第63話 新歓コンパ

 

 大学からほど近い繁華街を通り抜け、さらに奥に入ると周りは急に静かになっていく。

 この辺りは最近になって奥渋谷と呼ばれるようになったいわゆるおしゃれエリアだと隣を歩いている副代表の澄川先輩が教えてくれた。

 田舎者である俺に恥をかかさないようにとの配慮のようだが、俺の場合、田舎者以前にこういった若者文化?には全くの無知ときている。

 それでいて、国際政治関係、特に諜報関係に最近特に知識を付けているおかしなことになっているのだ。

 そういう意味からも、このサークルは俺の一般人としての常識を付けるための矯正機関として申し分ない。

 かおりさんは良いとして、イレーヌさん辺りは俺のサークル参加を快くは思っていないようだ。

 特に安全面で心配なようで、こういった飲み会参加はできるだけ避けるようにとの伝言を先ほど連絡した時に頂いた。

 その会話で少々気になることを言っていたのだが、なんでも今回だけは心配ないので心行くまで楽しんでくるようにとも言っていた。

 あれほど飲み会参加に文句を言っていたのに、今日だけは問題ないと言っているのには、非常に嫌な予感しかない。

 既に会場を把握しており、飲み会会場そのものを経営母体ごと買い取ってしまったとか、資金が余りがちで困っているようなので、ありえない話じゃないと少々怖いのだが、後ろから付いてくる葵にそれとなく聞いても見たのだが、何も知らないとの返事だ。

 奥渋谷のさらに最奥に当たるような所にその店があった。

 かなり歴史を感じさせる佇まいだが、どころからどう見ても唯の居酒屋だ。

 かなり感じのよさそうでもあり、それでいて知らないとちょっと敷居の高そうな、一見さんには入りにくい店構えだ。

 名誉教授を先頭にサークルのメンバーたちはお構いなしに中に入っていく。

 中に入ると、店員さんにさらに奥に行くように促される。

 どうも奥には宴会用のお座敷があるようだ。

 お座敷の上座には名誉教授、その両脇にサークル代表の南山先輩と先ほど奥渋谷について教えてくれた副代表の澄川先輩が座り、そのそばに我々新入生が座らされた。

 しかし、ほかの先輩諸氏は我々からやや離れて座っている。

 どうにもおかしな席次だ。

 新入生の上座に近い席については、今回の会の目的が新歓コンパであることから理解できるが、先輩たちの座り方は、取り方によっては名誉教授に失礼に当たるのではないだろうか。

 しかし、くだんの教授はもとより代表や副代表の二人の先輩は何も言わない。

 俺の常識ってやつが変なのかと、少々心配になってきたのだが、俺と一緒にここまで付いてきた新入生たちもおかしなことに気が付いてざわつきだした。

 すみませんね、こういった宴会での礼儀について全く理解していないものですから、しかし、俺だけでないことがわかり少しばかり安心したのだ。

 ここでも優しい澄川先輩が種明かしをしてくれた。


「ここを開けているのが心配になったのね。

 大丈夫よ。

 すぐにここには今回のスポンサーでもある我がサークルのOGやOBが来ることになっているの。

 遅れてくる人も毎年いるにはいるけど、OGには一人もいないわ。

 本郷君、安心してね、だからすぐにキレイどころのお姉さんが隣に座るわよ。

 ほら、言我がる傍から来たようね。

 先輩、ここです。

 今日はここにお座りください」


「あら、もう来ていたのね」


 そう言いながら幾人かの社会人らしい男女が入って来た。

 隣にいた同じ新入生で歓迎される側の女性、確か先ほどの自己紹介では政治学科の榊原好美さんとか言っていた彼女が小さな声で「お姉ちゃん」というのが聞こえた。

 彼女は親族の紹介でこのサークルに入ってとも言っていたので、紹介した親族って姉だったのだろう。

 OGである姉が入って来たことで驚いて声をかけたのか。

 入って来た社会人風の男女は女性が四人の男性二人の合計六人であった。

 最初の入って来た女性に続き30代と思しき男性が教授にあいさつを交わしながら、代表の南山さんに財布から一万円札を数枚出していた。

 最後に明日香さんが入って来た時には、今度は俺が声を出しそうになった。

 さすがに彼女との関係が説明できないので、辛うじて声を出すのをこらえることができたのを心の中で喜んでいた。

 藤村さんが教授の目の前で座っている俺を見つけ、驚いたように声をかけてきた。


「あら、本郷さんもいらしたのね。

 でも、このサークルに入ったのなら教えてくださればよかったのに」


 俺が辛うじて、藤村さんとの関係を隠すことに成功させたのを見事に無駄にしてくれた。

 彼女の会話から、教授が興味を持ったのか藤村さんに関係を聞いてきた。


「この少年と知り合いかね」


「はい、パリにいる大橋先輩つながりで、知りました。

 あ、これは、その大橋先輩からね」 と言って、彼女はカバンから一通の封筒を出してきた。


「尤もまだ、私の建て替えなんですけどね」


「ほお、大橋君の知り合いかね。

 して、彼はまだ」


「はい、まだパリですね。

 たまに日本に帰ってきますが、当分は無理でしょうね。

 偉くなったばかりですしね」


「年賀状を貰った時に教えてもらったが、三等書記官になったとか。

 偉く速い出世のようだが」 


 良かった、話が逸れた。

 確かに俺と外務省との関係は、パリでのあの事件がきっかけだ。

 大橋さんのやさしさに助けられたようなもので、その後も色々と助けてもらった。

 何より大きかったのは、大橋さんの先輩である里中さんを紹介してもらったことかな。

 そのおかげで、ボルネオでの事件を無事?無事かどうかはこの際置いておいても、切り抜けることができたのは、その新たにできた人脈のおかげだ。

 俺がほっとしているのをよそに、隣に藤村さんが座ってきた。

 みんなが座ったのを確認すると、現在のサークルの代表である南山さんが仕切りだした。


「皆さんが集まったところで、今年も新たに迎えた新入生を歓迎する会を始めたいと思います。

 今回も伝統となっております先輩諸氏の志をもって会を開けたことを最初にお礼申し上げ、教授に開会のあいさつをお願いします」


 彼女に促されるように教授は立ち上がり、あいさつを述べた。


「では、乾杯の音頭を先輩たちにお願いしたいのですが、斎藤さんお願いできますか」


「俺はいいよ。

 そうだ、榊原、お前がやれ。

 最近偉くなったとか言っていたよな。

 偉くなったのなら挨拶くらい簡単にできなければな」


 30代の男性先輩を南山さんが最初にお願いをしたのに、彼はめんどくさがり、後輩である榊原さんのお姉さんに乾杯の挨拶を振ってきた。

 どうも、見るからに藤村さんと同じような年なのか、二人は友人のようで、少しばかりじゃれあったのちに立ち上がり、渋々ながら挨拶をして、最後に乾杯と叫んだ。

 全員がグラスを手に持ち、高く上げ『乾杯』を叫んでから一気に飲み干した。

 新入生の多くは、少し口を付けただけだが、それで許してもらえた。

 俺だけでなく、ほかの女性たちの多くも酒は初めての経験なのだろう。

 その後はゆっくりとグラスに入った酒をゆっくり飲みながら会話を続けていた。

 賑やかに宴会が進んでいく。

 あちこちで笑い声が聞こえてくる。

 久しぶりの再会を喜んでいるような話し声も聞こえてくるし、目の前の教授に酒を進めながら近況を報告してくる先輩も現れてくる。

 その際、目の前にいる俺らにも一言二言声をかけてくるが、別段意味のある話はない。

 徐々に体に入る酒の量も増えてくるころになると、俺の周りの様子がおかしくなり始めた。

 隣の藤村さんと、俺を挟んだ隣に座った榊原さんとの会話がおかしくなり始めた。

 同じ学年の榊原さん、ややこしいので好美さんと呼ぶが、彼女がしきりに俺に謝ってくる。


「最近のお姉ちゃんは、少しおかしいの。

 かなりストレスが溜まっているようで、親友の藤村さんと会うと今のように愚痴をこぼしているのよ。

 お酒が入ると特にダメね。

 でも、いつもは違うのよ。

 いつもは優しい良いお姉ちゃんなの。

 今日だけは大目に見てね」


 昨日、明日香さんがこぼしていたやつのようだ。

 そういう話なら、彼女が経産省にいるという貧乏くじを引いた同期か。

 相当たまっているようだな。

 教授にも愚痴をこぼしているようで、聞こえてくる話は、昨日俺が聞いた話と少しばかり違うような。

 高飛車に出ていた先輩たちが、きまりの悪さから逃げ回っているように聞こえたのだが、どうもそうじゃなさそうだ。

 彼女が教授に説明(愚痴)している限りでは、担当していた先輩たちの多くが、先のボルネオショック直前に、実に多くの人が移動になったとか。

 しかも移動先が地方だというのだ。

 本省にいるエリートたちが急にだという話で、それだけでも大変なところに、先のボルネオショックが起こり、省内がパニックになっているという話だ。

 これは、大明共和国の謀略の煽りで、緊急調査した結果、他国にひも付きの連中を追い出したためなのだろう。

 俺が聞いている話では、経産省内では大明共和国関係の人間はほとんどいなかったと聞いているが、コロンビア合衆国とのひも付きがかなりいたとか聞いていた。

 彼らも、ひも付きがばれた以上移動となったとも聞いたので、多分その関係者なのだろう。

 そういう話ならば、藤村さんも無関係とはいえないだろう。

 なにせ、日本側で音頭を取っていたのは、あなたの上司である里中さんだし、そういう意味でも彼女の面倒は最後まで見ようね。

 例の開発の件はうちが動き出したようだし、彼女と友人関係なら、今後の展開でもスムーズにいきそうだしね。

 一部で修羅場になりかけた宴会もどうにか無事に終わりそうだ。

 副代表が会を終わらせるべく最後の挨拶を初めて、締めを藤村さんに持ってきた。

 最後に手締めをして、新歓コンパは無事に終わった。

 この後、2次会に流れていく人たちも多くいたが、俺はここで別れた。

 好美さんは、姉の仁美さんがあの状況なので、2次会まで付いていき、ここで別れる新入生は俺と、先に心もとないと発言した彼女の二人だけだ。

 尤もその彼女とも、店の前で別れ、俺はどこにいたのかすぐに出てきた葵と一緒に帰っていった。

 その後学校内で好美さんに会うたびに姉の件で謝られた。

 なんでも2次会でも大変だったらしい。

 最後には、藤村さんはもちろんのこと、教授や佐藤とか言った男性になだめられたのだとか。

 彼女の件には、聞いた理由が理由なのなら、俺にも責任がないわけじゃないので俺も全くの被害者というわけじゃない。

 好美さんに謝られるたびに、気にしないでというのが常になった。

 そんな光景を見かける梓に、時々焼きもちを焼かれる以外には実害は出ていないしね。

 そんな先輩たちには悪いが、俺の周りは春の陽気のように気持ち良く学生生活をエンジョイしている。

 俺自身も大学生活を十分楽しめている。

 もう、あんなボルネオの時のような、ヨーロッパの時のような事件には巻き込まれたくない。

 このまま楽しく大学生活をしていきたいな。

  ……

 無理かな。

 エニス王子の件が片付いていない。

 エニス王子が皇太子、いや国王にでもなれば俺もお役御免になるだろうが、それまではとにかく力をつけていくしかないしね。


 まあ今だけは、今の生活を楽しむことにしよう。

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