第80話 コロンビアとの商談
財務省の役人が話を始めた。
「まず、ビジネスの話をする前に、残件を片付けようか」
彼がそう切り出した時に、俺は後悔した。
しまった!幸子さんの安全が……
俺が慌てて幸子さんの安全を確認しに行こうとしたときにアリアさんに止められた。
「直人様、大丈夫です。
安心してください。
今、幸子様には尚子が付いています。
ほかに地元警察から数名の婦警もおりますし、このホテル内では、セキュリティーも万全ですし、問題ありません」
「我々も君と取引がしたいので、彼女の安全には絶対の保証をしよう。
それに、彼女の母親も見つかったことだし、まずはこの件を片したうえで話をしたい」
財務省の役人と話しているそばで、先の窓口であることを明かした男性が自身の携帯から電話をかけている。
すると部屋の電話が鳴りだした。
電話は別室にいる尚子からだ。
「直人様。
警察から連絡があり、聡子様を幸子様と一緒に迎えに行ってきます。
警護している婦警がパトカーで連れて行ってくれるそうです。
念のためにホテルの警備員の同行もお願いをして、ホテル側より了解も得ておりますので安心してください」
「分かった。
気を付けてね」
俺は電話で尚子さんに迎えの件を頼んだ。
「電話は彼女からですか」
「いや、彼女についているうちの者からです。
これから警察官と一緒に迎えに行くそうです」
「これで、今できる残件の処理はありませんね。
残件もとりあえずすんだことから、ビジネスの話だけでも聞いてほしい」
そう財務省役人が切り出して、彼の持ってきた話を聞いた。
早い話が彼らは城南島の開発にコロンビアも加わらせろということだ。
加わりたいじゃない、加わらせろというほとんど命令のような要求だ。
ありえない話だろう。
そもそもコロンビアが放棄した案件を、たまたま知り合った人が困っていたので助けに入るために乗り出したようなものだ。
俺は彼の文句の一つも言いたく彼に食って掛かった。
「あなた方の云う貸しについては、これ以上何も言いませんが、その代償に持ち出した案件について、もう少し説明が欲しいですね。
そもそも、あの案件はあなた方が逃げたから私どもが急遽入ったものなのですよ。
それを今さらになって言ってくるのはいかがなものでしょうか」
彼は俺の文句に対して、頭をかきながら訥々と説明してきた。
事の発端は日本政府が自国資本で進めたい意向があったので、コロンビア側としても無理強いをせずに旧財閥を介して参加する方針だった。
だが、例の経済ショックの煽りを受け旧財閥もコロンビアの財界もかなりの被害を受け、一時的に計画を凍結する方針を固めていたとか。
その後、経済状況の混乱に応じて日本資本の縛りを外して直接参加する計略を進行中だそうだ。
じかに参加する方が儲けは大きいから、火事場泥棒のようなことを考えていた。
酷い話だが、あいつらならやりかねない。
しかし、ここにきて思わぬ伏兵が現れた。
我々だ。
コロンビア側も我々の出現に気が付くのが遅れたと言い訳をしていた。
「あなた方が、乗り出すなんて海賊興産の記者会見まで知りませんでした。
そのおかげで、大きく計画が崩れてしまったのです。
そこで、今回の件の貸しの代償として我々の参加を要求するのです」
誰が聞いても要求というより強要だ。
それを理解しているようで、言い訳がましく続けてきた。
「確かに、少々思うところも無くはないですが、私どもとしても色々とありまして引く訳にはいかないのです。
これだけで貸しが無くなるのですから、悪い話でもないのでは、本郷様」
彼も所詮は役人か。
おおよそ政府に食らいついている我儘な経済界の要求を受けてだろうが……まさか、今回の誘拐事件は彼らの自作ではないだろうか。
俺の考えが、奴らの得意な謀略にまで及ぶ。
「本郷様が何を考えていらっしゃるかは分かりませんが、ひょっとして今回の事件にわが政府が関わっているとお考えなら、それだけは否定させていただきます。
こればかりは私の信じる神に誓って申し上げます」
「正直、まだ疑っております。
なにせ対応が早過ぎますから。
私としては、この対応の早さには感謝するところではありますが」
「対応の早さにつきましては、理由があります」
「理由?」
「はい、
先ほど申しました通り、城南島の開発につきましては方針を変えておりましたが、その方針を進めるにあたり、問題もありました。
ここまで申し上げてもいいのかわかりませんが、ここまで来たら正直に申します。
先のショックに前後して、わが政府に入る日本政府からの情報に変化が生じました。
そのためあなた方の情報が入るのが遅れました。
そこで、急遽チームを作り、あなた方の情報を最優先で集めております」
彼は例のボルネオ大使館汚染問題の処理のため、政府内一斉に他国からのひも付きの連中を排除したことを言っているのだろう。
外務省は、確かに大明共和国の汚染がひどかったが、経産省はコロンビアの汚染がひどく、一緒に駆除されたと聞いている。
そのためいつもなら入る事前の情報が入ってこずに我らの進出を拒むことができなかったようだ。
彼はそのことを言っているのだろう。
しかし、その対応が俺らの監視か、コロンビア政府は俺らを監視していると。
まあそうだな。
俺らは色々と奴らに立てついていることだしな。
「我々を監視していると」
「いえいえ、監視など。
ただ、あなた方の情報を、コロンビア内はもとより日本においても集めております。
その集めた情報に、本郷様の飛行教官との関係もありましたので、注意していたところでした。
ここグアムで、あなた方に不愉快な思いをさせて我々と敵対でもしたら大変ですので」
その後も色々と言い訳を聞いたが、これと言って特筆することはなかった。
彼の提案というより強要についてだが、今更我々の計画に加わるのは無理があるし、一緒の開発には我々にとって危険もあるので、それだけは拒否したが、その代わり我らが政府に掛け合って彼らの別口での参加を認めさせる方向で話を付けた。
「今後も、私と彼があなた方の窓口となります。
以後よろしく」 と言って握手を交わしてコロンビア政府の役人たちとは別れた。
彼らを部屋から追い出してから、俺はアリアさんと相談した。
「急いで、ここを離れた方がいいかな」
「そうですね。
彼女たちが納得してくれるようなら明日にでも彼女たちを連れてここを出た方がよろしいかと」
「分かった、明日にでも彼女たちに提案してみるよ」
そう言って、アリアさんとも別れ、一人部屋に残った。
それから2時間くらい過ぎたころに、俺の寝室のドアをノックする音が聞こえた。
俺は色々と考え事をしていた関係で眠れなかったので、別に構わないが、普通なら非常識と誹られる時間だ。
「誰?」
「私です。
幸子です」
「え?
幸子さん。
こんな時間に……あ、とにかく中にどうぞ」
俺は条件反射的に幸子さんが部屋に入るように声を掛けた。
あ、しまった。
こんな夜更けに寝室に女性を入れるなんてまずかったか。
言った後で慌てて取り消そうと、俺の方から部屋を出ようとしたが、すでに手遅れ。
幸子さんが部屋に入ってきた。
それもかなりの薄着で。
ほとんど下着、いや、完全に下着姿の幸子さんが部屋のドア付近にたたずんでいる。
「ど、どうしたの、その格好」
「私、直人さん、いや直人様にお礼がしたかったの。
私にできるお礼って、私は何も持っていないので、直人様にあげられるのは私自身しかないの。
私の初めてを受け取ってください」
幸子さんは顔を赤らめて覚悟を決めたように一気に言い切った。
内容がかなりショッキングではあるが。
最近の高校生は進んでいるね……ってくだらないことを考えている暇はない。
「いやいや、ちょっと待って。
俺は、お礼で女性を抱きたくはない。
幸子さんは初めてなのだろう。
こういうものは大事にしないと」
「大切だから、直人様に貰ってほしいのです」
「いやいや、俺にはできないよ。
確かに俺は女性関係については、褒められるような奴じゃないけど、それでも、お礼なんかで女性を抱けないよ。
こればかりは無しだ。
そもそもお礼を言われるようなことはしていないしね」
俺の話を聞いた幸子さんは今にも泣きそうな顔をしながら声を上げた。
「お母さんのお礼は、こじつけ、そう、こじつけなの。
私の初めては、どうしても直人さんに貰ってほしいの。
お母さんを助けてもらったことには本当に感謝しています。
でも、これとは別なのです。
私の初めてを、どうしても貰ってほしいの。
それとも、私は直人さんに抱いてもらえないくらい魅力がありませんか」
俺は幸子さんをベッドの端に座らせて落ち着かせ話を聞いた。
彼女の話では、今回の原因を作った彼女の父親のせいで、今までもかなり怖い思いをしていたそうだ。
流石に直接攫われるようなことは今まで発生してこなかったが、強面の男性に後を付けられるように監視されるなどかなり頻繁にあったそうだ。
彼女も、いずれもっと酷いことになるのではと心配していた時に俺に出会った。
何故だか、その場で好かれたというのだ。
決して自惚れで言っているのではなく、彼女が告白してくれた。
「下手すると明日には殺されているかも、殺される迄行かなくともいつレイプに会うかもしれないのなら、大好きな直人さんに、私の初めてを貰ってほしいの。
お母さんが攫われた時に、本当に怖かった。
無事にお母さんが助けられた時に、いつ何時私がと思ったら、居てもたってもいられなかった」
さすがにここまで女性に言われれば、俺としても考えなければいけない。
「お母さんも幸子さんも、俺が守るよ。
だから、今勢いで抱かれる必要はないのでは」
「いいえ、決心は変わりません。
直人さんの彼女にしてくれなくともいいのです。
今だけで……」 と言いながら俺にキスをしてきた。
そして、そのまま俺は彼女にベッドに押し倒された。
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