第88話 美女の会話
ここは羽根木インペリアルヒルズの最上階、スカイラウンジにあるこじゃれたバーの一角。
東京の町が一望できる大きな窓の前にあるカウンター席に二人の美女がグラスを傾けている。
「京子、昨日も出勤だったんだって。
その割にはあまり疲れていないわよね。
何やらうれしそうだもの。
何があったの」
「ムフフ、それよりも仁美は休めたの」
「私は、今それほど忙しくはないわよ。
開発計画も順調に動き出したしね。
ここまでくれば、それほど忙しくも無くなるわ。
それよりも何があったの。
白状しなさいよ京子」
そう、いまこの場で楽しくお酒を楽しんでいたのは直人付き外務官僚の藤村京子さんとその友人で経産省のお役人である榊原仁美さんだ。
今の二人の職場は同じ場所にあると言っても良い同じフロアー、しかもお隣さんだ。
今から20分くらい前の5時ちょうどに仁美さんが事務所に顔を出して、京子さんを誘いに来たのだ。
普段ならアフター5の時間になると、花村さんや榊さんを交えてイレーヌさんたちが事務所で度々お酒をたしなんでいる。
直人もそれを勧めているくらいだ。
しかし今日は事務所全体が慌ただしい。
ここのところ、直人の事務所は全力を挙げて新たな会社の為に動いている。
新会社設立と言うと語弊がある、正確に言うと海賊興産の関連会社で、一番小さな海運会社を直人のところが吸収したのだ。
理由はいくつもあるが、一番の理由は海運会社の経営のノウハウを直人たちは持っていないというのがある。
その会社は小さなタンカー1隻を国内で運航していた会社なのだが、このままだと立ち行かなくなることが見えていた。
増資をして大型タンカーを所有するか、廃業するかの2択を迫られていたという。
直人たちが石油輸送の会社を持ちたくてその会社を買収したのではなく、その会社に東京湾の新交通である水上バスを運航させる計画をもっての買収だ。
しかし業態が違うことをやらせるのに問題が無いかというと、そんな訳は無く、問題だらけだった。
尤もかおりさん達にはそんなことは百も承知で、その対応に当たっているので、事務所内はさながら戦場のように忙しい。
あのボルネオショック当時よりも忙しくあるという。
しかし忙しいのは直人たち事務所メンバーだけで、京子さんには影響がない。
彼女は逆にみんなに迷惑が掛からないように早めに帰宅しようとしていたのだ。
そこに仁美さんがやってきた。
「京子、ちょっと付き合わない」
その誘いに乗って、ここから歩いて5分と掛からないスカイラウンジにやってきたのだ。
ここは最近のタウン雑誌で夜景の綺麗なデートスポットとして有名になって来た場所だ。
それこそ週末には予約も取れず、平日の飛び込みでも1時間は余裕で待たされるくらいの盛況な店だ。
しかし、まだ5時過ぎ。
しかも週末ならいざ知らず、週初めの月曜日とあって店内は空いていた。
それでもちらほらとアベックたちが入ってきているのだが、京子さんたち二人は、それこそデートならここしかないと言うくらいの最高のロケーションを楽しめるカウンターに通された。
これがカップルなら、その後はお楽しみって感じにもなるだろうが、まだ日も高くしかも女性が二人では、だだのOLの飲み会にしか見えない。
「それでどうなの。
週末は働いていたんでしょ。
その後何かいいことでもあったの。
男ができたとか」
「そんなことある訳無いでしょ。
でもいい線ついているかも」
「え、何々。
何があったの。
私に教えて」
「えへへへ。
昨日、初めて空の散歩を楽しんだのよ。
しかも自家用機っていうの、プライベートジェットで東京の街並みを2時間楽しんだのよ。
それも仕事でというのだから、役得以外に無いわね」
「何、それどういうことなの」
「昨日から、大村さんや直人さんの飛行訓練が始まったのよ。
その時に私も飛行機に乗せて頂いたのよ。
私初めてコックピットっていうの、あの操縦席からの風景を楽しんだのよ。
直人さんもかっこよかったしね」
「え、何々。
それってスカイデートっていうやつなの。
なんてうらやましいわね。
でも、直人さんは難しいじゃないの。
彼の周りって、なんであんなに美人が多いのよ。
私の妹も直人さんに興味がありそうなのにライバルが多いって話してもしたしね」
「え?
知らなかったの。
みんなスレイマンの奴隷よ。
尤もスレイマンの奴隷が意味するのは、私たち一般人が思うのとはかけ離れているかしらね」
「え~、ど、奴隷」
「これは秘密にされている訳じゃ無いので話してもいいか。
あまり公の席では話される話じゃないので、あまり有名ではないけど、知っている人は多いのよ。
外務省ではキャリアの間では常識ね」
そういって京子さんは仁美さんにスレイマンの奴隷について説明していった。
「あ、この話はあの子たちには内緒よ。
でないと恨まれるわよ」
「と、当然。
話せる訳ないでしょ。
私の妹は直人さんの幼馴染とは仲良しなのよ。
多分彼女は知らないわね」
「そうでしょうね。
それに彼女は直人さんに惚れているようでもあるしね。
彼女にばらした人は絶対に恨まれるわよ。
もしかしたら……」
「消されるなんて無いでしょ。
そんなの映画の世界だけの話だよね」
「そうでもないのよ。
現に直人さんがスレイマン王国で貴族になったのも、エニス王子を身を挺して救った功績からよ。
しかも、エニス王子を守るために貴族にしたと言われているわ。
いまでもかなり危険な立ち位置にいるそうよ。
それを知っているので、直人さんもあの子に必要以上近づかないのでしょ。
多分だけど、あの二人は結ばれることは無いわね」
「は~。
妹にもその目は無くなったと言う訳か。
可哀想に」
「それはあなたもでしょ。
直人さんのこと気にしていたでしょ」
「それはそうよ。
だって、あの時本当に私は苦しかったのよ。
自殺すら脳裏をかすめた位だったのだからね」
「あの時って……
ああ、開発計画が無くなりそうなときね。
そんなに思い詰めていたの」
「それはそうよ。
考えてもみてよ。
開発計画がポシャンになりかけた時は、みんな逃げだしたのよ。
そもそも計画を進めていた連中は全員が何故だか移動になったり、辞めて行ったのよ」
「ああ、そうよね。
あの時はちょっとどこも酷かったわよね。
うちもかなりの人が辞めて行ったしね」
「え、何か知っているの」
「知っているけど云えるはずないでしょ。
それよりもそれがどうしたの」
「そうそう、その後残った先輩たちも、あれは見事しか言えないわよ。
見事に全員が逃げ出していったの。
ノンキャリの諸君から白い目で見られても平気な顔をしていたわよね。
あの時の先輩たちは、これがどのようなものかを知っていたのよ。
入ったばかりの私には教えずにね。
それで、間抜けにもその罠に引っかかったのが私。
毎日がそれこそ地獄よ。
電話で毎日催促がかかるのよ。
計画はやめるわけにいかないので、絶対にどうにかしろと。
それこそ経産省の上からはあまり言ってこなかったけど、議員先生の秘書からは本当に毎日電話で催促が入るのよ。
官房副長官の秘書からは日に2度電話で進捗を訪ねられるのよ。
一度だけ、総理から直接激励をされたわ。
ありえないでしょ。
役人1年生にできるような仕事じゃ無いでしょ。
ノンキャリたちは完全にあきらめていたしね。
あの時あいつらは、『この計画は自殺者を出して終わりかな』なんて思っていたのよ。
比較的よく話すおばちゃんがあとで教えてくれたわよ。
直人さんに救われてからね」
「そうよね、あなたがそんな状態な時に、そんな話を聞いたなら『早く自殺しろ』って聞こえそうだものね」
「そうよ、あの時京子に話を貰った時には、これが最後かなって思ったわよ。
京子にでも裏切られたら、本当に自殺していたわね」
「裏切りなんて……」
「からかいや、デマだったら、私はあなたの裏切りと思ったわよ。
あの時には本当に余裕がなかったから。
でも、すぐに直人さんに会わせてもらい、話を聞いた時には、『この人天使、私の救世主』って感じたわよ。
その後の対応も早く、今でも直人さんには頭が上がらないわ。
本当に命の恩人よ。
それ以上に、かっこよく思わない。
白馬に乗ってさっそうと現れ救われるなんて。
まるで物語のお姫様になったかと思ったわよ」
「何言っているの、まるで中二病だわ。
でも、それなら残念ね。
さっきも言ったけど直人様は無理よ」
「端からお嫁さんなんか考えていないわよ。
でも、愛人なら、セフレでもいいわ。
直人さんが求めてくれるのなら、それこそ女冥利に尽きるというものよ」
「あらあら、ずいぶんお熱ね」
「それよりあなたはどうなの。
結婚とか考えていないの」
「私は役人になった時に、そう言ったものを完全に考えないようにしているのよ。
ことに今のような部署にいると、恋愛以外で女を使わないといけない場面もあるかも。
実際に先輩の中にはそういった仕事をした人もいたわ。
あ、ここだけの話ね」
「でも、それはあなたには無理ね。
だって、まだ男を知らないでしょ。
そういうのはもっと経験の豊富な香り立つような人じゃないとね」
「それはあなたも同じでしょ」
「でも、京子の話を聞いて良かった。
私にもチャンスがありそう。
も、もしそういう話があるのなら私に回してね。
精一杯直人さんに尽くすから」
「それじゃダメでしょ。
相手を落とすのが目的よ。
こちらが落とされては意味ないわ。
あなたはすでに落ちているしね」
「は~~、お互い、男に縁は無いわね」
「いいのよ。
そういうのは諦めているから。
私は国に尽くす役人よ。
海外の脅威から国を守る外務官僚。
将来は次官にまでなってやるんだから」
「ハイハイ。
だから今は直人さんを守っているのよね。
ある意味羨ましいわね」
はたから見ると美女が二人楽しそうにお酒を飲んでいる。
リア充も極みだとも思える景色だが、その二人の会話はなんだかホッとするような情けないものだったようだ。
世の中は案外平等にできているのかもしれない。
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