第37話 日本への帰国

 イレーヌさんは報告の後、すぐには日本へ帰れなかった。

 アリアさんたちと今後の運営などについての打ち合わせもあり、2日後の4月1日に訪日の予定となった。


 現在、日本にいるチームの仕事は事務所開きの準備だけとなっており、さほど忙しくはない。

 今後は、日本に立ち上げたNCファンドコーポレーションでもアリアさんが手がけている仕手筋の協力が仕事となりそうだ。

 その詳細を詰めるために2日をかけて入念に打ち合わせ中だ。


 俺はと言うと、『そうせい公』じゃないがアリアさんたちに白紙の委任状を渡しているので、ほとんど部外者状態。

 知りたければ教えてもらえるが、今の俺が聴いてもわからないので諦めている。


 なので今日も飛行訓練に出かけた。


 飛行訓練中に俺はある懸念事項が浮かんできた。

 イレーヌさんが、かなり入れ込んでいる。

 あの入れ込んだイレーヌさんは危険だ。

 何をしでかすかわからない。

 

 となるとそのターゲットは………やはり事務所開きだな。

 あの様子なら絶対にド派手な事務所開きになりそだ。

 それだけは阻止しないと、自分の平穏な学生生活が危なくなる。


 俺のメンタルは未だに平民だ。

 エニス王子やハリー殿下のように公人にはなりきれていない。

 目立つのだけは阻止したいと考えている。

 かおりさんならその辺を分かってくれるのだが、イレーヌさんは日本人じゃない。

 一般的日本人の持っているシャイな感覚がわからないようで、少々怖い。


 訓練から帰ると、その足で打ち合わせ中のアリアさんたちを訪ねた。


 「イレーヌさんが日本に帰るときに、僕も帰るよ」


 「え、直人様は3日の午前中に日本に入れば問題ありませんが」


 「住むところも決まったんだよね。

 自分の部屋くらい事前にゆっくり見ておきたいじゃない」


 「は~~、別に構いませんが。

 かおりも一緒ですよね」


 「はい、私もご一緒します」


 「アリアには問題は」


 「直人様から、すべての件を任されておりますので、報告だけは電話でもできますし、問題はありません。

 必要なら私が日本に出向きますし、それに2日の違いくらい何も影響は出ません。

 かおりの手伝いが抜けるのはちょっときついですが、それくらい何とでもなります」


 「ごめんね、アリア。

 埋め合わせは絶対にするからね」


 「それじゃ~~、かおりの権利も貰おうかな」


 「それだけは絶対に嫌」


 「だよね~~、わかっているから、大丈夫よ。

 チームはギリギリまでこちらに残しますが、それで良ければ問題はありません」


 「あちらにもチームがおりますし、問題はないと思います。

 よろしいですか、直人様」


 「アリアさんたちの仕事を優先してくれて問題ないよ。

 事務所開きだって忙しければキャンセルしたって大丈夫だと思うのだが」


 「それはありません。

 エニス王子も、それに多忙なハリー殿下だって参加されるそうです」


 「え、殿下が。

 大丈夫なの、こんな時期に国を抜けても」


 「非公式だし、ほとんど日帰りなので問題はありませんと聞いております。

 なお、既に日本の外務省に対しては里中様を通して連絡を入れております」


 「里中さんにも連絡を入れていたんだ。

 で、里中さんはなんと言っていましたか」


 「電話の向こうで笑っておられたような。

 でも、政府を挙げて歓迎します、ただし非公式ですがとの回答も貰っております」


 「ですよね~~、また、里中さんには迷惑をかけるかな。

 今度会ったときにでも謝っておくよ。

 それじゃ~、明日一緒に頼むね、イレーヌさん」


 「こちらこそ、今まで拠点の整備に時間が掛かり申し訳ありませんでした。

 明日からの日本での生活には万全を期しますのでご安心ください」

 

 これ以上打ち合わせの邪魔をするのに気が引けるので、俺は部屋から出ていった。


 最後に聴いたイレーヌさんの『万全を期します』の言葉だけが妙に引っかかったが、今は考えないようにしておく。


 その日はそのまま穏やかに過ぎていった。

 そして翌日の4月1日、世間ではエイプリールフールという習慣があり、日本では新たな年度の始まりの日だ。


 この日を持って俺は大学生となる。

 尤も入学式は13日まで待たなければならないが、とにかく俺がヨーロッパに旅立って以来の激動の時を過ぎ、新たな生活が始まる日だ。


 とにかく『穏やかに』をモットーにやっていきたいと新年度を迎え心に強く誓った。


 こういったものは普通、元日に初詣に行った時にでも感じるものだとは思うのだが、今年の元日はそれどころじゃなかったとしみじみ感じながら空港に向かった。


 空港にはアリアさんをはじめチーム全員が見送りに来てくれたが、日本へ向かう飛行機に乗るのはイレーヌさんとかおりさんそれに俺だけだ。


 機内での俺の面倒を見るためにチームから何人かつくのが普通となってきているのだが、それすらできないくらい今のアリアさんが抱えている案件は難しい。


 なにせ世界を相手に経済で喧嘩をしているようなものだから、早々に気が抜けない。


 今ではとりあえず峠を越え、ルーチン化されている作業をこなしているだけだと言っているが、その作業そのものの量が半端ない。


 アリアさんとかおりさん二人が口を揃えて5月には決着がつくと言うのを信じたい。

 一昨日聞いたばかりだが、アリアさんの計画では世界経済の状況に関わらず4月中にこの計略から完全に手を引くことになっている。


 ちょっと無責任のような気がするが、世界を相手にいつまでも喧嘩をしていられない。

 あとは自律反発を待つばかりだとも言っている。

 う~~~む、世のファンドマネージャーなんてそんなものかな。


 難しい説明もしてくれたが、結局わからなかった。

唯一分かったのは、ハリー殿下のところも、エニス王子も既に撤収を図っていることだけだった。

 ボルネオ、スレイマン両国も出口戦略に取り掛かっていると、昨日発表され、その発表を受けて市場も徐々にではあるが落ち着きを見せ始めているとも聴いた。


 そんなこと考えていると,かおりさんに声をかけられた。


 「直人様、準備が出来たそうです。

 飛行機に搭乗してください」


 「そうだね、わかった。

 では行ってきます、アリアさん。

 くれぐれもご自分の健康を考えて、無理だけはしないでくださいね。

 チームのみんなにも言えますが、無理だけはしないでね。

 交代で日本に来た時に、かねてからの約束を実施していきますので、楽しみにしていてください。

 3日に、日本で会えるのを楽しみにしていますよ」


 「「「いってらっしゃいませ、直人様」」」


 直人はみんなに見送られながら飛行機に乗った。

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