第54話 サークル紹介

 それからGWまでの生活はあっという間に過ぎていった。

 この間はこれと言って事件やイベントは起こらなく大学一年生として普通の生活を満喫できた。

 あ、イベントと言えば唯一クラブやサークルの合同での紹介イベントに梓と一緒に参加したことくらいか。


 俺は現状の生活からクラブやサークルには無縁の大学生活を送るつもりでいた。


 はなから大学生活はアルバイトと勉強だけの生活を覚悟していたのだが、ヨーロッパ旅行以来俺の置かれている環境が一変したことから、今度はスレイマン王国の貴族としてエニス王子のために働く覚悟をしての入学だった。


 かおりさんからは今の生活ペースで充分だからサークルなどの大学生活を楽しんでくださいとは言われていたがそのつもりはなく、そういったいわゆる大学生らしい生活をあきらめていた。

 毎日の爛れた生活を見れば完全に普通じゃないことは俺でもわかる。


 しかし、梓にはそれこそ大学生活をエンジョイしてもらいたく、梓とのデート代わりにこの合同イベントに付き合ったのだ。

 どこもかしこも派手に新入生の取り込みに必死さが伝わってくる。 

 無駄に広いグランドを所狭しと各クラブやサークルのブースが立ち並ぶ。

 どこでどうやったのかグライダーを持ち込んだ飛行クラブやディンギーを持ち込んだセーリング部なども盛んに勧誘を広げている。

 運動部だけでもいったいいくつあるのか。

 それに文化部も多数派手に勧誘をしている。

 広告学研究会など、先輩OBのアナウンサーを連れての勧誘まであった。

 流石にミス大学を主宰するだけあって小さなブースにビキニスタイルの女性まで時間を決めて登場させているのには驚いた。

 まるで学園祭のノリだった。

 見て回るだけでも楽しいものだったのだが、派手なブースがひしめき合うグランドでひときわ目立つブースがあった。

 ここは何と言ったらいいか、そうなのだ、非常に地味だ。

 周りが派手なブースばかりなので、逆にその地味さがひときわ目立つのだ。

 しかも、ちょっと近寄りがたい。

 グランドの端にあるのだからここまで目立っていても誰も立ち寄らずに過ぎようものだが、俺はなぜか急にそのブースが気になった。


 中学生の発表会じゃあるまいし、模造紙にそれも地味な色使いの研究発表が記されている。

 その研究内容が『ボルネオショックと中東の政治情勢』とある。 

 ここのブースは『世界の政治情勢研究会』と言うサークルだ。

 ブースには女性が二人詰めていた。

 梓は興味なさそうに次のブースに行こうと俺を誘うが、俺にはどうしても張り出してある研究発表が気になってしょうがない。

 梓に頼んでしばらくその発表内容を読んでいた。

 どうしてなのか。

 外部発表していないことまで書かれている。

 その内容もかなり秘密度の高いものばかりだ。

 外務省でもごく一部しか知らされていないことまで書かれていたのだ。

 俺は中の女性に情報の出所をダメもとで聞いてみた。

 中から出てきたのが政治経済学部の3年生でこのサークルの代表をしている南山恵子さんと言う女性だった。

 かなりの美人だと思う。

 少なくとも俺の周りにいないタイプで、色気やかわいげと言ったものは一切感じないお局さんにも通じる一種の圧力を感じる(俺はお局さんは知らないが)、例えるのなら融通が利かない風紀委員長タイプとしてラノベなどで登場する、怖いお姉さんと言ったらいいのかもしれない。

 その圭子さんが俺の質問にいともあっさりと答えてくれた。

「情報ソースだって。

 そんなのそこらじゅうにあるやつをちょっと深く読み解けばいいだけだよ。

 このサークルはそれを研究するサークルさ。」 と言って彼女は中にいるもう一人の女性に何かを頼んでいた。


 しばらく圭子さんの説明を聞きながら、俺は背中に冷たいものを感じていた。

 流石に完全に分かっている訳じゃなく、ところどころ間違いもあるが、大筋で理解している。

 それもボルネオだけでなくスレイマンとの関係もだ。

 すると先ほど頼まれた女性が数冊のスクラップブックを持ってきていた。

 新聞記事を切り取って張り付けたものだ。

 その中のいくつかの記事を指し示しながらどうやって読み取っていくかを丁寧に説明してくれたのが、これを持ってきた澄田祥子さんだった。

 こちらの女性は見るからにほわ~~んとした天然を感じさせるかわいらしい女性だ。

 二人の美女に両脇から説明されていると梓の機嫌が悪くなっていく。

 しかし、ここは無視できないので、見なかったことにして最後まで説明を聞いた。

 そして非常に感心もしたのだ。

 世に出回る情報だけでもここまで分析できるスキルがあることに。

 本来政治学と言うのはこういったものなのだろうか。

 文学部の俺にはわからないが彼女たちが言うには政治経済学部のゼミのようなサークルだと言っていた。

 確かにゼミの発表だとしてもうなずける内容なのだ。

 その後はどういう展開かは分からないうちにその研究会に登録していた。

 サークルは現在23人いるそうなのだがそのほとんどがいわゆる幽霊と言うやつだ。

 実質活動しているのは彼女たちを含め4~5名程度。

 毎週月曜日の午後に部室で研究するそうで参加してもしなくてもいいと言われて、俺の活動にさほどの影響がないことを理解できたので参加することにした。

 登録まで済ませれば簡単に俺は解放され、機嫌の悪くなった梓のご機嫌を取りながら他のサークルを除いていった。


 梓はどこをどう気に入ったのかはわからないのだが最後に回った茶道部に入部を決めていた。

 俺においしいお茶を飲ませてあげるとか何とか言って。

 GWまでの大学生活でトピックスと言えばこれくらいだった。

 そんでもって今日はGWの前日。

 授業も終わり、俺は今日中にボルネオに戻る手はずを整えていた。

 梓が見送りに来るという約束があったので、キャンパスの喫茶室で梓を待った。

 コーヒーを一杯飲み終わるくらい待つと授業を終えた梓がこっちに向かってくる。

 俺は喫茶室を出て、梓を迎え、そのまま大学を出た。

 しばらく歩くと、路上に観光バスが一台。

 俺たちを待っていた。


 バスガイドよろしく藤村さんとかおりさんがバスの前で俺らを待っていた。

 流石に大学の校門まではなかったのでそれほど目立たなかったと思いたいが、それでも美人が二人してバスの前でお出迎えは目立ってしょうがない。

 梓は気にもせずに二人に挨拶をしてバスに乗り込んでいく。

 当然バスの中には猫さんチームが帰国の用意を済ませ待っている。

 俺は待たせたことを詫びて最後部のラウンジスペースに梓と座った。


 バスはすぐに羽田に向け走り出していた。

 途中の高速道路は日中ということもあり混んでいていつも以上に時間がかかる。

 梓は心配そうに俺に聞いてきた。


「飛行機の時間大丈夫なの。

 私のせいで乗れないってことはないよね。」


「大丈夫だよ。

 時間なんて関係ないしね。

 あ、外務省や法務省のお役人の時間があるか。」

 

「え?何のこと。」


 すると藤村さんが梓に教えてくれた。

「本郷様の出国に関しての手続きのために局員を待たせていますから、そのことじゃないですか。」


「直人、どういうことなの。」


「あれ、話さなかったけ。

 俺らの乗る飛行機は自家用機だよ。

 時間の融通は利くから大丈夫なんだけれども、出国する際の手続きはきちんとしないといけないから職員の方が待って下さるんだ。

 その方を待たせると残業になるかな。」


「本郷様。

 大丈夫ですよ。

 手すきの人間がすることになっておりますから。」


「それを聞いて安心したよ。」


 まだ梓は疑問が解けていないようだが、バスは構わずに羽田のそれも専用建屋に入っていった。

 バスが止まり入り口で職員が待っている。

 梓は思わず終えを上げた。


「な、直人、ここどこ。」


「羽田にある自家用機専用の建屋だそうだ。

 俺も詳しいことは知らないけどいつもここに通されるよ。

 職員が待っているから行くよ。」


「う、うん。

 待って、置いていかないで。」


 そのままいつもの応接に通されると、少し前に着いたリス組さん達が待っていた。


「直人君。

 この人たちは。」


「この人たちは猫さんチームと入れ替わりイレーヌさんのところに付くリス組さん達だよ。

 今は猫さん達との引き継ぎがあるから後でイレーヌさんに紹介してもらってね。」

 そういいながら俺は自分のパスポートを藤村さんに手渡し、手荷物も空港職員に預けていた。


「何しているの。」

 頭の中に?マークがびっしりになりそうな梓が俺に聞いてきた。


「出国のための手続きだよ。

 それと通関って言うのかな、荷物検査かな。」


「え?

 それって空港ロビーにあるカウンターやパスポートをチェックするところでやる奴じゃないの。」


「普通はそうなのだけれど、俺たちはいつもこうされているよ。

 なんでも警備などの都合だそうだ。」


 梓が疑問に答えるように、藤村さんが余計なことを言ってきた。


「本郷様は今ではスレイマン王国の貴族になっておりますしね。

 日本で襲われたらそれこそ国際問題になりますから。

 ですから今では準外交官に近い扱いになっております。

 もっとも外交官特権などありませんので、審査は一般の方と同じですからご安心ください。

 あくまで警備上の都合とだけご理解いただければ。」


 梓はまだ納得がいかないようだが、自家用機だけでも驚いているのに直人の周りがすごいことになってきていることだけは徐々にではあるが理解していった。


「帰りはいつなの。」


「GWの最終日かな。」


「出迎えに来てもいい。」


「藤村さんとイレーヌさんが良ければ構わないけど夜になるよ。」


「大丈夫、寮にはきちんと届けを出してくるから。」

 俺はイレーヌさんや藤村さんを見たが、二人とも微笑んでうなずいていたので、梓に出向かえをお願いして、飛行機に乗り込んでいった。


 梓は帰りも同じバスに乗り込んで、イレーヌさんにリス組さん達の紹介を受けていた。


 俺も梓もとにかく忙しかった4月であった。

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