り広げていた。

 目に留まらぬ速さで二人はぶつかり合う。激しくぶつかる音だけが辺りに響き渡っていた。

 誰も二人の姿を追っていける者などいない。


「あいつら、バケモンかよ」


 宇随の目を持ってしても、二人のわずかな軌道しか見えなかった。

 悔しそうに唇を噛みつつ、宇随は眩しそうに二人を見つめる。


 他の隊員たちは何も言えず、ただ呆然と突っ立て二人の試合を見守るしかない。

 彼らの目にはもう、何も映っていないのだ。


 そんな中、伊藤は静かに二人の試合を見届けようと懸命に二人の軌道を追っていた。


「これほどとは……」


 満足そうに頷き、伊藤は口の端を持ち上げ嬉しそうに微笑んだ。


 雛と神威の激闘は、いつ終わるのか先が読めない。

 二人の集中力は素晴らしく、いつまでも続くような予感をさせていた。


 皆は二人を放っておき、それぞれの修行に集中することにした。




「そこまで、やめ!」


 伊藤が皆に向かって叫んだ。


 全員、戦いを中断し、伊藤のもとへ集まる。


「これから、この隊の副隊長とリーダーを発表する」


 突然の発表に、皆は驚き顔を見合わせる。


「副隊長には私の補佐をしてもらう。これから隊をまとめていく重要な役割だ。

 ……中村神威! 頼んだぞ」


 名前を呼ばれた神威が一歩前に出て返事をする。


「はい」


 誰も文句を言う者はいなかった。

 まあそうくるだろうと予想していた顔だ。


「次にリーダー。リーダーは戦闘時に皆の先頭に立ち指揮をとってほしい。

 ……斎藤雛!」


 伊藤が雛の名前を口にした瞬間、一斉に皆の視線が雛へと突き刺さる。

 全員驚きを隠せない様子で、戸惑っていた。


「隊長! 斎藤には荷が重いのではないでしょうか?

 確かに、剣の腕は一流です。速さも技術も申し分ない。

 ……しかし、このようなか弱い少年がリーダーとは……納得いきません!」


 伊藤に意見を言ったのは、山本やまもと大助だいすけ

 隊の中で一番年上の二十二歳。雛とは七歳も離れている。


 山本自身、雛の実力は認めていた。

 しかし、年下の、しかも少女のようにか弱い少年に先を越され、命令されるなんて……彼には耐えられない屈辱くつじょくだった。


「おい、隊長が決めたことだろ、文句つけんなよ」


 宇随が山本に食ってかかると、山本は不快そうに眉を寄せ反論する。


「ふん、どうせおまえは斎藤のことが大好きだからな。

 おまえの意見など聞いていない」

「なんだと? こいつの実力はおまえも知ってるだろ?

 おまえなんかよりずっと強い、強い奴がリーダーで何が駄目なんだ!」

「こんな女みたいな奴の言うことなんて、聞けないって言ってるんだ!

 ……なあ、本当はこいつ女なんじゃないか?」


 山本が雛の全身を舐めるように見つめた。


「ち、ちが」


 雛が言い返そうとすると、宇随が山本に詰め寄り大声で怒鳴った。


「そんなわけないだろ! こいつは男だ、俺が見込んだ男の中の男だ!」


 宇随が鼻息荒く言い放つ。

 山本は不愉快そうに顔を歪め、そしてニヤッと薄ら笑いを浮かべた。


「じゃあ、脱げよ」

「え?」


 山本の言葉に皆がポカンとする。


「今、ここで、皆の前で証明してみろよ! 男だって。そしたら認めてやるよ」


 勝ち誇ったような表情の山本。

 そんな彼に賛同するかように、他の隊員も加勢してきた。


「そうだよな、別に男だったら脱いでもいいわけだし」

「確かに俺も女っぽいなあって思ってたんだ。ちょうどいいや、証明してくれよ」


 三人から執拗に責められ、雛は下を向き黙ってしまう。


「あれ? 脱げないのか?」


 もう既に勝利したかのような態度の山本が、雛にゆっくりと近づいていく。

 見かねた伊藤が動きかけたそのとき、


「そいつは男だ」


 今まで黙っていた神威が突然口を開いた。

 皆驚いて神威へと視線を向ける。


 山本は神威のことが苦手なのか、少し怖気おじけづきながら問いかける。


「な、なんでそう言い切れるんだ?」

「俺は見た」

「な、何を」

「斎藤の裸」


 皆が目を丸くして神威を見つめる。


「どういうことだよ! いつ見たんだっ?」


 突然いきり立った宇随が、神威に迫りながら問いただす。

 それに動じず、神威は冷静に言い返した。


「おまえだって見たんじゃないのか? 一緒に風呂に入っていただろう」


 そう言われ、そういえばと宇随は考えた。


「でも待てよ、俺」


 そこで神威が宇随の口に手を当て、それ以上の発言を止める。

 神威は宇随の耳元でそっと囁いた。


「斎藤を救いたければ、俺に話を合わせろ」


 神威は山本に向き直る。


「俺は銭湯に行ったとき、斎藤の裸を見た。

 宇随も見たはずだ、斎藤と一緒に風呂に入っていたからな。なあ宇随」


 神威が宇随をじっと見つめる。


「あ、ああ……ああ! 俺も見たぜ、こいつは正真正銘しょうしんしょうめいの男だ!」


 二人の発言により、山本の頭は混乱した。

 せっかく斎藤をぎゃふんと言わせてやれると思ったのに、これでは形勢逆転じゃないか。

 このままでは済まさない。


「そんなの信用できない!

 二人は斎藤と仲がいい。口裏合わせてるんじゃないのか!」

「そこまで! もうやめないか」


 伊藤がしびれを切らして口を出した。

 山本に鋭い眼光を向ける。


「山本、いろいろ思うところがあるのはわかる。だが、これは隊にとって最善を考え決めたことだ。

 これ以上斎藤を責めることは、私が許さない」


 伊藤の強い口調と眼差しに、山本は悔しそうに黙り込む。

 さすがの山本も、伊藤に睨まれると何も言えなかった。


「……わかりました。すみませんでした」


 山本は伊藤に一礼するとそのまま走り去っていく。

 その後ろ姿を見つめ、伊藤は大きくため息をついた。


「すまなかったな、君も辛かっただろう」


 伊藤は雛を気遣うように優しい眼差しを向ける。


「いえ、私は平気です。それより、私のせいでこんなことになってしまい……申し訳ないです」


 落ち込む雛の頭を優しく撫で、伊藤は微笑んだ。


「さ、気を取り直して、訓練再会だ!」


 なんとなく気まずい空気が流れる中、訓練は再開された。



 伊藤の迅速な配慮と気配りに、雛は感謝していた。

 隊長が伊藤で、本当によかったと心から思った。


 物事を冷静に判断でき、時には優しく時には厳しく皆を指導し、常に隊のことを一番に考えられる。

 そんな彼だからこそ、皆逆らったり反発することなく、絶対の信頼を置いていた。



 雛はふと先ほどのやり取りを思い出す。

 神威と宇随はなぜ自分を庇ってくれたのだろう。


 二人は雛の裸を見ていないはずだ。


 宇随は雛のことを単純に庇ってくれたような感じだったが、神威は雛が女だと知っていて庇っているような気がしてならなかった。


 雛は神威の事をじーっと観察する。

 その視線に気づいた神威が雛の方を見る。


 視線が合うと、雛はすぐに視線を外してしまった。


 え? なんで?

 最近こういう現象がよく起こる。


 神威に見つめられると、どうも落ち着かない。

 雛はそれがなんなのかわからなくて困っていた。


「何か用か?」


 雛の態度が気になった神威は、声をかけてきた。


「え、えーと、さっきのことなんですけど」


 雛が言いにくそうにモジモジしていると、神威があっさりと言った。


「ああ、だっておまえは男だろ?」

「え、あ、ああ、そう……そうです」

「なら、問題ないだろ」


 神威はいつも通りの笑顔を雛に向けてくる。


 雛はそれ以上聞くことができず、笑い返すことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る