第89話 バスの中

 

 夏休みも終わり9月に入った俺の生活は結構充実していた。

 大学生活も、新入生だけでなく講師陣の方も慣れてきたようで、授業などでは課題も多く出されるようになってきた。

 その課題の処理も結構大変なのだが、学校全体で、少しずつではあるが学祭の準備に入ってきている。

 そのために俺は課題の他にもサークル活動で出される仕事をしているが、これも結構骨が折れる。

 先輩たちからは無理してまですることはないと優しい言葉をかけて貰ってはいるが、それでも頼まれる仕事は結構多い。

 具体的には今年のテーマであるコロンビア合衆国に関係した記事などをとにかく集める作業だ。

 俺は暇を見ては集めているが、それ以上に俺の生活が9月に入って一変したのはやはり新事業の立ち上げに関してだろうか。

 今まではアリアさんを始めイレーヌさんやかおりさんにすべてを任せ、いわばお客さん状態だったのだが、そうもしていられなくなってきた。

 既に開発会社の社外取締役にもなっているが、こちらの方は定例の役員会に出るだけなのでそれほど負担はない。

 最も負担が出ているのが、海運会社の立ち上げだ。

 こちらの方は俺も代表権を持たされるとあり、色々と仕事をさせられている。

 今は俺も重要なメンバーの一人。

 一人分以上の仕事をしていかないといけない。

  ……

   ……

    ……

 ごめん、見栄を張りました。

 人数的に、俺は一人分には遠く及ばず、せいぜい0.5人分、いや、0.1人分くらいだろうか。

 もしかしたらそれ以下かもしれない。

 それでも、責任者の一人として重要書類には目を通さねばならないし、承認のサインも求められる。

 それだけでも大学生1年目としては充分上出来だと思っているが、俺にはそれ以外に始めた事業もある。

 パイロットの養成だ。

 聡子さんという力強いメンバーも加わったことで一気に現実味を帯びてきた航空事業への参加も考えている。

 現在、聡子さんを筆頭に、この夏新たに加わった10名の女性たちにもパイロットの養成を施している。

 俺自身も今まで自家用機のライセンス取得に勤めていたが、残り機種別ライセンスのみとなってきているので、週末にはみんなと一緒に茨城空港にある飛行学校に通っている。

 今も茨城空港に向かうバスの中にいる。

 今日は、里中さんやかおりさんなどのパイロット養成に直接かかわっていない人はいない。

 俺の秘書役の尚子さんは付いてきてくれているが、とにかく割と空いているバスの最後尾に陣取り、隣に座った聡子さんとちょっとばかりいちゃいちゃしている。

 だって、空港までやることはない。

 それにここのところ割と忙しかったので、聡子さんとは……その……していない。

 聡子さんも溜まっていたのか、今は聡子さんの方から求めてきた。

 割と大胆な人だった。


「聡子さん。

 あまりすると、周りにばれますよ」


 俺が小声で注意するくらいだ。


「構いません。

 だってこのバスの中には直人さんの関係者しかおりませんよ。

 それもいるのは女性ばかり」


 イヤイヤ違うでしょ。

 バスの運転手は外務省の関係者だろうが俺とは直接関係のない男性だ。

 さすがに運転席からは距離があるし、隠れているのでばれないかもしれないが、それでもパイロット養成中の女性たちもいるし、何より外務省役人の今日子さんまでいる。

 しかもだ、今日は世間では週末の休みとあって、今日子さんの友人で経産省役人の榊原仁美さんまでこのバスに乗っているのだ。

 なんでも先日今日子さんが俺らの訓練に付き合って飛行機に乗った話を聞いて相当にうらやましがったとかで、俺も同行を許可したのだ。

 おまけに彼女の妹は俺の幼馴染の梓とも友人と来ている。

 彼女にだけは俺の爛れた生活がばれるのはまずい。

 いや、このバスに乗り合わせた他の人たちに聡子さんとの関係がばれるのは流石にまずいだろう。


「今日は外務省と経産省のお役人も乗っているのだから、もう少し抑えましょう。

 その代わり帰ったら……ね」


「もう、判りました。

 でもこうして手を握るのは良いでしょ」


 手を握るのは良いけど、俺自身を握るのは許してね。

 さすがにここで俺のリビドーを解放させれば臭いで分かる。

 あ、だからズボンの上からだと言っても俺自身を撫でないで。

 前の方で陣取っている今日子さん達二人は、何気ない様子を演じながら後ろを気にしてる。


「ねえねえ、今日子。

 あの大村さんって直人様の愛人なの」


「良くは分からないけど、かなり親しい間柄ね。

 でないと娘さんと一緒に住む場所まで直人さんが提供しないでしょ」


「え、そうなの。

  ……

 ちょっと待って。

 今、今日子は何て言ったの」


「え、なに。

 何が知りたいの」


「大村さんに娘がいると言わなかった」


「ええ、いるわよ。

 高校生になるとても美人よ。 

 何でもイタリヤ人とのハーフなんだって」


「え??

 何でそこまで知っているのよ」


「だって、直人さんに彼女の転校の処理を頼まれたの私だからね。

 直接会ってお礼も言われたわ。

 私たちの母校を紹介して入れて貰ったのよ。

 里中さんも政府が責任を取るからと言って一緒に学校を説得してくれたしね」


「え、なにそれ。

 それっていいのかな。

 国家権力の私的流用に当たらないの」


「大丈夫じゃないかな。 

 里中さんの独断でもないでしょうし、きちんと政府にも伝わっているわよ。

 ただ私は頼まれたことをしただけよ」


「そうなの。

 て、さっき高校生と言ったの」


「仁美。

 さっきから何を聞いているの。

 さっきから説明しているでしょ。

 ハーフの美少女高校生。

 名前は確か幸子さんっていったわ」


「今日子。

 確認だけど、その幸子さんも直人様の愛人ってことは無いかな」


「まさか。

 相手は高校生よ

 いくら直人さんが大して年も変わらないからと言って、高校生に手を出したら犯罪でしょ。

 それはないんじゃないかな」


「そうかな。

 今時のJKでしょ。

 直人さんでなくとも男性なら絶対に興味がある筈よ。

 でも、そうなると……もしかして『親子丼』……さすがにないか。

 大村さんが愛人だとしても実の娘を差し出すなんてないよね。

 大昔じゃあるまいしね」


 俺は周りを気にして見渡していたら、今日子さんが友人の仁美さんと怪しげに話しているのが見えた。 

 何を話しているかまでは分からなかったが、時折聞き取れた言葉はえらく不穏当なものばかりだ。

 『親子丼』が聞こえた時には驚いて声を上げそうになった。

 まさかばれていないよね。 

 流石に『親子丼』は外聞が悪し儀だろう。

 それ以前にここ日本でJKを相手にした段階で犯罪だ。

 焦って聞き耳を立てたがそれ以上は分からなかった。

 しかし、それ以上に気になったのがパイロット養成中の彼女たちだ。

 もう流石にエリカさんは訓練については来ない。

 彼女たちをよく知り、メンタル面でケアしてきたエリカさんは、訓練にまでは付いてこない。

 だからと言う訳じゃないだろうが、彼女たちの様子がおかしい。

 特に、俺が聡子さんとのいちゃいちゃを始めた時から時折聡子さんをにらんでいるようだった。

 聡子さんと仲が悪い訳はないだろう、て云うよりまだ彼女たちとの接触もほとんどないので、第一印象で嫌われない限り仲たがいする理由が分からない。

 前に紹介した時には、そこまで緊張するような空気は流れていなかっただけに今の雰囲気が気になる。

 気にしてもしょうがないので、この件は空港に着いて、訓練時にはすっかり忘れていた。

 1時間の飛行訓練を終えて事務所前に戻ってきたときに、彼女たちのリーダーを任せているファミリアさんが俺を待っていた。

 かなり思いつめた様子で、気になったので、俺はすぐに彼女から話を聞いた。


「ご主人様。

 少しお聞きしてもよろしいでしょうか」


 御主人様は勘弁してほしい。

 しかし、今まであまり彼女たちとは接触が無かったので、俺のことを何と呼べばいいかを話していなかったのを思い出した。

 彼女たちについてエリカさんに任せすぎだったとこの時ばかりは反省した。


「『御主人様』は勘弁してくれ。

 俺のことは直人とでも呼んでくれ」


「ごしゅ……直人様……

 直人様にお聞きします。

 直人様は、まだ私たちが信じられませんか」


「は??

 何の事。

 俺は君たちを信じているけど。

 でないと命を預けることになるようなパイロットにしようなんて考えないよ。

 それよりもなんでそんな話を……」


「直人様は既に大村様とは関係を持っておられる様子ですが、それならなんで私たちにもそのような栄誉をくださらないのですか」


 栄誉?? 

 聡子さんとの関係……あ、肉体関係を持ったことを言っているのか……って、こんな場所で話す内容じゃないよね。

 俺は周りを見渡して、談話スペースを見つけた。

 すぐに俺はファミリアさんの手を取り引っ張るように談話スペースの隅に連れて行った。


「ファミリアさんだったっけ。

 ここでするような話じゃないよね。

 こっちに来てね」

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