第61話 酔っ払い

 

 その後に夕食となったのだが、ここに運ばれてきたのはほとんどオードブル?

 酒のつまみしか運ばれてきていない。

 みんなの就業時間は過ぎており、飲酒については好きにして良いと言っている。

 また、この部屋(俺の部屋になっているのだが)に用意してある酒は自由に飲んでいいよとまで言っているので、夕方過ぎにこの部屋で宴会が始まろうと構わないが、一応未成年で飲酒は避けている俺にとって、なんだか納得がいかない。

 すでに小橋さんに誘われたのだろう榊さんと花村さんはほろ酔い加減だ。

 そこに我々が加わったのだから、宴会が始まっても不思議はない。

 まあ、休日出勤の明日香さんの慰労を兼ねて宴会にしよう。


「迎えに来てくれたみんなや、わざわざ休日のところに仕事をしてくれた藤村さんの慰労を兼ねて乾杯しよう」


 俺ら未成年はそれぞれ好き勝手にソフトドリンクを用意してグラスを片手に乾杯して、宴会が始まった。

 前からイレーヌさんと花村さん、榊さんがこの部屋で飲んでいるのは知っていたのだが、最近ではかおりさんも加わり、そこに明日香さんまでも加わって宴会をしているようだ。

 明日香さんも異様にこの部屋に慣れている。

 なんでもこの部屋で飲んでいる限り変な奴に絡まれる心配がないし、何より終電過ぎてもここで寝ていけるので、この部屋での飲み会は彼女たちにはすこぶる評判がいいそうだ。

 俺がこの部屋を使うのなんて昼間のあれしか用がない。

 夜は自由に使ってください。

 お酒が入ると誰でも饒舌になるが、明日香さんが噂話を始めていた。

 同期の経産省のお役人の愚痴を披露していたのだ。


 オイオイ、大丈夫か。

 守秘義務はどうした。

 あ、噂なので大丈夫。

 そうでしたか。

 ほんとかな。


「聞いてくださいよ。

 同期で、経産省に入った友人が、この休みに私の部屋を訪ねてきたら、その場で愚痴り始めたんですよ。

 なんでも先のボルネオショック……この言い方して大丈夫ですか。

 ボルネオに拠点があるのですよね。

 気を悪くしたらごめんなさい」


「大丈夫ですよ、明日香さん。

 気にしないでください。

 世界中にその名前で通っているようですから。

 でも、あれの原因の片棒を日本外務省も担いでいるのですけどね。

 まあ、私たちが悪者のように言われていないので気にしないことにしていますよ。

 かおりさんもそうですよね」


「はい、明日香さん、気にしないでお話の続きを聞かせてください」

 それをほほえましくアリアさんが見ていた。


「その友人なんですが、先のボルネオショックの影響でベイエリア開発の計画が止まって、その後始末で休みなしと泣いていたんですよ。

 さんざん私は休めていいわねって、皮肉を言いながら。

 私だって、半分もGWを休めていなかったのに。

 今日だって、午前中から本省に出勤して、休みじゃなかったんですよ」


「それは大変でしたね」


 あれ、今何か大事なことを聞いたような気がするぞ。

 エリア開発がどうとか、必要な資本が莫大なために、十分な体力がないとできなかったやつだよな。

 前にバブルのところで調べたことがある。

 あの当時はやたらと周りにお金があったとかで、銀行さんに一声かければ簡単に資本が調達できたとか.

  今では全く考えられないことだが、そう習ったはずだ。

 ひょっとして資金さえあればその計画にかめるかも。


「かおりさん、かおりさん。

 ちょっと教えてほしいんだけれど」


「直人様、何ですか」


「今、藤村さんが話していた件だけれど、ベイエリア開発に我々が噛めないかな。

 多額に資金運用に困っていたよね。

 国が進めている開発なのだから、そう悪い話じゃないはずだよね」


「そうですね。

 聞いてみましょうか」


 俺は隣にいたかおりさんにとん挫した計画について聞いてみた。

 大体ここだって、例のショックで逃げ出した後釜に座っただけだ。

 国内の資金需要についても、あれだけ大きな衝撃で多少は混乱しているから、あとから我々が入り込んでも問題ないよね。

 悪目立ちしないよね。


 かおりさんはアリアさんと何やら相談している。

 相談がまとまったようで、かおりさんが明日香さんに聞いてきた。


「明日香さん、ちょっといいですか」


「え、何ですか、かおりさん」


「お友達のこぼしていらした開発計画って、以前新聞をにぎやかしていた品川のエリア開発ですか」


「はい、そうです。

 品川城南島の総合開発計画です。

 政府が音頭を取った開発計画ですが、民間開発となっておりました。

 そのため、民間の、この場合旧財閥の五菱の不動産会社が幹事となった開発計画でした。

 例の経済ショックのあおりで、五菱銀行が不良債権をかなり抱えたようで、一斉に手を引き、事実上中止となったと、こぼしておりました」


「中止なら、経産省の方ではあまり仕事はないのでは」


「どうもそうではないようで、かなりややこしい事情があるようです。

 あの計画をそのまま中止にもできないようで、ホワイトナイツを探さなければならないと言っておりました」


「その話は聞いたことがあるわ」

 明日香さん達の話に、かなり出来上がった榊さんが加わってきた。

 榊さんは、ヘッドハンティングで外資の投資会社から海賊興産の投資部門に転職してきたキャリアだ。


「その話なら、かなり話題になっていたわね。

 総額五千億円以上で、付近のインフラまで一挙に開発していく話でしょ。

 インフラ整備なんかは政府や東京都が行う話だそうだけれど、目玉の総合複合施設の開発が民間だったよね」


「あら、以前あなたがこぼしていたやつよね」


「こぼしていた?」

 花村さんまでもが加わってきた。


「はい、直人様。

 榊の奴がかなり前に、さんざん私に愚痴ってきた案件なんですよ。

 なんでも計画が始まったのが3年前のことで、その時に榊がうちに転職してきたんですけど、ここでの初仕事として、その計画に加わろうとしていたみたいなんですよ。

 それが全然絡めなかったものだから、それこそ毎日のように私のところまできて絡んできたんですよ。

 そのころ私だってスレイマンの油田獲得で忙しかったのに、酷いと思いませんか」


「まあまあ落ち着いてください。

 誰だっていやなことがあれば親しい人に聞いてほしいものじゃありませんか。

 それより、榊さん、全然絡めなかったって会社からの指示でもあったのですか。

 それとも何かほかの原因でも」


「政府主体のような開発だったものだから、それこそ経産省のお役人の邪魔があって、話すら聞けませんでしたね。

 経産省が五菱とがっちりスクラム組んで、自分たちの仲間以外をすべて排除していましたから。

 うちだけでなく、七洋物産などの大手商社関係も排除されていましたしね」


「そうなのですか。 

 そんなことがあったので、新たなパートナー探しに苦労しているのですね。

 彼女が言うのに、どこも話を聞いてくれないとこぼしていましたから」


「あらあら、そのお友達は先輩たちの尻拭いをさせられているのね。

 そんな経緯があれば、当時を知る人たちは誰も相手をしないでしょうね」


「そうですよ。

 うちだって、そこに絡めなかったから、同じように排除された会社とここの開発に乗り出したんですしね。

 いまさら言ってきても、他で開発を始めている所なんかは相手できないわよね」


 その後、榊さんに詳しく話を聞いたら、当時の経産省の役人がかなり酷いことをしてきたらしい。

 それも、どうも五菱の指示だったようだが、それでも、そんなことをしでかした彼女の友人の先輩たちには後始末なんかできそうにない。

 だからなのか、入ったばかりのキャリヤ官僚に大きな仕事が回ってきたのは。

 事情を知っていたら、絶対にやりたくない仕事だよね。

 しかし、それならやりようがある。

 幸い我々は、今の官邸(総理官邸にいる人たち)とも面識がある。

 それに、先のボルネオショックの共犯のような関係だし、何より、そのとん挫した原因がそのショックによるものなら、うちが彼女の云うところのホワイトナイツに名乗り出てもいいだろう。

 アリアさんも同じことを考えていたようだ。

 お酒が入っているが、顔は引き締まっている。

 すぐにイレーヌを捕まえて、かおりさんとごそごそ話し始めた。

 俺には良く判らない世界の話で、先日聞かされた運用先の件で、今聞いた話がちょうど金額的にも合いそうだと思っただけで、実際にどうこうできる訳はない。

 明日香さんは、しきりに愚痴り始めた。

 きっかけを与えてしまったためか、榊さんまでもが加わり、一緒になって当時の経産省のお役人たちをディスり始めた。

 カオスになり始めたので、俺は明日香さんをなだめ、榊さんの話を花村さんと一緒に聞いている。

 明日からGWが明けるのに、今日は長丁場になりそうな気配だ。

 おなかも膨れた俺は、そろそろ逃げる算段を考え始めた。

 ちょうど今日子さんが自室に戻るときに俺も葵と一緒にこの場から去ることにした。


「私は、明日も早いので、ここで失礼します」

「今日子さん、私も引き上げますからご一緒しましょう。

 直人様も一緒しましょうね」


 さすができる葵は違う。

 俺の意図を確実にくみ取ってくれる。

 未成年組のため飲酒を控えていたためか、上手に酔っ払いから逃げる算段を作ってくれた。


「そうだな。

 俺も明日から学校に遅れるわけにはいかないしな。

 まだ飲んでいる方は、大丈夫ですからごゆっくり」

 いつものことで慣れているだろうから、俺のせいでお開きにならないように一言だけ声をかけて引き上げようとしていたら、かなり出来上がった明日香さんに絡まれ始めた。


「逃げるのですか、本郷さん。

 もっと私の話を聞いてくださいよ」


「私たちが聞いてあげますからね。

 あなたの後輩なんでしょ。

 入学早々に遅刻癖を付けるわけにはいかないでしょ。

 直人様、あとは私たちが面倒を見ますから。

 お休みなさい」


「今日はありがとうございました。

 おやすみなさい」


 酔っぱらった明日香さんの面倒を花村さんと榊さんが見てくれるそうだ。

 アリアさんたちの方をちらっと見たが、あの方たちはスイッチが入ったのか仕事モードになっている。

 邪魔したら悪いのでそっと事務所を出た。

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