第62話 初参加のサークル

 

 翌朝は、これもボルネオ王国当時からの習慣になっている全員での朝食を取った。

 昨夜の宴会では、かなり遅くまで飲んでいたようで、幾人かの顔色は悪い。

 しかし、さすがと言うか、うちの女傑トップ3のアリアさんたちは元気そのものだ。

 昨夜話の出ていた湾岸の開発計画に乗り気で、その検討をあの飲み会の時から始めていたようだ。

 すぐにどうこうなるものじゃないので、俺は言い出しっぺなのに、この件はアリアさんやイレーヌさんに任せきることで、すでに頭の中からは抜けていた。

 食事も終わり、十分な時間の余裕をもって大学に向かった。

 ここから大学までは、歩いていける距離だ。

 かおりさんなんかはタクシーやハイヤーを使わせたいようだが、とにかく悪目立ちすることだけは避けたかったので、歩いての通学をさんざん話し合いの末勝ち取った権利だ。


「それでは、大学に行ってきますね。

 今日は、サークルにも初参加してきますから、帰りの時間は読めません。

 解り次第連絡を入れますね」


「そうですか、わかりました。

 今日は葵を付けますので、何かあれば彼女に伝えてくださいね」


「そうそう、今日はまだ見ていませんが、藤村さんにもサークル参加の件を伝えてくださいね」


「解りました。

 今日は、例の件もあって明日香さんとは話し合うつもりですので、その時にでも伝えておきます」


 そんな会話をかおりさんとしてから部屋を出た。

 5月の陽気は散歩するには心地よい。

 ここから大学までは、この辺りが再開発されたために並木道が整備されており、散歩するにはもってこいの環境だ。

 唯一不満があるとすれば、整備されたばかりなので、並木の木がまだ小さいことくらいだ。

 それでも時間にも余裕があるので、ゆっくりと歩いていると、急ぎ足で近づいて来る梓に声を掛けられた


「おはよう、直人君」


「あ、おはよう梓。

 梓も今日は2時間目からなのか」


「そうよ、まだ教養課程なのだから授業に余裕があるの。

 私は一般教養の多くが直人君と同じだから一緒よね」


 そうなのだ。

 梓は、俺と同じ科目を多く選択していた。

 もっとも一般教養なんかはどれをとっても同じようなもので、興味のある科目を取ればいいだけだから、こだわりがなければどれをとっても同じだ。

 学部の違う友人などが、それこそ示し合わせて同じ授業を取ることもよく聞く話だ。

 かく言う俺と梓もその口だ。


「そうだったな」


「そうよ、でも今日は一緒に授業に出れるのはこれだけね。

 午後からは、必修科目が入るから別々ね。

 直人もそうでしょ」


「そうだよな。

 午後は英語などがあったかな。

 その後は、初のサークルに参加するから、帰りは別々かな」


「わかったわ。

 でもお昼くらいは一緒にできるわよね」


「ああ、そうだな。

 昼くらいは一緒に食べよう」


 そんな恋人かよと言いたくなるような会話をしながら大学に向かった。

 大型連休明けの大学構内は人でごった返していた。

 田舎から出てきた俺なんかは戸惑うこともあるが、どうにか生活ができている。

 午後の授業も終えて、いよいよサークルに向かう。

 俺の属しているサークルは、『政界の政治情勢研究会』という名のサークルで、名前のごとく垢ぬけてはいないサークルだ。

 そのためか、属している人の数だけはそこそこいるようだが、ほとんどがいわゆる幽霊と呼ばれる部類で、毎回参加しているのは数人と言ったちょっと寂しいサークルだ。

 しかし、その活動には正直言ってびっくりするくらいしっかりしていた。

 なにせ俺らが引き起こしたボルネオショックの本質をしっかり見抜いていたのだから。

 俺は、その能力や情報が欲しくてこのサークルに参加を決めた。

 そのサークルに初参加ということでいつも活動が行われている政治経済学部の入る校舎に向かった。

 その校舎は、ただでさえ古くぼろい建物の多い学校でもひときわ古い校舎だった。

 さらにうす暗い校舎の奥に目的の部屋がある。

 ここは、数年までに定年で退官した老教授が自身の部屋として、ここで一つのゼミを持っていた場所だ。

 もともとこのサークルは、この老教授のゼミだったものが、サークルまで発展?したもので、老教授がいた時からこの部屋を使わせてもらっていたとのことだ。

 今ではサークルの部室として使っている部屋には、以前の主である老教授の資料が今でも雑然と置かれており、サークルの者たちにはそれら資料を自由に使わせている。

 老教授も定年退官後も時々部屋を訪れては、サークルの面倒を見ているそうだ。

 その老教授がサークル使用中の部屋にいらした。

 すでに幾人もの人がおり、ひときわ目立つ存在だったのが、その名誉教授だ。

 その外には、サークルのメンバーだろうか、10数人ばかり居たのだ。

 しかし俺が顔を知っているのは、その中でも二人しかいない。

 そう合同のサークル紹介イベントで説明してくれた、確か代表と副代表とか言っていた女性だけだ。

 それ以外は、多分サークルのメンバーだろうか。

 見た感じで、一年生も3人ばかりいるようだ。

 明らかに落ち着かない様子だ。

 新人が俺だけでなく安心したのだが、この後どうしよう。

 俺が手持ち無沙汰にしていると、俺の入室に気が付いた副代表と聞いていた確か澄川さんとか言っていた女性が声をかけてくれた。


「いらっしゃい。

 新入生ね。

 確か君はサークル紹介の時に色々聞いてきた君ね。

 ごめん名前をまだ覚えていなくて申し訳ないね。

 自己紹介してくれるかな」


 そんな俺らの会話を小耳に挾んだのか、名誉教授と話していたこのサークルの代表がみんなに向かって声をかけた。


「そろそろ集まったようだから、始めようか。

 まずは、自己紹介からだよね。

 そこの君から始めてくれるかな」


 いきなり俺からかよ、とは思ったが、先に澄川さんにも言われていたので、多分そうなったのだろう。

 俺は、当たり障りのないように、学部と出身地などを話して自己紹介を終わらせた。

 はずだったのだが、俺の話が終わった後で、先の名誉教授から質問があった。


「君はなぜこのサークルに入ったのかな。

 見た感じだと、官僚を目指しているわけじゃないし、かといってだれか先輩つながりというわけでもなかろう」


 このサークルは、合同説明会には参加してはいるのだが、どうもあの説明会では新入生を捕まえようとする気概が見えなかったのはそういうことか。

 このサークルは先輩からの紹介によるものがほとんどなのだろう。

 いわゆる『一見さんお断り』と言った感じのようだ。

 ひょっとしたら、俺のような入会は初めてかもしれない。


「はい、合同説明会で、発表していた世界情勢の分析があまりに鋭くて、自分もそのような分析ができるようにスキルを身につけたかったから、澄川さんにその場で入会の申し込みをしました」


「あの、分析かね。

 しかし、あれはまだ情報が少なく、少々正確性に欠けると思い、南山君には発表を控えるよう助言したものだが、あれを気に入ったとは」


 どうもあの分析にはこの教授は納得していないらしい。

 裏付けが取れていないというやつかもしれない。

 まあ、俺の回答に納得したのか質問はそれで済んだ。

 俺の後からそばで手持ち無沙汰にしていた女性が自己紹介を始めた。

 次々に自己紹介をつづけていき、新入生4人が終わり、先輩諸氏も簡単に名前と学部などの自己紹介を始めていた。

 その後は雑談となり夕方になると、澄川さんが俺らに声をかけてきた。


「君たち、この後も2時間ばかり大丈夫かな」


「へ?

 大丈夫ですが。

 何か」


「この後、この近くの居酒屋で歓迎会を予定しているのだが」


 どうも新歓コンパというやつがあるらしい。

 急に大学生になったと実感が湧いてきた。

 最後に自己紹介をしていた女性が、恥ずかしそうに手持ちが少ないのでと言ってきたのに、今度は南山代表が「今日だけは大丈夫だよ」と言ってきた。

 どうも今日の分は、名誉教授や、新歓迎コンパだけに参加するOBやOG諸氏からのおごりだと説明してくれた。

 このサークルの伝統だとも言っていた。

 なので、この場にいる全員が連れ立って、大学を出て、近くの学生街にある居酒屋に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る