第50話 入学式

 

 梓とデートして、その後すぐに今日子さんの初めてを貰った日からそれほど時間がたったわけじゃないがやっと大学の入学式の日を迎えた。

 思えば非常に長く感じた。

 昨年の冬の旅行から俺の人生はとにかく波乱ばかりだった。

 周りに翻弄されて気が付けばVIP扱いされる身分になっている。

 そんな波乱万丈の時間の中で、あの梓とのデートから今日までは、比較的穏やかに過ごせた貴重な時間だった。


 日本に来てから通い始めた自動車教習所に行ったりしながら時間を使っていた。

 一応オーナーとなっている投資会社の自分の机にはスタッフから報告を受けていたのだが、あとのほとんどの時間を唯だらだらと……いや、いちゃいちゃと、それも違うか、ぬるぬるべちゃべちゃ、にゃんにゃんと過ごしていた。

 ………

  ………

   ………

 やっぱ俺は下種だわ。

 今までの自分を顧みてかなり凹んでしまった。


「直人様、朝食の準備が整いました。」

「おはよう。

 わかった、すぐに行きます。」 と言ってとても一人だけでは使いきれないくらい大きなベッドから起きだした。


 かなり広いダイニングに入ると既にみんな揃って俺を待っている。


 ボルネオ時代から、できるだけ食事は全員でとるようにしていたのだ。

 席に着こうとすると、来客があった。

 本来ならこんな朝早い時間では失礼に当たるのだが、あいにく、威張れるほど早い時間じゃなく、また、ここに来れる人は非常に限られており、用事があるのなら時間に関係なく通しているのだ。

 なにせ俺は何もしていないのだが、ここで扱っているのは国家機密に近いものから数十億いや数百億円にもなる案件など、重要なものばかりなので、とにかく情報だけはいつでも入る体制をとっている。


 入ってきたのは外務省で俺の担当となっている藤村明日香さんだ。


「本郷様、おはようございます。

 まだお食事中でしたか。

 出直してきます。」

「明日香さん。

 おはようございます。

 大丈夫ですよ。

 でもそれ程急ぐ案件じゃなさそうですね。」

「あ、おはようございます。

 はい、本郷様がお出かけになる前までにお話ができれば良いだけですから。」

「それでしたら、かまいませんよ。

 あ、明日香さんは朝食はどうしましたか。

 まだでしたらご一緒しませんか。」

「よろしいのでしょうか。」

「構いませんよ。」 と言うと、葵がすぐに明日香さんのイスと食事を持ってきた。

 全員がそろったところで、食事を始めた。


 食事をしながら話していても消化に関係なさそうな重たい話じゃなかったので、そのまま話を始めて貰った。  

 話は本当に大したことじゃなかった。

 今日の入学式にボルネオの駐日大使が来賓としているとか、その来賓の理由が殿下がこの度東都大学に数億円の寄付をしたとかの話だった。

 一応ボルネオに世話になっている関係上度々日本にあるボルネオの大使館にはお邪魔していた。

 当然駐日大使のザック・ドードン氏とは面識があった。


 なんでも、先のボルネオショックでしこたま儲けたお礼と、俺の入学祝いとして寄付したそうなのだ。

 これもあちらではかなりすったもんだがあったようだが、詳しくは怖くて聞いていない。

 あらかじめ情報として伝えたかっただけだとか。

 後はたわいもない話を楽しんで食事を終えた。

 明日香さんから別れ際に個人的に高級筆記具を頂いた。

 まだ薄給なのに無理をさせてしまったが返すのも失礼なのでありがたく頂いた。


 そろそろ時間が迫ってくる。

 今日の入学式は全学部合同で都内の会場を借り切って執り行われる。

 昔から東都大学の入学式は皇居に近い武道館にて行われてきた。

 今年も同様で、父兄なども多数参加されて行われるが、それでも事前に申し込みをしないと入れない。

 また、申し込めるのも血縁に限られている。

 当然血縁のいない俺は一人での参加となる。


 俺は葵たちが準備してくれたスーツにそでを通した。


「直人様。

 着心地はどうですか。」

「すごい楽だよ。

 袖などまるであつらえたようにぴったりだ。」

「あつらえましたから。」

「え?」

「あつらえたものです。

 ワイシャツも同様に今日に合わせてあつらえたものです。

 動きに邪魔にならないようで良かったです。」

「あつらえの費用や経緯って今は聞かないよ。

 聞けば入学式を楽しめないからね。

 でも帰ったら正直に報告してね。

 聞くのが怖いけど、聞かないといけなさそうな案件だからね。」


 俺は、何か引っかかるものを感じながらも家を出た。

 当然のようにかおりさんもしっかりおめかしをして俺の後をついてくる。

 え?

 入学式には入れないよね。

 近くの喫茶店でも入って待っているのかな。

 忙しいのに申し訳ないなとは思いながらも何も言わずに会場に向かった。


 流石に初日から目立ちたくはないので今日だけはタクシーを使わずに電車で向かった。

 かおりさんも何も言わずに俺の後からついてくる。


 会場に着くと入り口近くでかおりさんと別れ、受付を済ませた。

 式次第といくつかの書類が入った封筒を渡され、指定の席に向かった。

 会場入り口を入るとひな壇から一番遠い場所に保護者席がありそこの横を抜け来賓貴賓席の傍を通り自分の場所に向かっていった。


 保護者席を通り抜けようとしたときに言いようもない寂しさを感じた。

 かつてこんな感情は持っていなかったはずなのに、孤児である自分が保護者を持たないのは当たり前と思っていたはずなのにこの時ばかりはどうしようもなかった。

 自分の感じたこともない感情を持て余しながら貴賓席の傍を通るときに英語で呼び止められ、驚いて振り返ると、今朝報告のあったザック駐日大使だった。

 寄付の話を簡単に聞いて、できたらボルネオの皇太子に早い段階で会ってほしいと依頼を受けた。

 一応の入学祝いの代わりに俺の通う大学に寄付を頂いていることを聞いた以上お礼を言わないといけないので、快くできるだけ早急にボルネオに帰ることを約束した。


 帰る?

 そういえば最近ボルネオには帰るという感じになっている。

 ちょっと意外に自分の気持ちに驚いた。

 正直、あの場所でザック駐日大使にあったのは都合がよかった。

 彼との会話で持て余していた感情を落ち着かせることができたのだから。

 とりあえず平常心を取り戻したので、ゆっくりとした足取りで自分の席を探した。


 新入生席にはぼつぼつと人が座っていた。

 眼鏡をかけたちょっとイケメン風の男の隣に自分の席を見つけた。

 彼の前を通るときに一声かけて自分席に着いた。

 彼は自分以外は眼中にないとばかりに俺には全く反応を示さなかったが、女性が彼の前を通るときには笑顔で愛想を振りまいていた。

 まあ、男なんてそんなものだと心の中でニヤニヤしながらその女性が前を通るときに自分から声をかけた。


「狭いですがどうぞ。」

「ありがとう。」


 ちょっとかわいらしい女性だが、そこまでで特にその女性に全く興味がわかない。

 もともと恋愛なんか興味がないというよりもそれどころじゃないくらいに生きるのに必死だったのもあるが、最近の爛れた生活のためだろう。

 どこの世界に大学一年生で愛人を囲っているのがいるというのだ。

 肉奴隷?を20人以上も抱えているというのだ。

 極めつけは、人気絶頂のアイドルグループ『談合坂32』のメンバー全員をセフレにしているのなんて誰が信じるだろうか。

 しかしそれが真実で、とにかくとびっきりの美人に囲まれた生活をしていたために、ちょっとかわいいくらいの女性にはときめきを感じていない。


 あれ、俺って男として終わっているかも。

 いやそれはないな。

 すべてはあの爛れた生活にあるのだから。


 とにかくこのまま思考を続ければ絶対に凹みそうなので、頭の中から一切の考えを排除した。

 俺は何も考えずのぼーっと周りを見渡していたら梓が入ってきたのが分かった。

 シックな紺地のリクルートスタイルってやつだ。

 もともとスタイルも抜群の梓だ。

 自前の器量もあって目立つこと甚だしい。

 梓はすぐに自分の席を見つけるとほぼ同時に俺を見つけた様だ。

 俺の方を向いて大きく手を振ってきた。

 とにかく目立ちたくはなかったのだが、無視するわけにもいかず、俺は手を振り返した。

 隣の男は俺の様子を見てすぐに梓を見つけ、ものすごい様相で俺のことをにらみ返してきた。

 気持ちはわかる。

 割と頻繁に高校時代にもこんなことはあったのだ。

 梓はとにかく目立つのだ。

 あの嫌みのない笑顔は周りを魅了して誰からも好かれるのだ。

 梓も俺の返事で納得したのか自分の席に座ってくれた。


 これ以上目立ちたくなかったので正直助かった。

 入学式の開始5分前になって会場が少しざわついた。

 保護者席に近い新入生あたりから

「誰の保護者なのかな」とか

「何あの美人たち」

「どこかのモデルかな」

「いや、ハリウッドスターだろ」

 なんて話声が聞こえてきた。


 だいたい予想は着く。

 どういった手段を使ったかわからないがかおりさんが入ってきたのだろうと、かおりさんを探したらすぐに分かった。

 なにせ3人そろって入ってきていたのだ。

 なんでここにアリアさんがいるのだ。

 彼女は、今死ぬほど忙しかったはずでは。

 ボルネオショックはそろそろ落ち着くと聞いていたが、それでも残務処理で忙しいと昨日も報告を受けていたはずなのに。

 それにイレーヌさんだってこんなところで油を売る暇はなかったはずだろう。

 あの3人がそろえば目立つのは当たり前だ。


 ヨーロッパでもアリアさんやイレーヌさんは1人でいても目立っていた。

 この彼女たちの美貌は抜きに出ており、とにかく目立っていたのだ。

 そんなのが3人もそろえばとにかく目立つ。


 俺は入学初日から波乱万丈の大学生活を予感した。

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