第53話 自動車教習所
入学式の翌日からは、晴れて東都大学大山キャンパスでの生活が始まる。
ここでは主に一二年生の一般教養を学ぶためのキャンパスだ。
そのためにすべての学部の新入生はここで学び始める。
理系のトップで他とは一線を画す医学部とて例外でない。
当然理工学部の梓もここで学ぶことになっている。
晴れて東都大学生としての充実した生活が始まるかと言うと、そうもいかない。
つい最近まで高校生として生活していた新入生に大学生としての生活などのガイダンスがあったり、大学の施設説明や利用規約などの説明会やら、果てはクラブやサークルの紹介などのイベントが盛りだくさんだ。
そんな生活をしながらこの一年を学ぶ教科選択をしなければならない。
当然必修科目はあるがそれ以上に選択科目をある一定以上に選択を迫られる。
この選択科目は学部に関係ないことから梓は昨日から俺と一緒の科目を選択しようと色々と相談してくる。
キャンパス内の談話スペースや喫茶室、学生食堂に集まっては選択科目を決めていった。
そんな生活が4月いっぱいは続く。
しかし、この間にクラブやサークルに参加しなければ午前中には解放される。
当然暇になる午後には自動車教習所に通うことにしているのだが、梓に、午後の予定を聞かれそのことを話した。
すると梓は「私も直人と同じ自動車教習所に通う」と言い出した。
とりあえず今日は俺と一緒に教習所に行くと言って付いてきた。
俺も気にせずにつれてきたのだが、まずいことになる。
なにせ同じ教習所にうちの連中を通わせていたのだ。
日本に詰めている者から手すきになり次第通うように言っておいてあるので、だれかが教習所にいることとなる。
俺と会えば当然挨拶はされる。
「直人君。
この人は誰なのかな~。
私は会ったことがないけど、どういう関係なのか、差しさわりが無ければ教えてほしいな。」
かなりドスの利いた声で俺の隣から聞いてきた。
ちょっと怖い……いや、かなり怖い。
俺はすぐさま正直に答えた。
ただし当然のことだけれど例の爛れた関係だけは伏せておいてだ。
「この間紹介したイレーヌさんの部下だよ。
今、日本にいる組の子たちだな。
俺が日本での生活も長くなるので、全員に自動車免許を取ってもらうように頼んでおいてあるので、仕事に差しさわりにない範囲でここに通ってくるよ。」
「そういった子たちはあとどれくらいいるのかな。」
「前にも説明したように全員で二十数名だな。
そのうち1/3くらいが交代で日本に詰めている。
免許は全員に取ってもらうことになっているので、日本に詰める間で、交代で取ることになるかな。」
梓は以前かおりさん達からの説明を思い出していたようだが、それでもかなり機嫌が悪い。
「私も明日から直人君と一緒にここに通うことにするわね。
手続きをしてくるけど直人君は教習よね。
私は終わるまでにここで待つことにするわ。」
結局、4時過ぎまで梓と教習所にいた後、梓を連れて、さっきまでここで教習を受けていた小橋さんと一緒に事務所に向かった。
流石に事務所の自分の部屋に梓を通すわけにはいかないので(なにせだれがどう見ても完全なやり部屋なもので)小橋さん達が仕事をしている部屋のミーティングテーブルで梓と一緒に座って、簡単にここでの仕事を説明した。
初めてここの入った梓は全員が女性、それも例外なくうら若くそして何よりスタイル抜群な美人ばかりの状況に唯々驚いていた。
梓は落ち着くと、今度はものすごい眼力で俺のことを睨んできた。
幼馴染である梓とはかなり長い時間を共有しており、彼女のことはある程度理解していたと思っていたのだが、それが完全に間違いであることを今理解した。
正直かなり怖い。
蛇に睨まれたカエルの心境とはこういったものなのかと初めて理解していた。
完全に現実から逃避していた。
そんな俺のことを救ってくれたのが明日香さんと一緒に入ってきたかおりさんだった。
まず、外務省の役人として紹介してあった明日香さんが自分のデスクに座ったのに不審に思った梓が俺の拘束を解いた。
拘束とは大げさだと思われる先輩諸兄に言い訳じゃないが説明しておきたい。
女性の怒りを込めた、いや殺気すら感じる眼力で睨まれれば俺のようなヘタレは完全に動けない。
それだけで拘束されたようになる。
嘘だと思ったら浮気などを奥様の前で勝ち誇るように暴露してみたらいい。
同じ状況が味わえると思えるから。
また現実から逃避していた。
話を戻して、梓は疑問に感じてそれをすぐに明日香さんに投げかけたら、かおりさんが代わりに優しく答えてくれた。
「明日香様は、直人様専属の役人として、スケジュール確認などの仕事をしております。
また、私たち勢力との繋ぎの役割がありますので、私たちが外務省に事務スペースをお貸ししております。
当然、守秘義務制約を取り交わしての話ですが。
ここでは世界金融関係の情報を集めておりますし、当然私たちの投資戦略もここで練られるわけで、決して小さくない金額を取り扱っておりますので、だれでもここに入れるわけじゃないですが、一緒に仕事をさせていただいております。
なにせ私たちの大切な直人様の安全を確保するために一緒に仕事をしてくださるわけですから。」
かおりさんの最後だけは余計だったようで、これを聞いた梓の機嫌が再び悪くなりかけた。
そこまで話を聞いた梓はいまさらになって気が付いた。
「それじゃ、今私がここにいるのは。」
「はい、とても芳しくはありません。
直人様が梓様を信頼してお連れしたのでしょうがないとも言えますが、あとで直人様には苦言でも申し上げることになるでしょうね。」
ゲ、今度はかおりさんが……でも、考えればまずかったな。
今ではかなり落ちついているが、例のボルネオショックの対応がピーク時ならかなりまずい情報が飛び交っていたんだ。
最悪梓の身に危険が及ぶことになったかもしれない。
あまりここにいても良い訳じゃなさそうなので、とりあえず談話スペースに使っている部屋にみんなで移動することにした。
大学での履修状況などの予定管理の都合もあり、明日香さんもついてきた。
「で、直人様の履修はどのようになりますか。」
「そろそろボルネオにも戻らないといけないとは思っているので、授業は週の前半に集めたよ。
学校には月曜日から木曜日まで行くことにして週末を開けた。
これなら毎週でも戻れそうだしね。」
「そうですね。
そうしていただけますと助かります。
アリアも喜ぶでしょう。」
かおりさんは俺の選択に喜んでいた。
「でも、そのため、学校に行っている間はびっしりだよ。」
すると梓が納得したように俺に言ってきた。
「そんな理由があったんだ。
だからなのね、そのために一緒の授業があまりとれなかったのは。
もっとも、私も必修科目が割と週末に集まっていたからしょうがなかったのもあるけど。」
梓は俺が週末をかなり開けていることにアルバイトでも入れ無理をしているのではと心配していたようであった。
俺の仕事をまだ完全に理解していないというより、俺の高校生までの生活からの感覚が抜けていなかったようだ。
なにせバイト漬けで、ほとんど遊ぶ時間もない生活をずっとしていたのだ。
俺のことを心配すると同時に俺と遊べなかったのを不満にも思っていたようだ。
大学に入ったらいっぱい俺と遊ぶつもりでいたようでもあった。
「もうすぐ、GWですが、ご予定はどうなっておりますか。」
明日香さんが俺のGWでの予定を聞いてきた。
俺が日本にいれば明日香さんの休みが無くなりそうだ。
そのためじゃないがかなりまとまった時間も取れるので、俺はボルネオに戻るつもりでいた。
「授業がはけたらすぐに戻るつもりだよ。」
すると梓は何やら考えごとをしていたようだが、俺に聞いてきた、いや、お願いをしてきた。
「直人君がボルネオに戻るときに私もいっしょに行けないかな。
あ、でも今からだとチケットは取れないよね。」
「チケットなんかいらないけど、梓ってパスポートを持ているの。」
「失礼ね。
これでも私は社長令嬢なのよ。
お父さんの時間が取れたときにはハワイやグアムにちょくちょく連れて行ってもらっているのよ。」
「ごめん。
そういえばそうだったな。
何度も海外土産をみんなに配っていたものな。
俺もおいしいチョコレートを貰うのを楽しみにしていたわ。」
「あ、定番のマカデミアナッツね。
割と同じところばかりだったので安易な土産で申し訳なかったと思っているのよ。
そんなことより、チケットが要らないってどういうことなの。」
「ここと日本での往復は自家用機を使っているよ。
なにせ直行便がないので時間的にきつくてね。」
「じ、自家用機って…」
「直人様。
しかし、今からだと梓様をお連れするのは少々厳しいかと。
梓様だってお父様の了解を得られないでしょうし、何よりボルネオ側の受け入れが間に合わないかと思います。」
「そうだね、まだあちらは後処理中だったね。
ごめん、梓。
今回は無理だわ。
おじさんにきちんと説明もしないうちに梓を連れてはいけないよね。
まずはGW明けにでもおじさんにきちんと話さないといけないな。
梓を連れていけるのはその後かな。」
「そうよね。
確かにお父さんに許可をもらわないと、家から通えって無茶言い出しかねないしね。
新幹線を使えば通えるとかなんとか言いだしそうだしね。
下宿の寮が決まる前にも一度そんなことで言い争ったことがあったばかりだし、今回は諦めるわ。
でも、見送り位はさせてね。
成田に行くわ。」
「ごめん、羽田を使っているんだ。
見送り位はできるよね。」
「明日香さん。
梓様の見送りをできるようには調整できますか。」
すぐさま、かおりさんが明日香さんに聞いてくれた。
「大丈夫ですよ。
私も見送りに行きますし、何より交代組の入国もあるとイレーヌさんに聞いておりますから、帰りは彼女たちと一緒に帰れば問題ないかと。
では、すぐに本庁には連絡を入れておきます。」
そういうとかおりさんは自分のデスクに戻っていった。
俺らもここで解散となり、梓は下宿の寮に帰っていった。
俺が送ろうかと聞いたら、明るいし、近くだからと言ってそのまま一人で帰っていった。
まあこの辺りは問題ないだろう。
なにせ大使館が近くに沢山あるので、警備の機動隊がそこら中にいつでもいるような場所だ。
俺も心配ないので、そのまま自分の部屋に帰っていった。
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