第52話 邂逅


 入学式は式次第に沿って粛々と進んだようだが、そんなことは全く記憶がなかった。

 とにかく彼女たちが俺を見つけ合図を送られないようにびくびくしながら式の間中耐えていたのだ。 

 無事入学式は終わり、新入生はそのまま解散となった。


 とにかく俺は逃げるように会場から出て行った。

 会場の外にはあちこちに人だかりがあり、

 その人だかりの中でひときわ大きいものがすぐそばにあったで、とりあえず俺はそこに隠れるように入っていった。

 どこかのワイドショウなのかテレビクルーが撮影に来ていた。

 よく入試などの合格発表ではテレビ中継されるのを知ってはいたのだが、まさか入学式にまで中継があるのなんて知らなかった。

 しかも、そのクルーに交じって俺は良く知る人と目が合った。

 なぜ今日子さんまでがここにいる。

 昨夜もベッドの中であったばかりなのに。

 何をしていたかなんて野暮なことは聞かないでほしい。

 やっていたよ、それも複数で、やっぱり俺ってくずだな。


 どうでもいいが、あちらもこっちを見つけたらしい。

 ゲストかどうかは知らないが、談合坂の坂口さんまでを連れて明らかに俺に向かってくる。


 慌てて逃げようとしたが、後の祭りだ。

 ADさんらしい人に囲まれて、肖像権などの説明を受けインタビューの承諾を受けさせられた。

 すぐに今日子さんがマイクを向けてくる。


 「東都大学にご入学おめでとうございます。

 本郷さん、今のお気持ちを聞かせてください。」


 え、大丈夫かよ。

 いきなり俺の名前を言ってきたけど、ここではまだ名前を聞かれていないぞ。

 するとゲスト扱いの坂口さんも聞いてきた。

 彼女は談合坂の人気投票では下位に甘んじてはいるが美人で気配りのできる素晴らしい女性だ。

 その彼女までが俺に言ってくる。


 「本郷様。

 ご入学おめでとうございます。

 今日から晴れて大学生となったわけですが、今のお気持ちはいかがですか。」


「え、あ、はい。

 唯々驚いています。

 まさか行き成りテレビが来ているなんて思ってもいませんでしたから。」


 「そうですよね。

 初めてなんだそうです、入学式会場に取材に来るのは。

 昼の番組ですが、見たことはありますか。」


 「ごめんなさい。

 私はあまりテレビを見ないもので。」


 「そうなんですか、これからは見てくれると嬉しいな。」 と言う感じで簡単な取材が始まった。


 何をどう答えていたかは覚えていないが多分5分ばかりの取材だったと思う。追いついてきた梓が思いっきり苦い顔をしながら俺のことを睨んでいた。

 取材から解放されたら、梓につかまった。


 「直人君。

 嬉しそうだったね。

 なにせあの談合坂や北海さんだものね。

 あんな美人に囲まれれば男の人は皆あんな顔をするのかな」 と言いながら俺のつま先を踏みつけてくる。

 痛いのだが、ここで何かを言おうものならどうなるかは容易に想像がつく。

 我慢しながら、梓に話しかけた。


 「遅くなったが、お互い無事に入学できたね。

 おめでとう。

 あれ、なんか変かな」


 梓は照れたように顔を赤らめ一言「ありがとう」と返しただけだ。


 「それより、梓は良いのか。

 お父さんが待っているのではないのかな」


 「ううん、ここにはいないよ。

 今日は仕事だって。

 なんでも先の世界経済でのショックから大変だったようで、今も忙しくしていて、入学式には行けなくてごめんと今朝メールをもらった」


 そうなのだ、こと血縁に限れば俺と梓は極めてよく似ている。

 違いは俺には両親がいないが、梓には父親だけは居るのだ。

 それ以外については同じように血縁には恵まれていない。

 そうなると父親が出られなければ俺と同じように誰もいなくなるはずなのに、俺には今日はあの3人がいるのだからどうしよう。


 「で、梓のこの後の予定はどうなっているんだ」


 「夜には仕事を切り上げるからってお父さん言ってくれたので、お父さんとホテルで食事をする予定。

 それまでは暇なの」


 そろそろ俺のことを見つける頃だろう。

 やはり見つけた様だ、こっちに向かってくる。

 いい機会だから、梓に紹介しておこう。

 なにせ今日の入学式に父親を出られなくしたのは俺のようなものだから。

 あのボルネオショックと呼ばれている経済ショックを引き起こした張本人がこっちに向かってきているのだから。


 「暇なら俺とお茶でもしないか」


 「あれあれ、直人君、私の事ナンパしているの」

 なんだかうれしそうに話しかけてくる梓を軽く小突いて、

 「何馬鹿なことを言っているんだよ。

 前に紹介してほしいと言っていただろ。

 もうじきここに来るから、前に話したかおりさん達をきちんと紹介するから。

 そうしたらみんなでお茶でもしようよ」


 そういったら梓は急に機嫌が悪くなったように膨れていた。

 いったいどうしたんだよ。

 もう俺にはわからない。

 そんな危機を救ったのはやはりかおりさんだった。


 「こんにちは。

 佐々木様ですよね。」


 梓は非常に驚いている。

 なにせ初対面の人に名前を言われたのだから。


 「え、え、なんで。

 あ、はい。

 佐々木梓と言います。

 直人君とは、いえ、本郷直人さんとは幼馴染で同じ大学に通うことになりました。

 ………

 ところで」


 「初めまして。

 私は本郷かおりと言います。

 でも私は初めてじゃないのよ。

 一度だけですが佐々木さんを見かけていたから知っていたの。

 卒業式の前日にホテルで見かけたから。

 それに直人様の卒業式にも保護者席で参加していたので、佐々木さんを見ておりましたので、覚えております」


 「え?

 本郷と言うと直人君のお姉さんですか」


 「うふふふ。

 そう言えなくも無いですが、きっと佐々木さんが思っているのとは違いますよ」


 「え?え?え?」


 俺がややこしくなる前に答えた。


 「同じ施設の出身だよ。

 あの施設は知らないかもしれないけど、戸籍のない状態で保護されると、隣の本郷神社から名前を頂いてみんな本郷を名乗るのだよ。

 かおりさんも俺と同じ施設の出だからね。

 もっとも、俺の物心のつく前に施設を出たから卒業式前に施設に行くまで知らなかった」


 「そうなのですよ。

 スレイマン王国の関係で仕事をしていたことから、今では直人様の秘書をしております。

 よろしくね」


  その後簡単にアリアさんとイレーヌさんの紹介を済ませ、一緒にお茶でもと言うことで羽根木インペリアルにまで戻ることにした。

 流石に美人を4人も従えての公共交通機関での移動は俺の神経が持たない。

 近くにいた大型のタクシーを捕まえて乗り込んだ。


 イレーヌさんはタクシーの中でどこかに電話をかけていた。


 「佐々木さんには今の直人様の状況をきちんと説明しますね」


 「本郷様。

 ありがとうございます」


 「本郷なんて、直人様と一緒になってしまうから私のことはかおりと呼んでほしいわ」


 「わかりました。

 では私も梓と呼んでください。

 いつも直人君にはそう呼ばれていますから」


 そんな話をしているとすぐに羽根木インペリアルの中央車寄せにタクシーは着いた。


 タクシーを降りると今朝あったばかりの藤村さんが待っていた。

 その彼女を見つけた梓は目で俺に訴えてくる。


 「この人は誰なの」


 「詳しくはゆっくりお茶の時でも紹介するけど、藤村明日香さん。 

 俺らの先輩にあたる外務省のお役人だよ」


 「藤村と言います。

 ここでは差し障りがありますので、部屋を用意してありますからそちらで改めてと言う事で。

 本郷様、こちらです」


 先ほどタクシーの中からイレーヌさんが電話していたのは明日香さんだった。

 ここに部屋を用意して貰ったのだ。

 俺らは明日香さんに連れられて高級エリアになる上層階のラウンジに一部屋確保してあった部屋に案内された。


 「直人君。

 この辺りは羽根木インペリアルヒルズ内でも高級エリアだよ。

 大丈夫なの」


 「知らないよ。

 全部任せきりと言うより、俺にかかわらせてもらっていない。

 ちょっと情けないけど。

 そのあたりも今日きちんと説明するけど、ちょっと内容が公開できないものが多くて秘密の保たれている場所でないと話せないから、とにかくついていこう」


 高級ラウンジを通り過ぎて奥の部屋に入るとすぐに紅茶とサンドイッチを用意された。


 「これを頂きながらお話ししましょう」


 かおりさんが音頭を取り始めた。

 まずかおりさんから俺の今の状況を簡単に説明され、資産運用会社の社長であるアリアさんを紹介し、アリアさんからも英語で自己紹介があった。

 同様にイレーヌさんも紹介され、最後に明日香さんは自分で自己紹介を始めた。

 それが終わると、梓も自己紹介をしてやっと歓談となった。

 はじめの頃は、梓は疑問が出るたびに俺に聞いてきたのだが、しまいにはかおりさんや明日香さんに直接聞きだし、歓談に入るとすっかり打ち解けたようで、今では俺に話しかけずにかおりさんや明日香さんとばかり話していた。

 ちょっと寂しくなってきた。


 俺は久しぶりに会ったアリアさんと英語で話していたのだが、なぜか時々梓が睨んでくるのだ。 

 自分は俺の事を無視しているのにと思っているのだが、俺は何も言わない。

 そんな俺らを見てアリアさんやイレーヌさんに笑われたが、俺にどうしろと言うのだ。


 そろそろ夕方に近づきお茶会はお開きとなる。

 最後にかおりさんは梓に「なんか困ったことがあれば遠慮なく言って来てね。」

 その後アリアさんも英語で「お父様の会社でもお困りの様でしたら遠慮なく申してください。

 私たちには少しばかりの余裕ができましたのでいつでもご相談に乗ります」


 俺は梓にアリアさんの言葉を通訳して教えた。梓はみんなから名刺をもらい丁寧にお礼を述べて散会した。


 「それにしても驚いたのは明日香さんまでが手助けするようなことを言い出したことですね。

 まさか外務省は資金面で手助けはできないだろうにと思ったのですが」


 「あら、私にも友達や先輩はおりますのよ。

 当然、財務省や経産省のキャリアですが、そちらにはこういったケースの救済策はいくらでもありますの。

 それにボルネオショックには外務省もかなり根幹にかかわっていると里中から聞いておりますから他人事ではないように思われたので」


 「なんだ、それじゃあ、俺と何も変わりないですね。

 梓のオヤジが入学式に出られなくなったことでちょっとばかり罪悪感を感じていましたからね」


 まあ結果的には今回うちの首脳陣を紹介出来て良かったとは思っている。

 しかし明日からの生活はどうなるのかな。

 大学で梓に会おうものなら色々と聞かれそうだ。

 俺の心配は彼が思っている以上に大事となることに彼はまだ知らない。

 なにせ今をときめく談合坂のメンバーである坂口さんや人気お天気キャスターに両手に花の状態で名前を言われ入学を祝われたのだから、この事実を知った大衆は直人をそのままほっておくわけがない。


 彼にはしばらく大変な目にあってもらうことになるのだろう。


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