第78話 過行く俺の夏休み

 

 俺の夏休みはもうじき終わる。

 何もなかったとは言わない。

 ボルネオ旅行以降にもイベントはあった。

 そうイベントだ。

 レジャーやバカンスとは言わない。

 新たに作った新会社の初の公式記者会見を羽根木のホテルにあるコンベンションホールで行った。

 この時には新会社の社長である大木戸専務をはじめ役員全員がひな壇に上って会見を行った。

 社外重役になった俺もひな壇最後尾に大人しく座って時間を過ごしたりしていたし、急に持ち込まれた病院の買収の契約の場面にも立ち会った。

 何故か知らないうちに医療法人の副理事長に祭り上げられてしまった。

 理事長にはかおりさんに就いてもらい、なんとあの黒岩さんにも理事として参加してもらった。

 バニーガールズの吉井会長に相談したら快く黒岩さんの参加を許可してくれた。

 今後の病院経営はかおりさんと黒岩さんが中心になって進めていく。

 新たな病院の場所は何と俺の事務所の2階下のフロアーにかなりの場所を確保できたので、契約後急ピッチで工事をお願いしている。

 新たな病院建設の下見やら業者との会合やらにも突き合わされたイベント盛りだくさんの夏休みだった。

 振り返ってみると俺の夏休みにあそびの要素がどこにもなかった。

 高校生当時には、既に覚悟はあった。

 夏休みに学費や生活費を稼ぐためのバイト三昧になるだろうという覚悟は確かにあった。

 それでも数日の遊びの要素くらいはあるだろうという期待もあったのだ。

 それが、もう夏休みも終わろうというときに振り返ってみると、どこにもない夏休みを過ごしてしまったという後悔だけが残った。

 参加しているサークルの合宿くらいはあるだろうという声もあろう。

 正直言うと、あのサークルの合宿研究会なるものはあったそうだ。

 何故伝聞のような書き出しかというと、伝聞だったからだ。

 これも俺の後悔の一つでもあるのだが、合宿が終わった後に梓からのメールで知ったのだ。

 例のボルネオ旅行で梓と仲良くなった好美さんが、俺の参加が無いことを不思議がり、梓に聞いたそうだ。

 それを聞いた梓からのメールが来て初めて知ったというお粗末さ。

 ちょうどサークルを休んだ時に合宿の話が合ったそうで、その後は、副代表の澄川さんに聞かれたが答えないで夏休みを迎えてしまった。

 俺の携帯番号など、ほとんど誰にも教えていなかったのが不幸の始まりで、別にハブにされていた訳じゃないけど連絡が届かなくなっただけだった。

 梓の水着姿に続く痛恨のミスだ。

 合宿はとても楽しかったそうだ。

 ちくしょう。

 病院買収もまとまった後も、病院経営や、俺の思い付きだが、城南島に作ろうかというセレブ女性専門のクラブについての相談など、あれから黒岩さんを交えての会合が多くなっている。

 今では俺の事務所はそのプロジェクト室のようなありさまだ。

 花村さんや榊さんがほとんど入りびたりのように詰めており、二日と開けずに黒岩さんがやってくる。

 割と頻繁に来ていた談合坂のメンバーも黒岩さんを避けるためか、俺のもとを訪れる回数は減り気味だ。

 メンバーの中には俺の私室に入りたいというやつも出てきたが、さすがに彼女たちの安全面を考えて今のところ遠慮してもらっている。

 いつ何時何とか砲の餌食にかからないとも言えない。

 そういえば、この夏から俺もある意味公人扱いになってしまった。

 少なくともかおりさんは注目の開発会社の役員という公人になったのだから、そういう面の安全面にも気を付けよう。

 一応、羽根木インペリアルヒルズ内は海賊興産開発だけあってそういう部分にも融通が利くので、特に俺の周りのフロアーのセキュリティーの強化はしてもらっている。

 まあ、俺の周りには、各国の諜報員対策もされているので、少々のことには大丈夫だとかおりさんからは聞いている。

 愛人の今日子さんの件もあるし、今更感はある。

 新たに加わった10人は今ではここでの生活にもすっかり慣れてきている。

 治療の合間に日本語の習得も頼んでいるので、そちらの面でもだいぶ上達してきた。

 彼女たちの治療も外傷関係についてはほとんど終わりそうだ。

 今では医者に行くよりエステに行く方が多い。

 しかし、心の面ではもう一つのところまできている。

 これはカウンセリングを頼むためにエニス殿下を通して、引退した王弟殿下のところの女性を紹介してもらった。

 年のころは40代半ば過ぎの落ち着いた感じの女性を紹介され、事情を話し協力を頼んだら、快く応じてもらい、今は羽根木のホテルの一室で彼女たちの面倒を見てもらっている。

 彼女たちがもう少し落ち着いてきたら、かねてからの計画通り、各種免許の取得を考えることになる。

 はじめは日本国内の自動車免許から始めようと思っている。

 まだ日本語を流暢に話すまでにはいってはいないがある程度の聞き取りはできるようにまでなっているようだ。

 本当に彼女たちを含めスレイマンから回されてくる女性たちの優秀さには驚かされる。

 俺は夏前に自動車免許は取得できたが、俺の通っている教習場に9月から落ち着いたものから順番に通わすことにした。

 幸い、彼女たち以外にも俺のところの女性たちのうちまだ通っているメンバーもいるので、彼女たちに連れて行ってもらうことになるだろう。

 問題はそれ以外の資格についてだ。

 船や飛行機についてはどうするかだ。

 単発の自家用機の資格についてはここから一番近い場所で調布にもあるが、日本語での会話にまだ自信が持てない以上、その選択肢はない。

 なにより、その資格では足りないのだ。

 自家用ジェットのパイロットを目指しているのだし、その後に問題が残る。

 俺のようにグアムという選択肢もある。

 彼女たちをグアムに合宿させて資格を取らせることも検討しているが、彼女たちが完全に落ち着いていない為にその選択肢も難しい。

 いっそのこと日本のお役所で資格を取れないだろうか。

 海自とか海保などはそういった人たちを養成しているし、ダメもとで相談してみよう。

 夏休みが終わる前に、俺は藤村さんにお願いをして、里中さんに連絡を取ってもらった。

 俺から直接電話をかけてもいいのだけれど、一応彼女の顔を立てておいた。

 事務所の応接で藤村さんを交えて里中さんと会って相談してみた。


「ということで、今新たに加わった10名について自家用ジェットの操縦資格を取らせたいのだけれど、海保や海自の養成機関でお願いできないでしょうか。

 費用は全面的にこちらで見ます。

 当然、実費以外に謝礼を含めてもらってもいいですが」


 俺のお願いに里中さんは腕を組んで難しい顔をしている。


「体験入隊程度なら無理やり放り込むこともできない話じゃないけど、直人君のお願いについては少々難しいかな。

 コロンビア軍なら多少は融通が利くかもしれないが、ここ日本ではね~」


 流石にコロンビア軍はまずい。

 なにせコロンビア合衆国とも一応係争関係にある。

 同様にスレイマン軍も安全とは言えないし、何よりキャパシティーに問題がある。

 果たして自国だけで要請しているのかも問題だ。

 同様にボルネオ軍についても同じだ。

 こちらは安全面では一切の不安は無いが、問題は小国のためのキャパシティーの不足だ。

 そのために俺もグアムまで出向いているのだ。


 しかし里中さんは俺のところの問題をかなり正確に理解している。

 藤村さんからの報告もあるのだろうが、俺からも何かにつけて相談しているので、難しいという一言で切り捨てることはしなかった。


 先ほどから腕を組んでしきりにうなっているのだ。

 突然ひらめいたように俺に聞いてくる。


「直人君。

 民間でもいいんだよな」


「はい、民間でもライセンスが取得できれば何も問題はありませんが、日本だと、10人一度では難しいのでは。

 それでなくとも予約が取り難く、選択肢から排除していましたが」


「それは、学校側のキャパシティーの問題だろう。

 機材と教官も貸し出せば問題なかろう」


「え、どういうことですか」


「実現できるかどうかわからないが、茨城空港にメーカー系列の学校がある。

 そこなら、機材の提供と教官を貸し出せば専属で面倒を見てもらうことが可能かも。

 尤も費用面で恐ろしいことにもなるのだが、そういう面では直人君は大丈夫だよな」


 俺はあまりそういう面にはかかわってきていないので、かおりさんを見たら、優しく頷いてくれた。


「大丈夫かと思います

 しかし、機材はともかく教官にあてがあるのですか」


「なに、海自にも空自にも、予備役は居るし、海保にもパイロットの一人や二人くらいはどうにかなるだろう。

 とにかく政府内でどうにかするので、そいつらを件の学校に一時的に出向させて面倒を見させる。

 茨城空港なら空自の基地も併設されているし、いくらでも融通ができると思うよ。

 とにかくその件については、俺から官邸に上げて調整してみる。

 なにせ直人君には日本国政府は大きな借りがあるしね」


 ボルネオにある日本国大使館の汚染問題の件だろう。

 あの件も公にならずに解決を見たのもアリアさんをはじめみんなの協力があってボルネオショックを起こしたおかげだ。

 しかし、今更ながら、あの時のことを思うと俺達って本当にとんでもないことをしていたのだということを実感した。

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